第2話 無職には夕陽がよく似合う

「今日から無職か~」


 西都の中央橋から夕陽を眺めながら、私は深いため息をついた。


 冒険者は基本ギルドから発注されたクエストを受けて生計を立てている。

 そこを退会した以上、もうギルドで仕事をすることはできない。


「さすがに早まったかな……」


 ルークたちから離れたいなら、単にパーティを抜ければよかった話だ。

 何もギルドまで辞める必要はない。

 でも……。


 直接皆に辞めたいって言うとか無理!


 それに言ったら理由を聞かれるし。

 そんなの答えられるわけがない。

 恋愛トラブルに巻き込まれるのが嫌だ……なんて。


「……」


 唐突だけれど、私には前世の記憶がある。

 と言っても、だいぶ朧げで、名前すら思い出せない。

 ただ物凄く大好きだったゲームのことは覚えている。


『ボーダレス』。


 広大なファンタジー世界を舞台にしたオンラインゲーム。

 最大の売りはその自由度とジョブの数。

 サービス開始時点でジョブは150種以上。

 ジョブはアップデートの度に追加され、私が生きていた時点で300を超えていた。


 ジョブの種類も戦闘職から生産職まで幅広く、職に合わせて冒険、商売、領地経営と好きなことができた。


『きみがどう生きるかは自由だ』


 それが『ボーダレス』のキャッチコピー。


「……」


 この世界は『ボーダレス』によく似ている。

 大陸や街の名前、年表、ジョブやスキル、発生イベントまで完全に酷似していた。

 唯一違うのは、この世界にいる人たちは本当に生きているということだけ。


 正直、ここでの生活は楽しかった。

 前世で効率厨だった知識を活かして無双できたし、何しても皆が私を褒めてくれたし。

 何より『ボーダレス』の世界で冒険できるのが嬉しかったから。


 なのに、ついさっき私は冒険者を辞めた。

 たかが恋愛トラブルで……とは言わないで欲しい。


 だって、前世の死因がそれなんだから。


 興味本位で参加した『ボーダレス』オフ会。

 なぜか私はそこで姫扱いを受けていて、男たちから無駄にチヤホヤされていた。

 あれは今考えても異常だったし、正直嫌だった。

 同性のプレイヤーには壁を作られるし。

 ストーカーとか……ストレスで胃に穴があいて、おまけに不眠症にもなったし。

 挙句に最期は、駅で喧嘩を始めた男たちを止めようとして線路に落ちた……。


「はあぁ~」


 とにかくもう男はこりごりだ。

 次は女だけでパーティ組みたい……。


 まぁでも、それは難しいかな。

 女性冒険者は数が少ない。それにいても弓手や神官といった後衛がほとんどだ。

 私は魔法使いだし、組むなら前衛が欲しい。


 いや、それ以前に。


 新しいパーティを組んだとしても、やることが特に思いつかない。


 もうレベル上げは十分したし、最強装備も揃えてしまった。

 貯金もあるから金策の必要もないし。

 次にアイテム報酬がおいしいイベントが来るのは、確か一年後とかだったはず。


 ……え?

 もしかして私、来年までぼっち?

 いや、パーティ組みたいなら組めばいいんだけど。

 でも必要性がないと思うと、余計に人に話しかける気力が湧かない。外出のない日は化粧したくないのと一緒だ。


「……」


 いろいろ考えてたら余計にブルーになってきた。

 同時に、なんだか無性に大声で叫びたくなってくる。


 叫ぶか?

 叫んじゃうか?

 ちょうど橋の上にいるし、夕陽もいい感じで、シチュエーションは完璧だ。

 やっぱりこういう時はバカヤローだろうか? 何でもいいか。

 よーし。

 せーの。


「バ……」

「温泉入りたーーーーーーい!!!!」


 思いっきり大声を出そうとした私の横で、いきなり誰かが夕陽に向かって叫んだ。


 ……温泉?


 私は思わず隣を見やる。


 そこには淡いピンクの髪を後ろで束ねた少女が、橋の欄干を掴んでぜぇぜぇと荒い呼吸をしていた。


 年期の入った胸甲に籠手と脚甲。

 腰帯に吊るされたポーションの小瓶。

 何よりもめだつ背中のバトルハンマー。


 この子、戦鎚士の冒険者だ。


「ん?」

「!?」


 目が合ってしまった。

 思わず目を逸らして下を向く。

 そのまま三十秒ほど橋の下の川の流れを凝視した。


 もう行ったかな?


 恐る恐る視線を横に向けると――先程の少女が私の真横に立って、ジッとこちらの顔を覗き込んでいた。


「ひゃあ!」

「わっ!」


 私は悲鳴を上げて尻餅をつく。

 その子は私の反応にビックリしていたけど、


「大丈夫?」


 と、心配そうに手を貸してくれた。


「あ、ありがとう」


 私はお礼を言って立ち上がる。

 あとはそのまま別れられればよかったのだけど……。


 ジィィーっとその子は私を見つめていた。

 そのキラキラした目が「話を聞いて!」と訴えてくる。


 無視する選択肢もあるにはあるけど。

 これを無視できる性格だったら、たぶん前世でももっと上手くやれてたと思う。


「えっと……温泉がどうしたんですか?」


 観念した私が渋々と口を開くと、彼女は満面の笑みを浮かべるのだった。

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