第15話
その昔、この地に降りた神が作らせたという地下墓地。
戦争で死んだ英霊たちを祀っていたこの場所も、今では英霊たちの遺体も別の墓地に移され、捨てられた廃墓地となっている。
このカタコンベの奥地に僕の求めるものがある。
ここはちょうどリトスミテラに近い森の中にある。ヴィズガとの約束の時期も近いので、ここに来れたのはちょうどよかった。
川のせせらぎが聞こえてくるのどかな森の中で苔寂びた入口が大きな口を開けている。
ここに入るのは少々気が引ける。墓場というだけでも辛気臭いというのに、それも廃墓地となれば嫌気も差す。
小さな溜め息を吐いて、心に覚悟を決める。
こんなところで怖気付くわけにはいかない。
「さて、行くか」
僕は入り口をくぐる。
入口の階段を降りると地下墓地の内装が見えてくる。
石造りの通路には壁画が描かれており、このカタコンベのあった時代を表している。
通路が仄かに明るいのは、石材の間に埋め込まれた光り苔のおかげだろう。照らされた壁画が良く見える。
壁画を眺めつつ奥へと進む。
かつて、魔物が蔓延り人々は困窮を極めていた。
魔王が世界を侵略し、各地で魔王軍と人類軍の戦争が勃発していた。
野は焼かれ、村は崩壊し、人々は死の恐怖と隣り合わせの生活を送っていた。
そんな中、後に勇者と呼ばれる者が生まれた。その者は仲間を従えて、魔物たちと戦い、そしてついには魔王を撃ち滅ぼした。
そこから人類は繁栄の道を歩み出すこととなる。が、魔王は人類に呪いを残していた。
”―――我、千の時を経た後に再びこの地に蘇ろう”
しかし、今の魔王はかつての魔王ではないと人は言う。
本当に呪いは残されたのかはわからない。だが、誰もそれを疑っている者はいない。
通路の奥の奥。
この地下墓地の最奥にある木の扉。ここが僕の目指した場所だ。
扉を四度ノックする。返答はない。
僕は扉を開けた。
扉の奥にいたのは、フードを被った女性だった。
僕が求めたのは師。力を知り、それを操る術だ。
「……ここに客人が来たのは十年ぶりか。いや、招いた覚えはないがな」
凛とした声。薄水色のローブ、広いスカートの白いドレスを着ている彼女がパレクス神父の教えてくれた人だ。
ランタンに照らされたその素肌は光を拒絶するほどに白い。特徴的なのはフードの上からでもわかる羊角だ。獣人種だろうか?
木で出来た机の上には光り苔のランタンといくつかの鉱石や羊皮紙が並べられている。ここが彼女の工房なのだろう。
「あなたがグウィズダーさんですね?」
僕は女性に声を掛ける。女性は顔をこちらに向ける。
濃い青色の瞳。その髪は透明と言えるほどの白だ。もっと年老いた人を想像していたが想像よりもだいぶ若い人だった。
氷のような女性。それが彼女に対する印象だった。
「誰に教えられた? 人除けの結界に迷宮の魔法までかけたというのに、それを突破するとは呆れた奴だよ、君は」
本当に呆れた、と彼女は付け足した。
「パレクスさんです。あなたなら魔法を教えてくれるって」
グウィズダーさんはひどく驚いた顔をした後、なんとも懐かしそうな顔をした。
「そうか、あの男か。えらく時間が経ったものだな……」
どういう関係なのかはわからないが、その表情は良いもののように思えた。
「えぇ、彼の村でお世話になりまして……」
「断る」
グウィズダーさんは僕の言葉を遮る。
その顔は酷く冷たい。
「私は人が嫌いなんだ。ここまでご苦労、帰ってくれ」
「……ですが、グウィズダーさん!」
彼女は興味を失った顔で視線を逸らす。
人が嫌いだという彼女。
だが、僕も引き下がるわけにはいかない。
僕には力がない。経験も知識も足りていない僕には誰かに教えを乞うことしかできない。
ディノトログロフのような化け物に勝てなくてもいい。せめて追い払えるだけの勇気と力が欲しい。
「お願いします。僕に戦う力を下さい」
僕は頭を下げて、再度お願いしてみた。
「君に教えて私に何の得がある? 大体、君は……」
グウィズダーさんは少々声を荒げ、再びこちらを見る。
その瞳は瞳孔が開き、青い瞳に赤い光が帯びている。
が、その赤身は直ぐに消えた。
「話が変わった。いいだろう、君の面倒を見てやる。代わりに家事や雑用をしてもらおう」
僕が頭を上げると彼女は訝し気に僕を見ていた。
何故、彼女が心変わりしたのかわからないが、またとない機会だ。
「ひとまず、君の抱えている問題を聞かせてもらおう」
僕はあの旅人と出会ってからの話をした。
村に行き、パレクス神父と出会い、そしてディノトログロフから逃げた。
ディノトログロフはいつ村を襲ってもおかしくはない。
だから僕は力を求めることにした。
「なるほど」
グウィズダーさんは眉を顰める。
「えぇ、なのでパレクス神父に相談したら、グウィズダーさんにと……」
「私のことはウィズでいい」
「え? ああ、いや、その……」
「はぁ……はっきりしない男だな、じゃあセンセイと呼びたまえ」
グウィズダーさんはそう言うと再び呆れた溜息を吐いた。
センセイ……いや、
「それで、師匠。ディノトログロフを追い払うにはどうしたらいいですか?」
討伐隊を派遣することができないとはいえ、何かできることがあるかもしれない。
魔法について教えて貰う前に当面の目標について教えて貰った方がいいだろう。
「その件に関しては気にしなくていい、二週間もすれば勝手に消える」
ディノトログロフが勝手に消える?
縄張り意識が強いディノトログロフが寝床に選ぶほどの場所を、そう簡単に手放すのだろうか?
「いや、でも魔獣が人里の近くにいるのは危険なんじゃ……?」
あの森にはただでさえラクシアクレーンなどの危険な魔獣が多い。
ディノトログロフはその生態系に必ず影響を与える。
餌が取れなくなった肉食魔獣が人の住む場所に現れる例はよくあることだ。
「君らが思っているほど魔獣は危険じゃない。だいたい魔獣と動物の違いは魔力の有無だ。動物本来の習性はどんな生物にもある」
師匠は多少不機嫌な顔で僕を睨む。
「問題はそれを連れてきた誰かがいるってことだ。パレクスめ、私に解決させるつもりで君を寄こしたな」
ディノトログロフを誰かが連れてきた。
だとしたら何の目的で?
「前言撤回だ、一回村に行くぞ。ディノトログロフ自体は危険ではないが、黒幕がいるなら早めに解決した方がいい」
そう言うと師匠は立ち上がり、出かける準備を開始した。
フードを脱ぎ、コートスタンドから大き目のエナン(円錐型の帽子)を取って被る。
可愛らしい羊角だけでなく顔の全容も見える。
垂れ下がった長耳、顔の横は表皮が固くなった部分がある。
「あまり女の顔をじろじろ見るな、デリカシーの無い弟子だな」
師匠は帽子の端を持って深めに被る。
少し赤みを帯びた幼顔に思わず心臓が高鳴りを覚えた。
「す、すみません。じゃあ行きましょうか」
これからの修行に少しばかりの不安を覚えた。
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