第5話 「ふーん?」はちょっと傷ついた

 気がつくともう夕陽が沈む時間帯で、私たちは夜営することにした。


「《エクスポ》」


 私は魔法で収納空間からキャンプ道具一式を取り出す。


「ナディアちゃんはテントって張ったことあります?」

「ないない。いつも野宿だもん」

「じゃあこっちは私がやりますね」

「じゃあ料理はあたしがするよー」


 ナディアちゃん料理できるんだ。

 意外と思ってしまったけど、よく考えたらソロ冒険者が自炊できないはずがないよね。

 ちなみに私は……ごにょごにょ。


 それから私たちは協力してキャンプの準備を始めた。


「ナディアちゃん、ちょっとここ押さえててもらえますか?」

「りょうかーい」


「魔法で水が出せるって便利だね。川に汲みに行かなくていいし」

「そ、それほどでも」


 時々お互いに手伝いつつ、大体一時間くらいで全部終わった。


「お姉さん、ご飯できたよー」

「はーい」


 ナディアちゃんに呼ばれ、私は彼女のいる焚き火の方へ移動する。


「ほらほら、隣座って」

「お邪魔します」

「ていうかこの椅子座り心地いいね」


 彼女はキャンプ道具のミニチェアを気に入ったようだ。


「お尻のところの素材が柔らかいんですよ」

「これいいよねー。いつも大きめの石とか座ってるからお尻痛くてさ」

「石だとそうなりますよね」


 私はうんうんと頷く。


 冒険者は男性が多く、彼らは椅子の座り心地なんかにあまり頓着しない。

 それどころか夜営道具も野宿に使う毛布があればいいって言う人もいるほどだ。


 そんなんなのでお店側の品揃えもあまりよくない。

 お陰で私のお尻にフィットする椅子を探すのにお店を十軒以上も回る羽目になった。


 そうしてやっと見つけた椅子なのに、仲間の反応は「ふーん?」という感じだったし。


 だから彼女に同意してもらえて結構嬉しい。


「今日のご飯はこれだよー」


 ナディアちゃんがそう言って私に見せてくれたのは。


「ホットサンド?」

「あたしこれ好きなんだー。作るのも簡単だしね」


 綺麗な焼き目のついたパンからは、ほのかに芳ばしい香りが漂ってくる。


「じゃあ、切るね」


 と、その二枚重ねられたパンに対して、斜めに包丁が入れられた。

 その瞬間、パンの間に閉じ込められていた湯気が立ちのぼる。


「わあ!」


 パンに挟まれていたベーコン・野菜・半熟卵。

 ベーコンの脂がてらりと光り、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。

 さらにとろっとろの黄身が全体に絡まっていて、目で美味しそうと思わせてくれた。


「いただきまーす」

「いただきます」


 んーーー!

 一気に齧りつくとベーコンと卵の濃い味が口の中に広がる。

 刻んだ野菜が脂のこってり感を中和してくれていて後味がくどくない。それにシャキシャキとした食感に変化があって楽しい。


「これ、すごくおいしいです!」

「そう? よかった!」


 ホットサンドはそのままペロリと食べ終わってしまった。

 満足感がすごい。

 食後のコーヒーもあったらよかったかも。

 西都で買っておけばよかったな。


 それから私たちは火の後始末をして、テントの中に入った。


「本当に見張り番とかしなくて大丈夫?」

「はい。警戒魔法が張ってありますから、何か近づいてたらすぐ分かりますよ」


 私がそう言うと、ナディアちゃんは安心したように笑う。


「そういえばソロの人って夜はどうしてるんですか?」


 ふと気になったので訊いてみる。

 ひとりでは交替で見張り番を立てることもできない。


「あたしは木の上とかで寝てたよ」

「それって眠れるんですか?」

「あたしは寝れるけど、物音がするとすぐ起きちゃうかな」

「やっぱりそうですよね」

「あと時々落っこちそう」


 ナディアちゃんは冗談っぽく言って笑う。


「でも今日は安心してぐっすり眠れそう。お姉さんのお陰だね」


 それからしばらくお喋りを楽しんだけれど、そろそろ寝ることにした。


 寝る前に濡らしたタオルで体を拭く。

 せっかくなので背中はお互いにやってあげることにした。


「力加減どうですか?」

「はうぅ~お姉さん上手ー」


 ナディアちゃんは気持ちよさそうに返事する。


 彼女の背中は小っちゃくて、なんだか子供みたいにぷにぷにしていた。


「あははっ、そこくすぐった~い」


 背中を拭かれながらナディアちゃんは鈴が鳴るように笑う。

 まるでかわいい妹ができた気分。

 無限に甘やかしたい。


 なんてことを思っている内に、背中が拭き終わった。


「次お姉さんやってあげるー」

「わわっ!」


  そんなこんなで体も拭き終わり、私たちは二枚重ねの毛布の中に潜った。


「ランプ消しますね」

「はーい」


 ランプを消して、私は目を閉じる。


 最近まで恋愛トラブルが怖くて胃をキリキリさせていたので、こんなに穏やかな気分で寝るのも久々な気がする。


 明日はどこまで進めるかな?

 たぶん今日のペースだと、タルイモフ山に着くのは明後日か明明後日だ。

 まあ、昼間も思ったけどのんびり行こう。

 今はこの旅をゆっくり楽しみたい。


 明日の夜ご飯、ナディアちゃんは何作ってくれるかな……?

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