第21話 胸もお腹もいっぱいの帰り道


 ペガサスはお腹の肉を食べることにした。

 ここなら《素材》になる部位を傷つけないしね。


「食べ方どうします?」

「うーん、焼きは確定じゃない?」


 ナディアちゃんは唸り、ふと私に視線を向ける。


「カナデさんはどう?」

「えっ? 私ですか?」


 とは言われても、私に料理の知識なんてロクにない。

 うーん、うーん、と考えてみて。


「スープ、とか?」


 やっと出てきたのはこの程度。


 しかし、ナディアちゃんはそれでも喜んでくれて。


「いいね! じゃあ半分焼いて、半分はスープにしよう」

「はーい。じゃあ私スープやりますね」

「うん。あたしは野菜取ってくるよ」


 ふたりはまたテキパキと準備を始める。


 調理法を決めただけで、もう何が必要かとかすぐ分かっちゃうんだ。


 あっ! このままじゃまた、ひとり寂しく火の番しかできなくなっちゃう!?

 いやでも私なんかが手を出したらふたりの邪魔になるかも。

 けど、けど、うーん……。


「あっ……あの!」


 私が突然声を上げると、ふたりはキョトンとした顔でこちらを振り向く。


 言っちゃった。

 言っちゃった……でも、言っちゃったなら……言っちゃえ!


「わ、わたっ私も何か手伝いますよ!?」


 緊張しすぎて声がひっくり返った。

 恥ずかしい……!


 私が顔を真っ赤にしていると、ナディアちゃんはニコッと笑う。


「じゃあ、この野菜食べやすい大きさに切ってもらっていい?」

「う、うん!」


 任せてもらえた。嬉しい!

 よぉーし! 頑張るぞ~。


 ……あっ、これって先に皮剥かなくちゃだっけ!?


 慣れない刃物と野菜に四苦八苦。

 何とか切った野菜をふたりに渡し、さらにしばらくして。


「できたよー」

「こっちもできました」


 ふたりが作ってくれた料理の品々を見て、、私は感嘆の吐息を漏らす。


「わあ……すっごくおいしそう」

「料理名は~まぁ、ペガサスのステーキとポトフですかね?」

「いいんじゃない? ペガサス食べる人なんてほかにいないだろうし」


 ナディアちゃんのセリフに3人で笑う。


 それから改めて。


「「「いただきます」」」


 どっちからにしようかな?


 んー……まずはポトフから。


 ポトフの入った器を両手で持ち上げると、微かに香草の匂いが香ってくる。

 スープの表面は黄金色で、溶けた脂が輝いて見えた。


 ひと口大に切られたお肉も柔らかそう。

 私の切った野菜だけ不格好だけど……でも、おいしそうだ!


 私はスープを軽く啜り、たっぷり汁気を吸ったお肉から食べてみる。


「やわらかぁ……!」


 噛むと繊維がするりとほどけ、お肉の甘味がジュワッと広がる。


 お肉自体が柔らかいお陰で飲み込むのも楽で、これならスープと一緒にどんどん食べられちゃうよ……!


 3分の1くらい飲んでひとまず満足。

 さて、次はステーキかな。


 焼いたのはナディアちゃんだけど、相変わらず焼き加減が絶妙だ。

 ちょっとついた焦げ目がもうおいしそうだもん。

 付け合わせの野菜の不揃いには目を瞑るとして……。


 お肉にナイフを入れると、これも抵抗なく簡単に切れた。


 こっちも肉汁ジュワジュワだぁ~。

 たまらず急いで口に、パクリ!


「ンフゥ~~!!」


 こちらはポトフの時より脂が濃厚に感じる。

 それに香辛料が利いていて、お肉の味がピリリと引き立っていた。


 少し脂がくどく感じてきたらスープ。舌をリセットしてステーキ。

 その繰り返しで無限に幸せを感じられる。


「意外と鳥肉寄りの味がしますね。基本的に飛んでるから筋肉がそっち寄りなのかも?」

「でも馬肉っぽい野性味も残ってる気がするな~。部位によって味が違うのかも」


 ふたりもペガサス料理に舌鼓を打っているみたい。


「おいしいねぇ、ふたりとも」

「うん!」

「はい!」


 3人で談笑しながら食べていると、あっという間に食事は終わってしまった。


 ああ、おいしかった!


「さてと、まだ日暮れまで時間ありますけどどうします?」

「もう帰るかってこと?」

「ですね。別に余裕をもって明日出発でもいいですけど」


 どうせ東都までは数日かかる。

 目的を果たした以上、帰りはのんびりでも構わないはずだ。


 私はどちらでもいいと思っていたけど、ミクちゃんがおずおずと手を挙げる。


「あの~もしよければなんですが、今日の内に出発してもいいですか?」

「もちろんいいですけど……?」


 何でそんなにそわそわしてるんだろう?


 と、そこで彼女がチラチラとペガサスを見ているのに気づいた。


「そうですよね。早く天馬装備作りたいですもんね」

「はいぃ~すみません~」


 ミクちゃんは恥ずかしそうに頷く。


 そんなの全然気にしなくていいのに。

 だってあんなに欲しがってたんだもんね。


「分かりました。じゃあ、今日中に出発しましょう」


 それから私たちは食事の後始末と荷造りをする。


「《マテリアライズ》!」


 ミクちゃんがスキルを唱えると、ペガサスが《素材》へと変換される。


 この《素材》状態はすごくコンパクトになるので、持ち運びにとても便利だ。


 あとはこれを鍛治師のところへ持っていけば装備を作ってもらえる。


「~~~!」


 ミクちゃんはペガサスの《素材》を感無量といった表情で抱き締める。


「よかったですね、ミクちゃん」

「カナデお姉さん……! それにナディアさんも、本当にありがとうございました!」


 ミクちゃんは突然深々と頭を下げて、私たちにお礼を言った。


「わわっ! そんないいよお礼なんて。私たちは依頼を受けただけですし」

「そうだよミクり~ん」


 私もナディアちゃんも慌てるが、顔を上げたミクちゃんはそれでもふるふると首を横に振った。


「そんなことないです。だっておふたり以外に、私の話をまじめに聞いてくれた人なんていませんでしたから」


 ミクちゃんはそう言って、少し目尻を拭い、小さく微笑む。


「『かわいい装備が欲しい』なんて言っても、一緒に来てくれる人なんて滅多にいないですよ」

「……」


 確かに、とは口に出しては言わなかった。


 なんだかんだ言って冒険には危険がつきまとうものだ。


『かわいいもののため』なんて理由で、そのリスクを負ってくれる物好きの方が少ないかもしれない。


 私は隣のナディアちゃんを見る。

 彼女もある意味ミクちゃんと一緒だ。


 まだ知らないものを見るため。

 ワクワクする冒険をするため。


 そのためなら彼女は危険上等と言って笑うんだ。


 ふたりの笑顔はどちらも眩しい。

 そして、その手助けをできたのなら、こんなに嬉しいことはない。


「私も、ミクちゃんの力になれてよかったです」


 私は彼女に微笑み返す。


「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」


 こうして依頼は無事終わり、私は少し誇らしい気持ちを持ってナース平原をあとにするのだった。



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