第9話 火の鳥をダンクシュートして温泉に入る


 私はまず準備として、彼女にありったけのバフをかけた。


「《プロテク》《プロテク》《プロテク》

《ファスト》《ファスト》《ファスト》

《クリティカ》《クリティカ》《クリティカ》」


「……かけすぎじゃない?」

「いいえまだまだです。もっとかけておきますから動かないでください」

「はぁーい」


 さらにいろんな魔法をかけて、準備完了。


「よぉーし、じゃあ行ってくるね!」


 バフモリモリのナディアちゃんはそう言って、隠れていた木の影から勢いよく飛び出す。


「キェィィィィィイ!!」


 姿を現した彼女を見つけ、フェニックスがいななく。


 しかし、バフを盛りまくった今の彼女は一流戦士並のスピードだ。

 そう簡単に狙いは定められない。


 その間に、彼女は岩だらけの地面を駆け回って、あるものを探す。


 と。


「っ! お姉さん、ここ!」


 ナディアちゃんが立ち止まり、地面のある地点を指差す。


 目を凝らすとその地面からは、白い蒸気が噴き出していた。


 それは作戦の要にして、最終段階に入る合図。

 私は当然それに応じて杖を構える。


 だけど同時に、フェニックスも停止したナディアちゃんに狙いを定めていた。


「キェィィィィィイ!!」


 フェニックスが彼女めがけて急降下する。

 上空からななめに空気を切り裂く突進は、さながら火の玉の突撃だ。


 それを見てナディアちゃんは――跳んだ。

 高く、高く、翼が生えたみたいに。


《フライト》のバフ効果だ。

 一時的にある程度自由に飛翔することができる。


「ほらほら~あたしはこっちだよー?」

「キェッッ!!」


 挑発に怒ったのか、フェニックスは彼女を睨みつけた。


 フェニックスは鎌首をもたげ、急降下から一転、真上にいる彼女めがけて急上昇する。


 自身の炎で上昇気流を生み出しているのか、その速度は降下する時とまったく遜色がなかった。


 けれども。


「はぁっ!」


 ナディアちゃんはハンマーを構え、自分からフェニックスめがけて突撃を仕掛ける。


 まさか獲物の方から突っ込んでくるとは思ってなかったのか、フェニックスは回避運動を取れなかった。


「《メテオストライク》!!」


 そこへ会心率と攻撃力にバフを盛りまくった彼女のハンマーが直撃する。


 火の鳥の巨体はまさに流星のように地面へと叩き落とされた。


 その衝撃で石や岩が吹き飛ばされ、地面が大きく陥没する。


 そして、ナディアちゃんがフェニックスを叩き落としたその場所は、さっきの白い蒸気が噴き出していた場所――間欠泉だ。


 大きな衝撃を受けた間欠泉から、熱湯が噴出する。


 その勢いと水量は凄まじく、またたく間に陥没して抉れた地面を満たしていく。


 さらに大量の熱湯に全身を呑まれ、フェニックスの炎の勢いが弱まった。

 水に力を奪われ、フェニックスは溺れたようにもがいている。


 それだけではまだ足りない。

 だから。


「―――!」


 ナディアちゃんが囮になってくれている間に準備した上級魔法を解き放つ。


 それは水系魔法最強の一角。


「――《ブルースフィア》」


 フェニックスの巨体を越える水の天球が大質量の暴力となって叩きつけられる。


 クレーターに満ちていた熱湯と水がぶつかり、凄まじい音がした。


「わっ!」


 溢れたお湯の水流に足を取られそうになるが、木にしがみついて何とか耐える。


「お姉さん大丈夫?」

「う、うん」


 戻ってきてくれたナディアちゃんに返事をし、私は前方へ目を凝らす。


 先程までフェニックスがいた場所は、立ちのぼった湯気のせいで視界が悪い。


 十分なダメージは与えたはずだけど、倒したという確信は持てない。

 たぶん大丈夫だと思うんだけど……。


 私が不安げに見つめていると。


「キュィィィィィイ!!」


 またフェニックスのいななきが!?


 あれ? でもなんか鳴き声がかわいくなってる気が?


 その時、強烈な羽ばたきによって湯気のカーテンが晴れる。


「キュィィィィィイ!!」


 空から再び鳴き声がする。

 慌てて視線を上げると、小さくなったフェニックスが天空へ飛び立つ姿が見えた。


 一瞬水でしぼんだのかと思ったけど、力強く羽ばたく姿は弱っているように見えない。


 その時、ピロンッと音がしてステータス画面が現れる。

 そこにはフェニックス撃破による経験値とレベルアップが表示されていた。


 これが表示されたならイベントクリアと考えていいはずだけど……。


「結局どうなっちゃったの? なんか元気そうだけど」

「さあ……分からないですけど」


 私は空の彼方へ消えていく火の鳥を眺めながら、思いついたことを呟く。


「……温泉に入って生き返ったってことですかね?」


 そういえば何かで読んだけれど、火の鳥……不死鳥は500年に一度、火山の火口に身を投げて復活するらしい。


 まさかそれを温泉に変えてオマージュしたってこと?

 確かに温泉に入った時って「生き返る~」って言うけども!


 ……これは伝説のトンチキイベントって言われても仕方ない。


「まあ、とりあえず依頼は達成できたみたいだし、いっか!」

「そうですね」


 おそらくフェニックスを恐れたモンスターが樹海から逃げ出し、そのモンスターが温泉村を襲ったというのが異変の真相だ。

 その原因が消えた以上、もうモンスターたちが樹海から出てくることはないだろう。


「さてと、それじゃお姉さん!」

「はい?」


 ナディアちゃんは満面の笑みを浮かべ、先程フェニックスが飛び去ったクレーターを指差す。

 そこには陥没した地面に間欠泉から噴き出たお湯がたまり、見事な温泉ができていた。



「温泉、入ろっか!」


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