第8話 正解よりもやりたいことをやらせてあげたい

「キェィィィィィイ!!」


 フェニックスが飛翔する。

 炎の翼による羽ばたきは、それだけで熱波を生んだ。


「きゃっ!」


 私は思わず顔を覆い、まつげがチリチリするのを感じながら杖を構える。


「《エンチャント:水》」


 私とナディアちゃんに魔法で水属性を付与する。

 これで熱対策は大丈夫だけど……。


「……」


 私は上空のフェニックスを見上げる。

 本当にフェニックスが出るなんて……。


 ナディアちゃんに手を引っ張られる直前、私はこのイベントのことを思い出していた。


 イベント名は『火の鳥温泉』。


 樹海に異変が起きることから始まるそのイベントは、『ボーダレス』でも屈指のトンデモシナリオだったと聞く。


 クリアした人の感想によると「火の鳥をダンクシュートして温泉に入った」らしい。

 あまりに意味不明だが、それが逆にウケて『ボーダレス』のチャット内でミーム化し、しばらくの間語り継がれた。


 だから私もある程度の話は知っているのだけど……問題は。


 肝心のイベントに私は不参加だったのだ。

 だって報酬があんまりおいしくなかったから……。

 ああ、せめてWikiくらい読んでおけばよかった~!


「キェィィィィィイ!!」


 って、暢気に頭を抱えてる場合じゃなかった。


「ナディアちゃん……!」


 私はナディアちゃんに呼びかける。

 けれど。


「……スッゴォォー!!」


 彼女は上空を旋回する火の鳥を見つめ、目を輝かせていた。


「あの……ナディアちゃん?」

「何あれ何あれ!? お姉さん! あんな綺麗な鳥はじめて見たよ!」


 ナディアちゃんは早口で捲し立てながら、私の肩をブンブン揺さぶる。


「あ、あれはフェニックスっていうモンスターですよ」

「フェニックス! 名前までカッコいいね!」


 あっ、また目がキラキラしてる。

 その声音は感動に彩られていて、漏らす吐息には感嘆が込められていた。


 確かに……改めて見れば、心が震えるほど雄大な姿をしたモンスターだけど。


「って今は感動してる場合じゃないよ!」

「ふえっ!?」

「ほら、私たち狙われてるんだから!」


 私はこちらを睨みつけるフェニックスを指差す。


「キェィィィィィイ!!」


 その時、フェニックスが私たち目がけて急降下してきた。

 あんな炎の塊が突進してきたら丸焦げになっちゃう!?


「《アクアカノン》」


 私は慌てて水流の砲弾を放ち、その突進を止めようとした。


 しかし、勢いを緩めることはできたものの、突進自体はまるで止まる気配を見せない。


「お姉さん危ない!」

「!?」


 間一髪、ナディアちゃんが私を抱いて跳んでくれたお陰で、ふたりとも炎に巻かれずに済んだ。


「あちちちっ!」

「大丈夫!?」

「ちょっとお尻焦げたかも!」


 ナディアちゃんはそのまま走って木の影に隠れる。


 一方、狙いをはずしたフェニックスはまた上空へ戻った。

 たぶん私たちを探しているんだろう。


「あんな空にいたんじゃハンマーじゃ届かないなー。お姉さんは?」


 木の影から様子を窺いながらナディアちゃんは尋ねてくる。


「上級魔法なら効果あると思いますけど、撃つ隙が……」


 スキル名を言えば魔法は撃てるけど、全てがノータイムで撃てるわけじゃない。

 特に強力な上級魔法となると、魔法の完成までに時間がかかる。


 しかもその間私は無防備になるので、前衛に護ってもらわなければならない。

 その役をナディアちゃんに任せるのは……レベル的に危なすぎるよね。


「ねぇねぇ」


 私がうんうん悩んでいると、ナディアちゃんに肩をつつかれる。


「どうしました?」

「あのさ、フェニックスってやっぱり水が弱点なの?」

「そうですね。それは間違いないですけど」


 それはゲームのモンスター図鑑で見た覚えがある。


「ならさ、こういうのはどう?」


 と、ナディアちゃんは彼女が閃いたアイディアを話してくれた。

 それを聞いた私は大胆すぎる作戦に目をパチクリさせてしまう。


「でででもそんなこと本当にできますか?」

「うん。さっき温泉の臭いがするって言ったでしょ。だからきっと大丈夫」

「だけど危険ですよ」

「危険上等! 冒険者なんだから、それくらい覚悟してるよ」


 ナディアちゃんはニッと笑う。


「それにあれを倒さないと、村の人たちが困っちゃうしね」

「ナディアちゃん……」


 行きがかりで受けた依頼なのに、そんなにちゃんと考えてたんだ。


「……」


 ナディアちゃんの安全を考えるなら、ここは一回逃げるのが正解だ。


 その後、東都か西都で高レベルの盾役を雇ってきて、その人に護ってもらいながら私が上級魔法で倒せばいい。


 でも、そうした場合、彼女は蚊帳の外だ。


 それはきっと彼女の本意じゃない。


 広い世界を見たくて飛び出してきた彼女は、自分の目で見て、手で触れて――自分の力でやりたいことを成し遂げたいはずだ。


 そして、私にはそれを手助けできるだけの力がある。


「……分かりました。やりましょう!」

「うん。やろう!」



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