第6話 温泉村の依頼
「着いたー!」
西都を出て数日後。
私たちはタルイモフ山の近くの温泉村ガハラに到着した。
温泉村は山の裾野に広がる樹海の北端を少し切り開いた場所にある。
結構有名な観光地で、ここの温泉に入りに東西から多くの人が集まってくるらしい。
「ナディアちゃんはここはじめて?」
「うん。お姉さんは?」
「私は子供の頃に1、2回」
ちなみに大人になってからは初だ。
時々行きたいなーとは思いつつ、忙しさにかまけて見送っていた。
だから、私もここに来るのは久々なのだけど……。
「……?」
なんだか思ったより人が少ない?
それともこんなものだったかな?
と、私が首を傾げていると。
「あっ! 温泉饅頭だって!」
ナディアちゃんが売店ののぼりを見つけ、子犬のようにそちらへ走っていく。
「ああ、待って~」
私も彼女を追いかけ、とても暇そうな饅頭の売店に向かった。
「いらっしゃい」
「おばちゃん、お饅頭10個頂戴!」
ナディアちゃんは両手の指を広げて元気よく注文する。
「そんなに食べられますか?」
「よゆー!」
若いってすごいなぁ……。
「あ、私は2個ください」
「はいよ。中で食べてくかい?」
店員さんは売店の奥にある休憩スペースを指差す。
軽くそちらを覗いてみるが、今は誰もいないようだ。
混雑してたら絶対断ったけど、他人がいないならいいかな。
「じゃあ、奥で食べよっか」
「うん」
私たちは勧めに従って、座敷になっている休憩スペースに入る。
数分とかからず、先程の店員さんがお茶と温泉饅頭をお盆に載せて運んできてくれた。
「お待たせ。お茶は熱いから気をつけな」
お饅頭食べるの久しぶりだなぁ。
西都は比較的西洋風の街で、お饅頭などどこに売っていなかったのだ。
「いただきます」
私は内心ウキウキしながらお饅頭をひと口かじる。
しっとりとした皮を突き破ると、餡子のやさしい甘味が口の中に広がった。
こし餡はキメ細やかで、舌触りが心地いい。
数度咀嚼し、それから熱いお茶でのどの奥へ流し込む。
「はぁ~」
満足感から思わずため息をつき、改めてもうひと口。
チラリとナディアちゃんの方を見ると、私が半分食べる内にもう五個目に突入していた。
「んー! おばちゃん、これおいしーね」
ナディアちゃんはほっぺたを押さえながら体を震わせている。
「ありがとよ」
こんなに素直に褒められたら誰だって嬉しいだろう。店員さんも頬を綻ばせている。
「お嬢ちゃんたち、もしかして冒険者かい?」
追加のお饅頭を持ってきた時、ふと店員さんが尋ねてきた。
「そうだよー」
「……」
ナディアちゃんが頷くと、店員さんは一瞬表情を変える。
「ちょっと待っといてくれるかい?」
店員さんはそう言って、なぜかお店を出て行ってしまった。
「何だろう?」
「さ、さあ?」
私たちが首を傾げていると、しばらくして店員さんは法被を着たお爺さんを連れてきた。
「あんたらが冒険者ってのは本当かい?」
「え、あっ、はい……あ、あの?」
「これは失礼。わしはこのガハラ村の村長をしております」
村長さんは畏まって私たちに頭を下げる。
「えっと、あの、ご、ご丁寧にどうも……」
わけが分からず、私はとりあえず座ったまま会釈する。
すると、村長さんは顔を上げて。
「実は……あんたらに依頼したいことがありまして」
と言われて、私とナディアちゃんは目をパチクリさせる。
「あの、依頼ならギルドを通して……」
そこまで癖で言いかけて、先日ギルドを辞めたことを思い出した。
今の私はギルドに所属していない。
なら依頼は自分の裁量で受けられるけど……。
「えっと……ナディアちゃんどうする?」
「とりあえず話だけでも聞こーよ」
ナディアちゃんがいいなら仕方ない。
私は村長さんに向かって小さく頷く。
それから私たちは村長さんと向かい合うように座り直し、改めて話を聞くことにした。
「あの……それで、ご依頼って?」
「実は、このところ樹海からモンスターが出てくるようになりまして……」
村長さんは弱り果てた顔で言う。
「えっ、それは昔からあったんですか?」
この世界のモンスターは自身の生息域の外に出ることは滅多にない。
ゴブリンのように複数のフィールドに跨がって出現する例外もいるが、基本的に樹海のモンスターは樹海から出ないはずだ。
とはいえ、温泉村は樹海の端を切り開いた場所にある。
なら多少はモンスターの侵入があってもおかしくはないけど……。
「いえ、昔はこんなこと滅多になかったのです。それがここ最近は頻度が異常でして……」
「具体的には?」
「この半年で80件以上、今月に入ってからも10件近く発生しとります」
つまり大体2~3日に1回くらい。
昔は滅多に出なかったのが本当なら、それは確かに異常事態だ。
「この村にも自警団がおったんですが、あまりの数に対処が追いつかず、自慢の温泉も荒らされて客足も遠のいてしまって……」
村長さんが着ている法被は、経営している温泉宿のものらしい。
しかし、その温泉もモンスターに破壊されてしまったそうだ。
「このままでは村は立ち行かなくなってしまいます……どうか樹海を調べて原因を突き止めてきてくださらぬか?」
そう言って村長さんは畳に額を擦りつけんばかりに頭を下げた。
「ナディアちゃん、どうする?」
私はもう一度ナディアちゃんに尋ねる。
ここへ来たのは彼女の目的のためだ。依頼を受けるかどうかは彼女に判断してもらうしかない。
「もちろんいいよー! どうせ樹海には入るんだし」
ナディアちゃんはあっけらかんと依頼を引き受ける。
「ありがとうございます。ありがとうございます……!」
今まで余程困っていたらしく、村長さんは目尻に涙を浮かべて何度も頭を下げる。
その後、私たちは村長さんの温泉宿に招待された。
そこで一泊して英気を養い、翌日樹海の中へと出発したのだった。
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