第14話 限定品っていうだけで惹かれちゃう
……。
…………。
………………うぅ。
体がダルい。
それに少し寒い。
そうだ私、海に落ちて。
「?」
息が苦しくない。
それに水の中じゃない……?
「あれ?」
目を覚ます。
私はベッドに寝かされていた。
何で?
夢かな?
体を起こしてみる。
って、このベッド大きい。
しかも天蓋付きで、すごく豪華。
「んん~」
ふと隣から誰かの寝息が聞こえた。
シーツを捲ってみると、仔猫みたいに丸まったナディアちゃんが現れる。
「ナディアちゃんっ」
「んんーみゅ?」
ナディアちゃんが目を開く。
「カナデさん……おはよー」
目を擦りながら彼女も起き上がる。
「あれ? ここどこ?」
「さあ?」
私たちは海に落ちたはず。
それがなぜベッドで寝かされているんだろう?
改めて周りを見渡してみる。
私たちがいるのは誰かの寝室のようだった。しかもとても広い。
もしかして救助されたのかな?
でもここが病院には見えない。
それに室内にしてはやけに肌寒いし。
その時、扉が開く音がする。
そちらへ目を向けると、見覚えのある女の子が部屋に入ってくるところだった。
「リルちゃん?」
「起きたんだ! よかったー」
リルちゃんはホッとしたみたい。
微笑んだ彼女はトテトテとこちらへやってくる。
「もしかして、リルちゃんが助けてくれたの?」
「んーん。お母さん」
「じゃあお母さんが助けてくれたの?」
「そうだよ」
リルちゃんは頷く。
「お母さんがお姉ちゃんたちに会いたいんだって。ついてきて?」
「私たちに? 分かりました」
「こっち」
私たちはベッドから下り、部屋を出る。
案の定廊下も広い。
天井も高いし。
あとやっぱり肌寒い。
ハッ! まさか冷え性!?
……あとで冷え性に効くもの調べよう。
「ここだよ」
そう言ってリルちゃんは廊下の突き当たりの扉を開ける。
そこはやけに厳かな雰囲気の部屋だった。
造りも不思議で、部屋が半球状になっていて、壁が天井近くまで透明な素材だ。
一番驚いたのは、その透明な壁の向こうで魚が泳いでいること。
「ってえぇ!?」
何で魚が外を泳いで!?
「ほあぁー!? すっごーい!」
私が驚く一方、ナディアちゃんはその幻想的な光景に目を輝かせる。
そんな私たちの反応に、リルちゃんが不思議そうに首を傾げていた。
「どうしたの?」
「えっ、だってあそこに魚が」
私は壁の外を泳いでる魚を指差す。
するとリルちゃんはまた不思議そうに。
「何か変? だって外は海だよ?」
当たり前のように彼女は言った。
外が海って……つまりどういうこと!?
私はますます混乱していると――不意に、部屋の奥から声をかけられる。
「お客様、そろそろこちらにいらして」
その声の主の方を振り返ると、そこには目も眩むような美人が椅子に腰掛けていた。
「お母さん! お姉ちゃんたち連れてきたよー」
リルちゃんはトテテーっとその女性の元へ向かい、その膝に抱きつく。
「ありがとうね、リル」
彼女はリルちゃんの頭をやさしく撫でながら、そっと視線を私たちに向ける。
こっちに来てってことだよね?
「ナディアちゃん、ほら見惚れてないで」
「ほわぁ~」
感動で動けない彼女の手を引っ張り、私はリルちゃんのお母さんの元へ向かう。
「ようこそお客様。私はこの海を治める人魚姫と申します」
「に、人魚姫!?」
想像もしてなかった女性の正体に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
人魚姫は『ボーダレス』内で極低確率のランダムイベントでしか遭遇できないとされている伝説のNPCだ。
私も一ヶ月くらい粘ったけど、結局会えず終いだった。
まさかそれが今になって会えるとは思わなかったけど。
「先日は娘を助けていただいたとのことで、誠に感謝いたします」
「いえ、そんな大したことじゃ……」
私は恐縮しつつ人魚姫の表情を窺う。
「あの、もしかして嵐に遭った私たちを助けてくれたのって?」
「娘の恩人を見捨てるわけには参りませんから」
やっぱりそういうことだったみたい。
「ちなみにほかの人たちは?」
「ご安心を。皆さんご無事ですよ」
「ねぇねぇお姫様」
今度はナディアちゃんが人魚姫に声をかける。
「ここって海の底にあるの?」
「そうですよ」
「すごいね! 海の中がこんなに綺麗だったなんて知らなかったよ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
人魚姫はたおやかに微笑む。
「ところでおふたりには娘を助けていただいたお礼をしたいのですが」
「お礼?」
「はい。私に用意できるものでしたら何でもひとつ差し上げますわ」
こ、これってまさか超激レアアイテム『人魚姫の首飾り』獲得イベントでは!?
長い『ボーダレス』の歴史上でも獲得者はわずか数十人。一度リアルオークションにかけられて数千万の値がついたとかなんとか。
「何かお望みの品はありますか?」
「……っ」
そんなアイテムが私の手に……!?
い、いや、でもナディアちゃんとも相談しないと。
「ナ、ナディアちゃんどどどうする?」
「んー、カナデさんが決めていいよ」
「い、いいの?」
「うん。だって最初にリルちゃんを助けたのはカナデさんじゃない」
「じゃ、じゃあ……」
私は『人魚姫の首飾り』をと言いかけて――何かが心に引っかかる。
あれ? 何かちょっと変。
伝説のアイテムが手に入るチャンスなのに、何か……いまいち喜びに欠けている。
『人魚姫の首飾り』は全ステータスにかなりの恩恵が入る装備品だ。
それでまた強くなれば……なれば?
あとこんな激レアアイテムを手に入れたら人に自慢でき……誰に?
……あれ?
別にいらなくない?
「お姉ちゃんどうしたの?」
「あっ! いや、えっと……」
リルちゃんに心配されちゃった。
は、早く何か答えないと……。
「……あ」
「?」
ナディアちゃんの顔を見て、ふとひとつだけ欲しいものが思いついた――
――お祭り最終日。
私たちは港町ゴヤーナで過ごす最後の夜を楽しんでいた。
「それではこの一年の豊漁を願って!」
大包丁を担いだおじさんが大声で宣言すると、会場上から歓声が上がる。
その人々の手にはイカ焼きやらイカソーメンやら、レパートリー豊かなイカ料理。
「皆嬉しそうでよかったね」
「ですね」
頷き合う私たちの手にも当然イカが。
正確にはクラーケン料理だから、サイズがかなりデカいけど。
「でもカナデさん、本当によかったの?」
ふとナディアちゃんが尋ねてくる。
たぶん、私が人魚姫にクラーケンをいただけませんかってお願いした件だろう。
確かに貴重なチャンスを逃したかもしれない。
でも。
「いいんです。こうした方がもっと楽しいと思いましたから」
「そっか!」
ナディアちゃんは頷き、手にしたイカ焼きにかぶりつく。
「あっ、ほっぺたにソースついてますよ」
「ありあとー」
ほっぺを膨らませたままお礼を言うナディアちゃんの顔がおもしろくて、私は軽く噴き出してしまう。
こうして不思議な体験をしたお祭り騒ぎは幕を閉じるのだった。
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