第10話 今までのひとり旅、これからはふたり旅
湧き上がった温泉は《ブルースフィア》の水と混ざり、ちょうどいい温度になっていた。
その辺の石と岩で仕切りを造り、クレーターの端に簡単な湯船を作る。
「外で脱ぐのって少し恥ずかしいね……」
「どうせあたしたちしかいないってば」
そう言ってナディアちゃんはパパパッと服を脱ぐ。
「う、うん……そうだね!」
私も彼女の思い切りを見習うことにした。
「ほら、早く入ろ!」
「わわわっ!」
待ちきれないナディアちゃんは、もたもたする私の手を取り、ぴょんっと温泉に飛び込む。
「あははっ気持ちいー!」
「わぷぷ!」
は、鼻にお湯が……。
私は顔を何度かバシャバシャ洗う。
それから改めて落ち着いて温泉に肩まで浸かった。
「はぅぅ~生き返るね~」
あ、思わず言っちゃった。
でも、実際これは言っちゃうよね~。
だって本当に生き返るような心地だし。
特に何日も樹海を歩き回ったあとだと余計に。
「ああっ!」
その時、不意にナディアちゃんが大声を上げて立ち上がる。
「どうしました?」
「そういえばまだ幻の秘湯見つけてない!」
フェニックスを倒した達成感で、本来の目的を忘れていたみたいだ。
でも、たぶん。
「これがその幻の秘湯だと思いますよ」
「え、これが?」
ナディアちゃんは足元の温泉を見下ろす。
「あのフェニックスが蘇った温泉ですよ? これが幻の秘湯じゃなかったら何だって言うんですか」
イベント名も『火の鳥温泉』だったし、まず間違いないだろう。
「……そっか! それもそうだね!」
ナディアちゃんは納得し、再び温泉にザパンッと浸かる。
その時、ピコンッと音がして、私たちの目の前にステータス画面が表示される。
「あれ? なんかステータス上がった!」
「そうみたいですね」
フェニックス撃破の報酬はもう受け取ってるから、これは温泉の効能かな?
たぶんこの温泉にはフェニックスが復活する際に脱ぎ去ったものが溶けている。
フェニックスの成分が溶け込んだ温泉。
なるほど、確かに火の鳥温泉だ。
「わあーお姉さん見て! 綺麗な夕陽」
ナディアちゃんの指先を視線で辿ると、樹海の向こうに夕陽が沈んでゆくところだった。
夕陽の茜色が温泉で反射し、炎のように揺らめいて見える。
「本当……綺麗ですね」
その幻想的な光景に思わずうっとりしてしまった。
「ナディアちゃんはこういうものが見たくて冒険者になったんですね……」
私は小さな声で呟く。
素直に羨ましいと思った。
それから私たちは温泉の傍で一泊することにした。
「はあぁ~気持ちよかった~」
温泉から上がったナディアちゃんは、ポカポカの体をテントの中で横たえる。
「本当、よかったですね~」
私もその隣に寝転んで、彼女と同じように温泉の余韻を楽しんだ。
「明日帰る前にもう一回入ろーよ」
「朝風呂ですか。いいですね~」
「帰ったら村長さんに報告もしないとね」
「フェニックスを退治したって言ったら驚くでしょうね」
「あとここの温泉も教えてあげないと」
「きっと新しい観光名所になるでしょうね」
モンスターの被害を被った村も、それで少しは立て直せるだろう。
「あっ! そうだった、忘れてた!」
「?」
急にナディアちゃんがテントを飛び出していった。
しばらくして彼女は器に入った卵を持って戻ってくる。
「温泉卵作ってたんだ~。お姉さんも食べよーよ」
「わあ~ありがとうございます」
はいと差し出された器と卵を受け取る。
器の縁で殻を割ると、ぷるぷるとした半透明の卵が出てきた。
「上手くできてるできてる」
ナディアちゃんは満面の笑みを浮かべ、私にスプーンを渡してくる。
そのスプーンで白身を割ると、とろとろの黄身が溢れてきた。
「んん~」
スプーンですくって口へ運ぶと、とろけるような旨味が舌の上で躍る。
シンプルな味わいだけど、普通のゆで卵では出せない味だ。
そうしてたっぷりと温泉を味わい尽くした私たちは、そろそろ眠ることにした。
「お姉さん、今回はあたしと一緒に冒険してくれてありがとうね」
目を閉じる直前、ナディアちゃんが笑顔でそう言った。
「お姉さんがいなきゃ幻の温泉も見つけられなかったよ。本当にありがとね」
「いえ、そんな……」
「えへへ、改まって言うのってなんだか恥ずかしいね。おやすみっ」
恥ずかしそうにはにかんで目を閉じた彼女を見て、はたと気づく。
彼女との冒険は今日で終わり――もうすぐ別れなくちゃいけないことに。
そんな当たり前のことをすっかり忘れていた。
「……」
その夜、私はあんまり眠れなかった。
それでも朝はやってくる。
私たちは約束通り朝風呂に入り、樹海を通って温泉村へ戻った。
異変の原因がフェニックスだったことと、火の鳥温泉のことを伝えると、村長は報酬を上乗せしてくれた。
「本当に、本当にありがとうございました……!」
村の人たちに見送られ、私たちは温泉村をあとにする。
そして、分かれ道に来た。
ここを右に行けば東都アクサリア、左に行けば西都リベルタだ。
「ナディアちゃんはどっちに行くんですか?」
「んー、西は結構回ったし、次は東かなー。アクサリアも見てみたいし」
ナディアちゃんは私に視線を向ける。
「お姉さんは西都に戻るの?」
「私は……」
西都に戻ればまた元の日常が待っている。
出る前にいろいろあったけど、今回の旅で十分リフレッシュはできた。
今なら何とか折り合いをつけて、ルークたちとも上手くやれるかもしれない。
でも……!
「ああ、あ……あの!」
私はギュッと杖を握って、ナディアちゃんを見つめる。
「私も一緒に行っていいですか!?」
「……!」
それを聞いてナディアちゃんは目を丸くする。
彼女にしてみれば唐突な提案だろう。
年上なのに我儘を言っているのは承知している。
ただそれでも……彼女と一緒にいたい気持ちを偽ることはできなかった。
こんな風に思うのは生まれてはじめてだ。
「……っ」
返事が怖くて、思わず目を閉じてしまいそうになる。
そんな私の手を――彼女はギュッと握った。
「本当!? お姉さん一緒に来てくれるの!?」
「……は、はい!」
「わあーい! 嬉しいな~」
ナディアちゃんは満面の笑みを浮かべながら、私の手をブンブン上下に振る。
「あの……それは、ついていっていいってことですか?」
「もちろんだよー! ひとりよりふたりの方が楽しいもん」
明るい返事を聞いて、私は自分でも分かるほど頬が緩むのを感じた。
「改めてよろしくね、お姉さん」
「はい、こちらこそ」
私はまたナディアちゃんの隣に並ぶ。
「お姉さんはどこか行きたいところある?」
「いえ、ナディアちゃんにお任せします」
「それじゃ東都の前に港町に寄ろっか。海鮮食べたい」
一緒に歩きながら、ふとナディアちゃんがこちらを振り向く。
「そういえばずっとお姉さんっていうのも変だよね」
「え?」
「カナデさんって呼んでいい?」
ナディアちゃんは少し上目遣いに私を見つめる。
「もちろん、いいですよ」
「やった」
こうして私たちはふたり一緒に、またこの胸をわくわくどきどきさせてくれるものを求めて、東へと向かうのだった。
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