第13話 悪魔みたいな見た目でもイカは旨い


 お祭り二日目

 今日も港町の大通りは人がごった返して盛況だ。


 ひぃ~人混みつらい~。


「カナデさんこっち~」

「はぁい」


 ナディアちゃんは今日も元気いっぱい。

 そんな彼女に手を引かれ、私も町中を行ったり来たり。


「んむ~~~」

「どうかしましたか?」


 ナディアちゃんが首を傾げている。


「イカ焼きの屋台がないの」

「そうなんですか?」

「昨日から探してるんだけどね~」


 イカ焼き。

 お祭りでは定番だ。

 しかもここは港町。

 むしろない方が不自然なまである。


「イカは縁起が悪いとか、そんな風習があるんですかね?」


 外国だとイカを食べない地域もある。

 この港町もそうなのかもしれない。


「こうなったら町の人に聞いてみよう!」

「えぇっ!?」

「すいませーん」


 言うが早いかナディアちゃんは近くにいたおじさんに声をかける。


 さすがナディアちゃん。

 私にはとてもできないことをあっさりと。


「うん? どうした嬢ちゃん?」

「イカ焼きってどこで売ってるか知ってる?」

「イカ? ああー……」


 おじさんは言葉を濁す。


「? あたし何か変なこと言った?」

「いや、そうじゃないんだが……」


 おじさんは言いづらそうに頭を掻く。

 しかし、ナディアちゃんにジッと見つめられ、観念したように話始めた。


「実はこのお祭りには謂れがあってな」


 昔々、この辺りの海を支配する大イカのバケモノがいた。


 ある時、人々の窮状を見かねた青年が海へ出て、一騎打ちの末にその大イカを仕留めたそうだ。


 それ以来、この港町では近海のクラーケンを退治し、祭りの最後に皆で食することで豊漁を祈願するようになったらしい。


「てなわけで、ある意味イカ料理は祭りの主役なわけだ」

「あっ! だから皆遠慮して屋台に出さないんだね」


 ナディアちゃんは納得したように頷く。


「じゃあイカは最終日までお預けかー」

「残念ですね」


 ナディアちゃんはションボリしてしまったけど、そういう伝統なら仕方がない。


「んっんん……それがだな」


 なぜかおじさんは難しい顔。


「どうしたの?」

「実は今年のクラーケン漁に失敗してな」

「えぇぇー!?」

「海で嵐に遭っちまったんだ。仕方ない」

「それじゃお祭りはどうするの?」

「このままじゃイカなしだなぁ」

「そんな~」


 ガックリするナディアちゃん。


「何とかならないの?」

「うーん、囲み漁に使う漁船が2隻壊れちまったからなぁ」


 おじさんは腕組みをして眉間にシワを寄せる。


「1隻は無事だったんだが、それじゃクラーケンを追い込めないで逃げられちまう」

「そっかー……」

「高レベルの魔法使いが偶然いてくれりゃあ何とかなるんだけどなぁ」


 !?!?!?!?!?!?!?


 息を殺して気配を消していた私は、その呟きに心臓が止まりそうになる。


 いやいやまだ大丈夫。

 まだ私が魔法使いだってバレてないし。


「魔法使い!? それならカナデさんは?」

「ヒュッ……!」


 ナディアちゃんに期待の視線を向けられ、今度は息が止まりそうになる。


「あんた魔法使いなのかい? レベルは?」

「……240です」


 あああああ!

 どうしてこういう時しれっと嘘がつけないんだろう私。


「240!?」


 案の定、おじさんは目をひん剥いた。


 あれよあれよという間に人が集まり、私たちはお祭りの運営本部へ案内される。


 そのまま応接室に通され、しばらく待つと今度は港町の町長さんが現れた。


「おふたりがクラーケン退治に協力してくれるというのは本当かね?」

「……!?」


 言ってない言ってない言ってない!

 いつの間にか勝手に話が進んでる!


「もっちろん! まっかせて!」


 あ……ナディアちゃんが引き受けちゃった。


「なんとありがたいことです。儂の代で昔からの伝統を途絶えさせてしまうかと……!」


 町長さんは涙ぐみ、感謝するように私たちに握手を求めた。


 あ、これもう逃げられない奴……。

 完璧な退路の塞がれっぷりに、もう笑うしかない。


「頑張ろうね、カナデさん!」

「あはは……うん」


 そんなキラキラした声で言われたら、今更断れないよ。


 はぁ……まぁでも、いいかな別に。

 クラーケンくらい雷魔法で一発だし。


 それにナディアちゃんもイカ食べたがってたしね。


 そうして私たちは漁師の皆さんと一緒に、クラーケン退治のため沖に出た。


「おーっ! 潮風気持ちいー!」


 ナディアちゃんは船の舳先に立ってはしゃいでいる。


「あ、危ないですよ」

「ヘーキヘーキ」


 本当に平気そうですごいなぁ。

 私だったらたぶん落ちちゃうよ。


「あたし船旅ってあんまりしたことないんだよね~」

「そうなんですね」

「うん。だから新鮮!」


 言われてみれば私も船は乗ったことがない。


 やたらと揺れるのが怖いけど……確かに頬に当たる風が気持ちいいかもしれない。


「……」


 東都に行ったらいろんな乗り物にも乗ってみたいなぁ。


 ――そんな風にのんきにしていたら。


「嵐だーー!!」

「ひょえぇーー!!」


 そそそういえばクラーケン漁に失敗したのは嵐が原因って言ってたんだったー!

 ならまた嵐に遭うことも当然あるよね……!


「高波だー!」


 嵐の豪風の中、誰かが叫ぶ。


「!?」


 私の視界に飛び込んできたのは海の壁。


「ナディアちゃん!」


 私はとっさにナディアちゃんへと手を伸ばす。


「カナデさん!」


 彼女も同じようにこちらへ手を伸ばしていた。


 けれど、それよりも早く船は高波に呑まれてしまうのだった。


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