第18話 サリアニジマスの香草パン粉焼き
東都を発って3日。
私たちの旅は順調だった。
「この辺は風が気持ちいーね!」
ナディアちゃんは両手を広げ、全身で風を受け止めながら言った。
「そうだね~」
確かに頬を撫でる涼しげな風が心地いい。
「アクサリア大平野には風を遮るものがないですからね~」
ミクちゃんも腕を伸ばしながらのんびりと呟く。
「この時期はずっと西風が吹いてるんだっけ?」
「ですね~」
ふと西へ視線をやれば、はるか彼方に薄らとシンシア連峰の山影が見える。
タルイモフ山の山容も立派だったが、こちらは秋の紅葉が綺麗らしい。
そういえば紅葉狩りってしたことない。
今年はナディアちゃんと行ってみようか。
ミクちゃんも予定が合えば一緒に。
「ナース平原はもう近いんだっけ?」
「大平野の北側ですからね~。あの川を渡ればすぐですよ」
ミクちゃんが指差す先には大きな橋と川が見える。
「ペガサスが現れるのは平原のド真ん中にある湖だっけ? このペースなら今日中に着けそうだね」
ナディアちゃんはウキウキとした声で呟く。
もうすぐペガサスが見れるのが楽しみみたいだ。
しかし、そこでミクちゃんが首を横に振る。
「いえ、今日はもう正午過ぎてますし、念のため湖に向かうのは明日にしましょう」
「えーっ! 何でー?」
突然の待ったにナディアちゃんはがーんっとショックを受けた様子だ。
その反応にミクちゃんは申し訳なさそうにしつつ。
「すみません。でもペガサスが湖に現れるのは正午前後の短い間だけなんですよ」
と、待つ理由を説明し始めた。
そもそもペガサスとの遭遇率が低いのは、その生態がよく分かっていないから。
シンシア連峰の人が踏み入れない奥地が生息地ではと言われているが、それも実際に確かめた人はいないらしい。
唯一分かっているのは、時々ナース平原の湖に水浴びに現れるということだけ。
「そっかー……じゃあどの道明日まで待つしかないんだね」
「そういうことです」
ナディアちゃんも納得したようだ。
「湖の傍で夜営したら警戒して水浴びに来ないかもしれないので、今日は橋の手前で一泊しましょう」
「それがよさそうですね」
ミクちゃんの案に同意し、私たちは橋の手前でストップして一泊する準備を始める。
まだ陽が高いのに夜営の用意ってなんだか変な感じ。
「時間もありますし、せっかくですから夕飯用に魚でも釣りましょうか」
「ミクちゃん釣り得意なの?」
「趣味レベルですが」
この感じ。ミクちゃんは謙遜してるっぽい。
これは結構上手そうだ。
「ちなみにカナデお姉さんは?」
「……ごめんなさい。やったことないです」
『ボーダレス』以外に人並みの趣味もなかったもので……。
「あははっ、なら初体験を楽しみましょう。さっきも言いましたけど時間はありますし」
「う、うん!」
ミクちゃんやさしい。
そうして私たち3人はミクちゃんの貸してくれた釣り竿で、川釣りに挑む。
「よーし! 大物狙うぞー!」
ナディアちゃんはハンマーを振る勢いで竿を投げる。
「キャアアー!」
針が私のローブに引っかかってー!?
そのまま私はギャグみたいに飛び、釣り餌代わりにポチャンと川に落ちる。
「あぶぶ! あ、足つった!?」
「カナデさーん!」
「あららら……」
危うく溺れかけたけど、ナディアちゃんが大慌てで救助しに来てくれた。
「あ、ありがとうナディアちゃん」
「ううん。むしろあたしのせいでごめんなさい!」
「助かったからいいよ」
まあそんなトラブルもありつつ、私たちは日暮れまで釣りを楽しんだ。
釣果はというと。
私0。
ナディアちゃん3。
ミクちゃん6。
「雷魔法を使ってさえよければ……」
「電気漁は禁止ですからねー」
釣りって難しい。
「カナデお姉さん魚捌けます?」
「無理です……」
「じゃあ、私がまとめてやっちゃいますね~」
ミクちゃんは調理ナイフを手に取り、テキパキと魚の下処理を始める。
「ミクりーん、何か手伝う?」
「じゃあこれとこれを細かくしてパン粉と混ぜといてくれます?」
「オッケー」
ナディアちゃんも手際いいし。
ふたりとも自炊できるんだぁ……。
あれ?
もしかしてできないの私だけ?
と、年上の威厳が……いや、最初からないか。
「あっ! 焚き火は私がやりますね!」
「おねが~い」
私は魔法で石組みを造り、その中心に火を熾す。
魔法で一瞬で終わっちゃった。
ほかにできることもなくて、私は焚き火の前で体育座りしてふたりの作業を眺める。
「……」
……料理覚えようかな。
今更感あるけど、疎外感を覚えて少し寂しい。
なんて、ひとり勝手に黄昏れている内に、夕飯はできあがっていた。
「はーい! サリアニジマスの香草パン粉焼きでーす」
「「おおーっ!」」
「えへへっ、明日への景気づけにちょっと豪勢にしちゃいました」
ミクちゃんの言う通り、出てきた料理は冒険中の食事としてはかなり豪勢だった。
絶妙な焼き加減できつね色に色づいたパン粉の表面。
ここからパン粉と香草の混じった芳ばしい香りが漂って食欲を刺激する。
その衣をフォークで割ると、さらに白身魚の香気が一気に溢れ、思わず身震いしてしまう。
もう待ちきれなくなり、私は衣の上からソースにかけて、口の中へと運んだ。
「んーー!!」
お魚さんの身がほろほろ崩れて、あとからあとから旨味が染み出してくるよー!
それに口の中で香りが広がって、頭のてっぺんまで幸せがのぼってくる感じがする。
合間に食べるトーストにも別のハーブとバターが塗られていて、味にも香りにも飽きが来ない。
「ミクちゃん実はコックのジョブだったりしません?」
「いえいえ、ずっと盗賊一本ですよ。まあ、もうすぐ転職予定ですが」
「でもホントおいしいよミクりん」
「えへへ、ありがとうございます」
こんなおいしいもの食べたら力もモリモリ湧いてきそう。
こうして存分に料理を堪能した私たちは英気充填。
明日に備えて早めに寝るのだった。
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