第12話 マグロしゃんを探して
「……?」
女の子が不思議そうな顔で見上げてくる。
ふ、不審者と思われてないかな?
怖いけど今更後戻りもできない。
せめていい人っぽく見せないと……!
「こ、怖くないですよ~」
頑張って笑顔笑顔……ニ、ニゴォ。
「うわあぁーん!!」
な、泣かせたー!
心が挫けそう……。
「おっおちっ落ち着いてください~」
泣かないで~と、むしろこっちが懇願するみたいに女の子をあやす。
数分後、なんとか泣き止んでくれた彼女をベンチに座らせる。
「あの、お名前は?」
「……リル」
リルちゃんはか細い声で答える。
不思議と耳の残る綺麗な声。
今は目元を腫らしてるけど、よく見ると美人さんな子だ。
やっぱり声かけてよかったかも。
こんな子がひとりでいたら誘拐されちゃうよ。
「リルちゃんね。お姉さんはカナデ」
「……カナデ?」
「はい。えっと、それで、リルちゃんは何してたんですか?」
私の質問にリルちゃんは悲しそうに目を伏せる。
「……マグロしゃん」
「え?」
「マグロしゃんを探してるの」
マグロしゃん?
たぶん魚のマグロだろうけど……?
「何で探してるの?」
「マグロしゃん、リルの指環食べちゃった」
「???」
どういう状況だろう。
とりあえず続きを聞こう。
「それで?」
「マグロしゃん、そのあとヒトに釣られちゃったの」
「う、うん」
「リルの指環返して欲しくて、だから追いかけてきたの」
えっと、海に指環を落としたらマグロに食べられて、そのマグロを釣り人に釣り上げられちゃった……ってこと?
やっぱり状況がよく分からないけど。
とりあえずリルちゃんは指環を探しているってことだよね?
「その指環って大切なものなの?」
「うん……リルの宝物」
宝物かぁ。
「お父さんかお母さんは?」
「……」
リルちゃんは黙って首を横に振る。
近くにいないのかな?
いやでも、さすがに地元の子だよね。
まさかこんな小さな子が遠くからひとりで来たわけじゃないだろうし。
「お家はどこですか? お姉さんが連れて行ってあげますから」
「……っ!」
リルちゃんはイヤイヤと首を横に振る。
帰りたくないらしい。
そんなに大切な指環なのかな……。
うーん。
数秒、悩む。
ナディアちゃんが戻ってくるまで、まだ時間はあるよね。たぶん。
「マグロしゃんを探せばいいんですね?」
「……!」
パッとリルちゃんが顔を上げる。
私はなるべく笑って、彼女に手を差し出した。
「一緒に探しましょう」
私がそう言うと、リルちゃんはコクコクと頷いて、こちらの手を握った。
さて。
「マグロかぁ……」
私はリルちゃんと歩きながら、キョロキョロと通りを見回す。
並ぶ屋台ののぼりや看板を見るけれど、マグロの文字は見当たらない。
「案外ないものですねぇ」
まあ、マグロを見つけて、それで指環が見つかるとも限らない気がするけど。
なにしろ小さな子の話だし。
「リルちゃん足疲れてないですか?」
「ううん。リル大丈夫」
リルちゃんは小さく頷く。
しっかりしててかわいいなぁ。
話し方も賢い感じがするし。
「そういえばリルちゃん何歳?」
「むっつ」
「6歳。じゃあ、学校はまだなんですね」
「うん。でも、お母さんが教えてくれるの」
お母さんが勉強を見てあげてるのかな?
子供なのにしっかりしてる理由はそれかも。
よく見ると青い髪も透明感があって、すごくふわふわ。
着ている服も上品な感じがする。
もしかして、いいところのお嬢さん?
なんて、余計なことを考えていると。
ドンッ!
誰かと肩がぶつかってしまう。
「あっ! ご、ごめんなさい」
私は慌てて振り返って謝る。
ぶつかってしまったのは男の人だった……しかもちょっと私の苦手なタイプの。
「いや、いいっすよ全然」
幸いその人は気にしていない様子で手を振ってくれる。
「あ、じゃ、じゃあ私はこれで……」
そのまま私はそそくさと去ろうとするのだけど……。
「待ってよお姉さん。よく見るとかわいいじゃないすか」
ヒエッ!
うう腕を掴まれた!?
「あれ? 子連れ?」
「……!」
男の人に視線を向けられ、怯えたリルちゃんが私の背中に隠れる。
「もしかして既婚すか?」
「いえ、あの、そうじゃないですけど……」
「なーんだ。じゃあ俺と遊びません」
「うえぇ!?」
「絶対楽しいっすから! 損はさせないっすよー」
しししまった! 結婚してるって言えば見逃してもらえたかもしれないのにー!
どうしようどうしよう!?
と。
「ちょっと待ったぁー!」
なななナディアちゃーん!!!
ズザザーッと砂煙とともに現れた彼女は私たちの間に割って入り、その手にも持ったわたあめを男の人に突きつける。
「何があったかは知らないけど、カナデさんのナンパはお断りだよ!」
「えぇぇ~、じゃあ君は?」
「あたしもダメー!」
「ちぇ~」
ナディアちゃんの勢いに負けたのか、男の人は素直に退いた。
「カナデさん大丈夫?」
「う、うん。それに元はといえば私がぶつかっちゃったからだし」
「それはそれこれはこれ! 嫌なら断っちゃっていいんだよ」
年下なのに頼もしいなぁ。
やっぱりソロ冒険の経験が長いと、いろいろ身につくのかな?
ふとそこでナディアちゃんの視線がリルちゃんに移る。
「その子どうしたの?」
「あっ、実は……」
私は事情を説明する。
「マグロに指環? それってー」
するとナディアちゃんはポケットから何かを取り出す。
それは海水晶でできた指環だった。
「もしかして、これ?」
「あーっ!」
リルちゃんは目をまん丸にして指環を指差す。
どうやら本当に探していた指環らしい。
「それどうしたんですか?」
「さっき大王マグロの姿煮食べた時にガリィッってなっちゃって、見てみたらこの指環が入ってた」
ナディアちゃんは笑いつつ、その指環をリルちゃんに渡す。
「はい、君のみたいだから返すね」
「……!」
リルちゃんは指環を受け取ると、大事そうに両手で抱き締めた。
それからパッと顔を上げて。
「お姉ちゃんたちありがとう!」
満面の笑みでお礼を言うと、彼女はトテテーっと走り出す。
「あっ、リルちゃん!」
「本当にありがとうー!」
リルちゃんは私たちに手を振りながら、そのまま行ってしまった。
なんやかんやあったけど、問題は解決したみたい。
それにしても偶然指環を食べたマグロを引き当てるなんて。
「ん? カナデさんどうしたの? あたしの顔じっと見て」
「いえ、ナディアちゃんって幸運の女神様みたいだなーと思って」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます