港町から海底まで編
第11話 屋台の食べ歩きって気づくとお腹いっぱいになってる
温泉村を発って数日。
私たちは港町ゴヤーナに到着した。
ここは南の海に面する王国の三大漁場のひとつだ。
また東都と西都の境にあり、交易の中継地としても栄えている。
つまり人が多く行き交う場所であり……私にとっては完全なアウェイだ。
「うっ……!」
人混みに酔いそう……。
「ななナディアちゃん、はっ離れないでくださいね!?」
「分かってるってばー」
唯一の頼みの綱はナディアちゃんと握っている右手だけだ。
彼女の小さな手が今はこんなにも心強い。
もし離したりしたら……ぶるぶるぶる。
「もーカナデさんてばくっつきすぎだよー」
「あっごごごめんなさい!」
「いいってば。それよりほら、せっかくのお祭りなんだから楽しもうよ」
そう、今日のゴヤーナは海に感謝する祭りで賑わっていた。
町の通りや港沿いに屋台が並び、あちらこちらから酒と料理の匂いが漂ってくる。
「よーし! お金もあるし、今日は食べ歩いちゃうぞ。行こう、カナデさん」
ナディアちゃんはお財布を握り締め、勢いよく走り出す。
もちろん、私の手を握ったまま。
「わわわっ! も、もっとゆっくり~!」
彼女に手を引かれ、私はわたわたしながらお祭りの屋台を巡る。
最初に買ったのは、定番のタコ焼き。
材料はモンスターの入道ダコらしいけど……まあ、タコには違いない。
「うわ~タコでっか! 足がはみ出てるよ」
「入道ダコだからですかね?」
「早く食べよ食べよ」
もう待ちきれないといった様子で、ナディアちゃんは早速1個目のタコ焼きに手をつける。
「アチチッ! ウマーー!!」
「本当、おいしい……!」
まずカリカリの表面を破ると、すぐアツアツトロトロの中身が溢れてくる。
主役のタコがまた大ぶりで、噛む時の弾力が段違いだ。
プチンプチンと噛み切ると、そこからじゅわーっと凝縮された旨味がはじける。
「ん~このタコはいい餌食べてたみたいだね~」
「そういうのって分かるの?」
「分かんない!」
明るく言うなぁ。
まあでも、おいしいからいっか。
「ふぅー満足満足」
「いっぱい食べたねぇ」
「じゃあ次行こっか!」
食休みも程々に、ナディアちゃんは立ち上がる。
「ほら、カナデさん」
「はい」
彼女に差し出された手を掴み、私たちは再び屋台巡りに赴く。
オウギホタテのバター醤油。
オパールエビ煎餅
ウズサザエの壺焼き。
オオモリイクラ丼。
目につく端からたくさん買い込んだあと、運よく空いていたベンチに座った。
「ん……このお煎餅堅いかも」
「そう? こっちのホタテ柔らかくておいしいよ」
「バターの香りがすごいですね。あっ、そっちのサザエ、殻から取ってあげますよ」
「ありがとー。あたしじゃつるんって落としちゃいそうだし」
「イクラ丼は半分こしましょうね」
さすが港町なだけあって、屋台のラインナップも海鮮が多かった。
もちろんどれも新鮮でおいしい。
特にイクラを食べた時は感動した。
鮮度が大事とは聞いたことがあったけど、ここまで味が違うなんて知らなかった。
もしかしたら昔いまいちと思った食べ物も、単に鮮度や、あるいは食べ方が悪かっただけかもしれない。
そう考えると、もう一度食べてみたいと思うものがいくつも浮かんでくる。
これからの楽しみが増えた気分だ。
「偶然お祭りの日に来られてよかったね」
「え? 知ってて来たんじゃないんですか?」
「あるのは知ってたけど、いつやるかは覚えてなかったや」
「……ナディアちゃん持ってますね」
幸運のステータスが高いのかも。
私は運悪い方だから羨ましい。
「カナデさん」
「ん?」
不意に彼女の指が私の頬に触れる。
「ふえっ!?」
「ほっぺにお醤油ついてた」
そう言って彼女は醤油を拭った指先をぺろりと舐める。
それからイタズラっぽく笑うのだが、私は恥ずかしいやら何やらで上手く反応できなかった。
「じゃあ買った分は食べ終わったし、次何食べたい?」
「え?」
ウキウキとした顔で尋ねられ、私は思わず驚いてしまう。
「まだ食べられるんですか?」
「うん」
ナディアちゃんは頷いたあと、ふと何か気づいたような顔をして。
「もしかして、カナデさん?」
「……すみません。もうお腹いっぱいで」
シェアしながら食べたとはいえ、ここの料理はどれもボリューミーだった。
さすがにこれ以上はちょっとキツい。
「私のことは気にせず行ってきてください。ここで待ってますから」
ナディアちゃんはしばらく迷ってから。
「……うん」
寂しそうに小さく頷いて立ち上がる。
時折振り返る彼女に私は手を振り、その姿が人混みの中に消えていくまで見送った。
「……」
つい、ため息を吐く。
本当はもっと一緒に回りたかった。
けどそれでお腹を壊したら本末転倒だ。
それにお祭りは一週間ほど続くらしい。
今夜は宿で休んで、また明日一緒に回ることにしよう。
なんていう風に私が考えていると。
「うっ……うぇっ……ひっく……」
すぐ近くで、子供の泣く声がした。
恐る恐るそちらを見ると案の定、小さな女の子が嗚咽を漏らしながら涙を拭っている。
「……」
何で気づいちゃうかなぁ私。
人見知りだから、人に声かけるのって苦手なんだけど……。
でもこういうのを無視するのって罪悪感で余計に精神力が削れる気がする。
私はもう一度ため息を吐き、そのまま二、三度深呼吸してベンチから立ち上がる。
「うぇっ……ひっく」
「あの……ど、どうかしましたか?」
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