第7話 トンチキイベントが効率厨に牙を剥く
樹海はその名の通り、樹が海のように広がる場所だ。
昼間でも木々が太陽を遮るため暗く、生い茂る藪や木の根が道を阻む。
「あうっ!」
うぅ~、足を引っ掛ける根っことか大嫌い。
「お姉さん大丈夫?」
「ありがとうございます」
ナディアちゃんに手を貸してもらって私は立ち上がる。
「結構奥まで来ましたけど、特に何も見つかりませんね」
私は薄暗い森を見渡しながら呟く。
「確かに秘湯の影も形もないね~」
「そうですね」
もう何日も樹海を歩き回っているけど、秘湯はおろか、樹海の異変に関する手掛かりも今のところ見つかっていない。
「うーん、樹海の異変に秘湯……」
「お姉さん、どうしたの?」
「いえ、何か思い出せそうなんですが」
この世界はゲームの『ボーダレス』が基礎になっている。
だから、こういう異常事態は何かしらの『イベント』である可能性が非常に高い。
しかし、『ボーダレス』で開催されたイベント数は大小合わせて五千を軽く越える。
だから私が思い出せないのは数のせいであって、決して歳のせいじゃない。絶対に。
「ん~~~」
もうここまで出かかっているのだけど、なかなか肝心の詳細が出てこない。
あるいはあまり報酬が旨くないイベントだったのかも。そしたら不参加だった可能性も……。
「せめて秘湯について村の人が何か知ってればよかったんですけど……」
そうしたら探索ももう少し楽になっていたはずだ。
そんな愚痴っぽいことを言う私に、ナディアちゃんはにししと笑顔を浮かべる。
「まあまあ、ゆっくり探そうよ。それに沢山疲れたあとの方が、温泉入った時気持ちいーよ」
彼女の言葉で私は少し肩の力を抜く。
「……そうですね。まだ慌てることないですよね」
「そーそー」
頭の後ろで手を組みながら、ナディアちゃんは頷いた。
そうだ。別に温泉が逃げるわけじゃない。焦らず探していけばいい。
それに時間が経てばイベントの内容も思い出せるかもしれないし。
なんて考えていると。
「ギャギャギャギャー!」
唐突に森の中にモンスターの泣き声が響き渡った。
「!?」
私たちが警戒すると同時に、前方の藪から大猿のモンスターが飛び出してくる。
「お姉さんは下がって!」
ナディアちゃんはバトルハンマーを抜いて即座に前に出る。
「《プロテク》
《プロテク》
《プロテク》」
私も彼女がケガしないように防御力にバフをかける。
「ウギャイギャ!」
「ぬぎぎぎ!」
「もうちょっと頑張ってください!」
そうしてナディアちゃんがモンスターを足止めしている内に、私はさらに彼女の攻撃力と会心率を上げる。
こうなってしまえばもうこっちのものだ。
「えぇーい!」
ナディアちゃんが会心の一撃を繰り出し、大猿を粉砕する。
「いえ~い! お姉さん見てたー?」
「見てましたよ~」
嬉しそうにピースするナディアちゃんかわいいな。
ナディアちゃんの戦槌士は元々大ダメージを期待しやすいジョブだ。
問題は安定感だけであって、そこを私の魔法でカバーしてあげれば解決できる。
ゲームの『ボーダレス』でも『戦槌士×魔法使い』の編成で、高難易度クエストを最速クリアするチャートがあった。
実は私たちは相性がいいのかもしれない。
「それにしてもさー、なんだかここのモンスター変じゃない?」
「変、ですか?」
ふとナディアちゃんが投げかけた疑問に、私はハテナを浮かべる。
「んー、はっきり言えないけど、何かに怯えてるなーって気がする」
モンスターが何かに怯えてる?
それもこのイベントの内容のヒントだろうか?
「もしかして……樹海の奥に何かいる?」
「何かって、何が?」
「えっと、たとえばモンスターが恐れるほど怖いものとか」
それこそ樹海から逃げ出そうとしてしまうくらいに。
もしそうなら温泉村に現れるモンスターが急増したことにも説明がつくけれど……。
ドンッ!!
「!?」
突然、地鳴りとともに大きな音がして私はよろめいた。
「じじじ地震!?」
「落ち着いてお姉さん」
あわあわしている私の肩を支えながら、ナディアちゃんが音に耳を澄ませる。
「これ、タルイモフ山の方からじゃない?」
「えっ!? じゃあまさか噴火!?」
「ううん、たぶん山が震えてるだけだよ」
「分かるんですか……?」
「あちこち旅してたから。火山も何度か見たことあるよ」
ナディアちゃんの声のお陰で、徐々に私も落ち着きを取り戻してきた。
やがて地面の鳴動も収まり、私はようやく立ち上がる。
「火山活動で揺れたってことでしょうか? でも何で急に?」
まさかこれもイベントに関連して……。
「あっ……」
思い出した。
「あっ!」
と同時に、ナディアちゃんも声を上げる。
「お姉さん、あっちから温泉の臭いがする! 行ってみよう!」
「あっナディアちゃん、待っ!?」
ナディアちゃんは私の手を引っ張り、木々を掻き分けながら走っていく。
「あぷっ! あ、あの! わぷっ!」
私は彼女を止めようとしたが、喋ろうとする度に葉っぱや枝が顔に当たって上手く言葉が続かなかった。
彼女はもう温泉に夢中で、その臭いのする方にひたすら進んでいく。
でもお願いだから待って!
思い出したの! これたぶん『ボーダレス』初期に実装された伝説のトンチキイベントの……!
その時、急に視界が開ける。
鬱蒼とした木々が途切れたかと思うと、そこは石や岩がゴロゴロした山の麓だった。
まず鼻につくのは猛烈な硫黄の臭い。
しかし、私たちの視界いっぱいに飛び込んできたのは幻の温泉などではなくて――
「キェィィィィィイ!!」
――燃え盛る炎の翼を広げた巨大なフェニックスの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます