第19話 乙女という部分にツッコんではいけない


 翌朝はいつもより少し早めに起きた。


「おはよー」

「おはようございます」


 先に起きていたナディアちゃんと一緒に川で顔を洗い、歯を磨いた。


「んー……おはよーです」


 やがてミクちゃんも起きてきて、私たちはペガサス狩りの準備を始める。


 ナディアちゃんはハンマーの手入れ。

 ミクちゃんは投げナイフなどの補充。

 そして私は……。


「あの……本当にこれ着るんですか?」

「お願いしますカナデお姉さん!」


 ミクちゃんは拝むように手を合わせる。


「でもぉ……」


 私は改めて手渡された服を見下ろす。


 シャーマンの人が着る祈祷服。


 別に変なものではない。

 普通に冒険者ショップで買える装備品だ。

 魔法使いとシャーマンは近縁職なので、いちおう私が装備しても効果はある。


 けどこれ、こんなに布薄かったっけ?


「別にこんなの着なくても大丈夫じゃないかな~?」


 普段厚手のローブを着てる反動もあって、私はやんわりと断ろうとする。

 しかし。


「けどペガサスって純な乙女が好きで、これを着ると遭遇率がアップするらしいんです」

「いやぁ、それ俗説……」

「そこを何とか! 少しでも成功率を上げたいんですよ~!」

「わわっ分かったからぁ~」


 ミクちゃんに泣きつかれ、私は渋々頷く。


 一度テントに引っ込んで着てみる。

 やっぱりこれ布が薄い。

 露出自体はさほどでもないんだけど、光に翳すと体のシルエットが透けてしまう。


 シャーマンの人って普通にこれ着て街中歩いてたんだ……。

 今まで気にしたことなかったのに、今度から見る目が変わってしまいそうだ。


 ていうか、私の前におじさんを仲間に誘ってたけど、もしあの人が了承してたらこれを着せるつもりだったのかな?


 ……エグいものを想像してしまった。


「お姉さーん、準備終わったー?」


 その時、テントの入り口からナディアちゃんが顔を覗かせる。


「わあー! カナデさん綺麗だね!」

「そ、そうですか?」

「うん! とっても!」


 ナディアちゃんは笑顔で頷く。

 そう褒められると悪くない気がしてきた。


 まあ、これでペガサスが来る確率が上がるならいっか。


 そういうことにして、私たちは橋を渡ってナース平原に入った。

 それからさらに前進を続けると。


「すっごい大きい湖!」


 ナディアちゃんが指差したのは、目的のペガサスが現れるナース湖だ。


 ナース湖は大陸最大の貯水量を誇る湖だ。

 また湖底に聖晶鉱石が眠っているらしく、水自体に浄化作用があるとか。

 そのため水質の透明度は高く、飲料水にもなる。

 しかも飲むと少し魔力が回復するらしい。


 まあ、これだけ効果モリモリだったら、ペガサスが水浴びに来るのも納得できる。


「それじゃカナデお姉さん! あとはよろしくお願いします!」

「頑張ってね!」


 そう言ってふたりは近くの草むらに身を伏せて隠れる。


「……よし!」


 私は祈祷服を着たまま湖の中に入る。

 と言っても浅瀬で軽く水と戯れるフリをするだけだ。


 同時に、全身から少しずつ魔力を放出する。


 さっきペガサスは純な乙女に惹かれるという話が出たけど、ペガサスが好むものはもうひとつある。


 それは高純度の魔力。

 ペガサス狩りに魔法使いが必要といわれる理由だ。


 だけどゲームでも全ての条件を揃えて遭遇率は10~15%程度。


 ゲームなら成功するまでマウスクリックするだけだけど、現実だと何日も粘る必要がある。


 改めて考えると結構大変だなぁ。


 けどまぁ、いつか来てくれるよね。

 それにもし今日ダメでも、またおいしいご飯食べられるし。

 ……いや別に失敗していいと思ってるわけじゃなくて!


 バシャバシャバシャ


 不純な考えを紛らわすように水を叩く。


 バシャバシャバシャ

 バッサバッサバッサ


 ……ん?

 今、水音とは違うものが混じったような?


「えっ?」


 私が顔を上げると――そこには翼を羽ばたかせるペガサスの姿が。


 嘘。まさか初日で!?


 驚く私に構わず、翼を持った白馬は湖に着水する。

 その蹄は水に沈むことなく、水面を地面のように歩けるようだった。


 って、こっち来た!


「わっ! わっ!」


 ペガサスはこちらへ来ると、私の顔に鼻先を近づけ、さらに擦り寄せてくる。


「ぶるるっぶるるっ」

「あぶっ、あっ、くすぐったいです」


 これって懐かれてるのかな?

 そう思うとちょっとかわいく思えてくる。


 バッサバッサバッサ


 ん?

 また翼を打つ音が聞こえたと思って空を見上げると、別のペガサスが飛んでくるところだった。


 バッサバッサバッサ

 バッサバッサバッサ

 バッサバッサバッサ

 バッサバッサバッサ


 それもたくさん!

 しかも全員こっち来る!?


「うえぇぇー!? わぷっ!?」


 ペ、ペガサスに溺れる……!


「ブヒヒヒッ!」

「ブヒンッヒンッ!」

「ブルルルルル!」


 あれこれ、ペガサスたちが私の取り合いしてる?


「カナデさん!?」

「カナデお姉さん!?」


 ペガサスに揉みくちゃにされる私を見かねてか、ナディアちゃんたちが隠れていた場所から飛び出してくる。


「ブヒンッ!?」


 彼女たちを見たペガサスたちは慌てて逃げるように湖から飛び立った。


 これで開放される……!


 そう思ったのも束の間――ペガサス内の一頭が、私の首根っこを咥えて空へと舞い上がった。


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