第17話 お洒落は努力と気づいたのは中学生の時


 とりあえず船旅の疲れもあったので、出発は翌日にすることにした。


「では明日の朝、市場の入り口で待ち合わせましょう!」

「分かりました、ミクさん」

「さんはいらないですよ~」

「えっ? じゃ、じゃあどう呼べば?」

「そうですね~お気軽にミクりんとお呼びください」

「ミ、ミクり……ミクちゃん」


 いきなり渾名呼びはハードルが高いよぉ。


「それではおふたりとも、また明日!」


 ミクちゃんはぶんぶんと手を振って去っていく。


「ミクりん元気だね~」


 ナディアちゃんあっさりと渾名を……!?


「そ、そうですね。ナディアちゃんと少し似てます」

「え~、そお?」


 ナディアちゃんは頭の後ろで両手を組む。


「まっ! 早速次の冒険が決まったね。ペガサスに会えるの楽しみ~」

「そんなにペガサス見たかったんですか?」


 まあ見た目も綺麗なモンスターだけど。


「そうだね~。見たことないから見たいのもそうだし、それに……」


 ナディアちゃんは何かを言いかけて、不意に立ち止まる。

 その目は骨董品屋のショーウインドウに飾られた変な壺に釘付けになっていた。


「えぇ~~何あれ何あれ~!? 見たことない奴だぁ~~」

「あっ! 待ってよナディアちゃーん!」


 相変わらず好奇心旺盛な猫みたい。

 最後に何を言いそびれたのか聞けなかったけど、まあ後回しにでもいいよね。


 そう考えて、私はとりあえず彼女のあとを追いかけるのだった。



 そして翌朝。


「おはようございまーす」


 ミクちゃんは朝市が開かれる時間ちょうどに現れた。


「……?」

「どうしましたカナデお姉さん?」


 首を傾げた私を見て、ミクちゃんも首を傾げ返す。


「えっと、今日も軽装だなと思って……」


 昨日も軽装だったけど、単に装備をつけてなかったのかと思ってた。


 しかし、今日の彼女も昨日と同じ軽装備だ。革鎧にナイフ。あとは小道具を入れる万能ポーチにいろいろ。


「ミクちゃんのジョブって何ですか?」


 天馬装備を欲しがってるんだから、てっきり槍術士かと思ってたけど。

 もしかして違うのかな?


「私ですか? 私は……」


 と、ミクちゃんが答えようとした時。


「あっ……!」


 私は通行人さんと肩がぶつかり、少しよろけてしまう。


「ごごごめんなさい!」


 相手の顔は見えなかったけど、とりあえず謝っておく。

 入り口に立ってたのはまずかったかな。


「ふたりとも少し端に寄り……」

「カナデお姉さん!」

「お財布!」

「え?」


 ふたりの鋭い声に、私は反射的にローブの内ポケットを探る。


「あっない!」


 もしかして、さっきの人スリ!?


 ようやく気づいて後ろを振り返るけど、さっきの人はすでに遠くに走っていっていた。


 しまった。相手の顔を覚えてない!

 あの後ろ姿を見失ったらもう見つける手段がなかった。


「どどどうしよう!?」

「あたしが追いかけるよ!」

「いえいえ、ここは私にお任せを!」


 走り出そうとしたナディアちゃんを、ミクちゃんが手で制す。


 すると突然、彼女の姿が掻き消えた。


「!?」


 気づいた時にはもう彼女は人波をくぐり抜け、あっという間にさっきのスリの人に追いついている。


「このガキ!」

「あっ!」


 スリの人が拳を振りかぶったのを見て、私は思わず悲鳴を上げる。


 だけどミクちゃんは拳をスルリと躱して。


「《スティール》」


 と、再び目にも留まらぬ速さで動き、気がつけばスリの人と何メートルも離れた位置に立っていた。


 その手には私のお財布が握られている。


「あっ……! チッ!」


 スリの人は舌打ちをして、そのまま路地裏に逃げていった。


 そうして全部終わってから、私とナディアちゃんは彼女と合流する。


「はい。どうぞカナデお姉さん」

「ありがとう~~」


 お財布には身分証も入ってる。

 これを盗まれてたらさすがに危なかった。


「ミクりんすごーい! さっきのめちゃくちゃ速かったよね!?」

「いやあ~それほどでも~」


 興奮気味に称賛するナディアちゃんに、照れ臭そうにするミクちゃん。


 ミクちゃんは笑顔を浮かべたまま、私にウインクして。


「というわけで、ご覧の通り私のジョブは盗賊です」

「で、ですよね」


 私とミクちゃんのレベル差でスピードが見切れないとなると、敏捷値に相当なボーナスが入るジョブでないとあり得ない。


 盗賊はまさにその条件を満たすジョブだ。

 器用さと速さに全振りしていて、斥候や探索などで活躍する。


「けど……盗賊って天馬装備つけられましたっけ?」


 いちおう重装備ではなかったのかな?

 ただ胸甲と脚甲とか金属パーツも多いから、盗賊だと重量ペナルティがつきそう。

 少なくとも盗賊では槍を装備できない。

 鎧の上下が揃えばいいのかな?


 そんな風に私が頭の中に疑問を浮かべていると。


「そうなんですよー。だから天馬装備を手に入れたら槍術士に転職するつもりです」

「えっ!?」


 私はびっくりしてしまう。


「転職したらまたレベル1からやり直しですよ?」

「はい」

「転職ってそんなに大変なの?」


 ナディアちゃんが横から尋ねてくる。


「大変ですよ。ステータスやスキルにも制限がかかりますし」


 たとえば今私がいきなり剣士に転職したとしよう。


 その場合、攻撃力や防御力は据え置きだろうが、魔力には大幅な制限がかかる。


 スキルについても、おそらくほとんどが制限。わずかな補助魔法くらいしか持ち越せないはずだ。


 これはわりとゲーム的な都合だ。


 制限がないと、魔法使いで魔力をカンストさせ、盗賊で敏捷をカンストさせ……という具合に、ステータスを引き継いで簡単に最強キャラが作れてしまう。


「いいんです」


 しかし、私の心配をよそにミクちゃんはにこやかに笑う。


「だって天馬装備が欲しいんですもん」


 そんな笑顔されたらなぁ……。


「余計なこと言っちゃいましたね」

「いいんですいいんです。心配してくれたんですよね?」


 ミクちゃんはひらひらと手を振り、市場の方へ足を向ける。


「さっ、サクサク準備を整えて早く出発しちゃいましょ!」


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