第3話 温泉に入りたーい!

 立ち話もなんだったので、私たちは酒場へ移動した。


「私はビール飲みたいなー。お姉さんは?」

「あっ、私は果実ジュースで」

「はーい。料理は適当に頼んじゃうね」


 温泉入りたい子ちゃんは店員さんを呼び、さっと注文を済ませてしまう。

 注文を終えた彼女は改めてこちらを見て。


「あたしはナディア・パステルライト。お姉さんは?」

「カ、カナデ・アーデルライトです」


 私は慌てて自己紹介を返す。

 それを聞くと、彼女はさらにニコニコして。


「あたしたちの名前、ちょっと似てるね」

「に、似てますか?」

「似てるよー」


 カ「ナデ」と「ナデ」ィア。

 アーデル「ライト」とパステル「ライト」。

 言われてみれば少し似てるかもしれない。


「パステルライトさんは」

「ナディアでいいよ。さんもいらないし」

「ナ、ナディアちゃんって、もしかしてソロ冒険者ですか?」

「そうだけど、どうして?」

「いえ、若いのにソロ冒険者なんてスゴいな~って」


 冒険者にはギルド冒険者とソロ冒険者の二種類がいる。

 大半の冒険者はギルドに登録して働くが、ソロ冒険者は個人で活動している。

 ソロの人はギルドに仲介料を取られないが、自力で依頼を取ってくる必要がある。

 つまり実力とコミュ力がなければ、ソロ冒険者はやっていけないのだ。


 正直、私にはできる気がしない……特にコミュ力の部分。


 私が心の中で尊敬の念を送っていると、ナディアちゃんはアハハッと大声で笑う。


「別にあたしは大したことないよー。レベルも20くらいだし」

「えっ……じゃ、じゃあ何でソロで?」


 ……ハッ!?

 ま、まさか仲間と死別したとか?

 それで「ほかの連中とは組む気になれない」と言ってソロに……?


 でも上客を持たないソロ冒険者は大変だ。

 もしかして服や靴がボロボロなのも、生活に困窮してるからなんじゃ?


「うぅ、ナディアちゃんは若いのに苦労してきたんですね」

「おーいお姉さーん、料理来たよー」


 気がつけば彼女の言う通り、すでにテーブルの上には大量の料理が並んでいた。


「じゃっ、とりあえずカンパーイ」

「か、かんぱ~い」


 ナディアちゃんは勢いよくビールを呑み、一気にジョッキ半分をあけてしまう。


「お姉さん何か勘違いしてるみたいだけど、あたしは好きでソロやってるんだ」


 泡のヒゲを口回りにつけながら、ナディアちゃんは笑う。


「でもソロって大変なんじゃ?」

「ん~まあね」

「じゃあ何でギルドに登録しないんです?」

「だってギルドに入ったら街から離れられないじゃん」


 確かにそれはそうだ。


 ギルド冒険者は登録したギルドから仕事をもらうため、拠点の街から離れられない。


「あたしはさ、広い世界に憧れて冒険者になったんだ」

「……!」

「だから何にも縛られず、好き勝手に冒険がしたいの!」


 そう言って残りのビールを飲み干すナディアちゃん。

 彼女の目はキラキラと輝いていて、私には眩しく見えた。


 きっと彼女と同じことを私が言っても、恥ずかしい感じになっちゃうと思う。


 でも、今私の脳裏に蘇るのは『ボーダレス』のキャッチコピー


『きみがどう生きるかは自由だ』


 ……私ってこの世界で自由に生きてきたかな?

 せっかく転生したのに。

 効率だの、名声だの、恋愛トラブルだの……また前世みたいに周囲からのしがらみに囚われて、本当にやりたいことができていなかった気がする。


「……さん、おねーさーん!」

「!」


 大声で呼ばれ、私はハッとする。


「お姉さん、あたしの話聞いてた?」

「ごごごめんなさい!」

「謝んなくていいからーそれよりもー」


 いつの間にかナディアちゃんは二杯目のジョッキを傾けていた。

 顔が赤いのはそのせいみたいだ。

 と。


「お姉さんも温泉入りたくない!?」


 突然、彼女はテーブル越しに、赤らんだ顔をグイッと私に近づける。


「温泉って、さっき橋の上で叫んでた?」

「そう! それ!」


 ナディアちゃんは「正解!」と私の顔を指差す。

 そういえばそもそもこの話を聞くために酒場に入ったんだった。


「噂でねー、タルイモフ山の麓に幻の温泉があるらしいんだ」

「タルイモフ山って、西都と東都の間にある?」

「そーそー」

「確かあそこには温泉街があったはずだし、普通に入ればいいんじゃない?」

「ちーがーくーてー。あたしが探してるのは誰も知らない秘湯なんだってばー」


 タルイモフ山の麓には温泉街以外にも、広大な樹海が広がっている。

 彼女の言う秘湯は、その樹海の誰も立ち入らない奥地にある……らしい。


「その幻の温泉にめっちゃ入りたいんだけど、誰も一緒に来てくれる人がいなくてさー」

「それってパーティ組んでくれる人がいなかったってことですか?」

「そーなの」


 ナディアはしょんぼりと俯く。


 樹海はモンスターの巣だ。

 それに樹海攻略の推奨レベルは30前後。彼女がソロで行くのは厳しい。


 おまけに目的が温泉に入るだけじゃ、彼女と組んでくれる人がいなかったのも頷ける。


「お姉さん!」

「は、はい!」


 その時、ナディアちゃんは私の両手をガシッと掴んで顔を上げる。

 またあのキラキラした目を向けられ、私は思わずビクッと首を竦めた。


「あたしと一緒に温泉入りに行きませんか!?」


 ナディアちゃんは縋るように私に懇願してきた。


 たぶん、いつもの私なら必死に逃げる言い訳を探してた。

 まあ結局断り切れずに押し切られる可能性も高かったと思うけど……。


 でも、今は。


 ギルドを辞めたから暇だなとか。

 私のレベルなら樹海くらい楽勝だなとか。

 いろいろ疲れたから確かに温泉入りたいなとか。


 なぜか断らない理由ばかり溢れてくる。


 ナディアちゃんと一緒に冒険したい。


 そうして彼女のキラキラしている目に吸い込まれるように、私は首を縦に振っていた。


「わ、私でよければ」

「本当!? やったー!」


 ナディアちゃんは嬉しそうにバンザイして、そのまま勢い余って椅子ごと後ろに倒れてしまった。


「だ、大丈夫ですか?」

「痛たた、頭打った~」


 後頭部を擦る彼女に、私は無意識に手を差し伸べる。

 彼女は私の手を掴むと、また太陽のような笑顔を浮かべ、


「よろしくね、お姉さん」


 と言った。

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