第16話
師匠を連れ、教会へと戻ってきた。
元より活気の少ない街ではあったが、ディノトログロフが出た所為か、以前よりも人が少なく感じる。
礼拝堂へと入るとパレクス神父が教壇を清掃していた。日曜日の集会に向けて準備しているのだろう。
「お早いお帰りですね、待っておりました」
恭しく言うパレクス神父。彼は僕の後ろにいる師匠を見て、少々驚いた表情をする。
「おやおや、お久しゅうございます、先生。地上はいつぶりですか?」
カラカラと笑うパレクス神父。随分と気易い関係のようだ。
「あまり人を引きこもりのようにいってくれるな、買い物の度に外に出てるさ」
少し頬を膨らませる師匠。こうしていると見た目相応(?)に見えるのは何とも不思議なことだ。
そう言えば師匠はいくつなのだろうか。少なくともパレクス神父に魔法を教えていたということはそれなりの年齢なのだろうけれど……。
まぁ女性に年齢を問うのも失礼というものか。
「それにしても随分とお年を召された、研究の方はいかがですかな?」
「あまり芳しくはないな。それより、お前は変わらずデリカシーの無い男だ、お前も同じだけ年を取ったろうに」
世間話に花を咲かせている二人。長い付き合いともなれば積もる話もあるのだろう。
「それで、件の魔獣についてだが……」
師匠がディノトログロフの件について切り出す。
問題ないとは言っていたが、師匠の言う黒幕が本当にいるのならば放っておくことのできない。場合によっては村存続の危機にもなりかねない。
「父さん、この花瓶は……あら、新しいお客人ですか?」
教壇の奥の扉から花瓶を持ったリタさんが現れた。今日は以前よりも体調がいいように思えるが、やはり少しやつれた顔をしている。
「あぁ、リタ。私の先生だったグウィズダーさんだよ。少し話をしていたんだ」
師匠の方に目を向けると少しばかり眉根を顰めていた。パレクス神父の言葉に違和感を覚えたのだろうか?
「そうでしたか、娘のリタです。どうぞお見知りおきを。それで父さん、この花瓶はどちらに置きましょうか?」
お辞儀をし、師匠に挨拶をするリタさん。
師匠も会釈を返して挨拶を済ませた。
パレクス神父がリタさんと話していると師匠は僕に小さい声で耳打ちしてきた。
「お前、あの娘と話してこい」
何故?
「リタさんとですか?」
随分と急だな。師匠はパレクス神父と話したいだろうし、ちょうどいいか。
僕はリタさんの手伝いに名乗りを上げて、この場から離れることでした。
リタさんの持つ花瓶を代わりに持ち、客室へと運ぶ。その後は各部屋の清掃や整理を手伝う。
ふと窓の外を見る。やはり人の気配がない。
「不思議ですか、人がほとんどいないのが?」
村自体の家の数は六件ほどあった。それほど大きな村ではないにせよ、昼間から家に引きこもってばかりということもないだろう。
「仕方ないですよ、魔獣が出たんですから。ウチの村でも近くに魔獣が出たら同じでしたから」
「そうですね、こんな村に魔獣を嗾けて何が望みなんでしょうね?」
違いと言えば僕の村にはまだ余裕があったことだろう。中央から近いことや定期的な貿易のおかげで村の危機に対応してもらえるだけのお金があった。
しかし、この村にはそれがない。危険な魔獣が村を襲おうものなら、あっという間に滅んでしまうだろう。
中央の管理体制には、正直怒りを感じる。厳しい税を課すなら平等に人々を助けるくらいできないのだろうか?
「本当ですね、許せませんよ……」
僕がそう言うと、リタさんが小さく笑った。
「何か、変なこと言っちゃいました?」
「いえ、まるで自分の村のように言ってくれるのが嬉しくて、まだ小さいのに少し大人びてますよね」
リタさんの言葉に頬が熱くなるのを感じる。
つい自分が子供であるということを忘れてしまう。前世の記憶があるというのも少し考えものかもしれない。
「と、父さんや兄さんと一緒に経営のこととか教えて貰ってましたから!」
誤魔化すように後ろ髪をかく。
あまりうかつなことは言わないようにしないとな。一応、転生者であるということがバレてはいけない契約もあるのだから。
「さ、早いこと残りを終わらせて二人の下に戻りましょう。僕お腹すいちゃいました」
少しでも子供っぽいところを見せておこう。こっちの方が恥ずかしいが変に思われるよりもマシだ。
その後は手分けをして各部屋の片づけを終わらせた。
終わった時には日が傾きかけ、夜の訪れが近づいていた。
リタさんはまだやることがあるとのことで、どこかに行ってしまったので、僕一人で二人の下へと戻ってきた。
二人はまだ話をしていたようで師匠は少女のような顔で笑っていた。
「パレクス神父、師匠、戻りました」
「ああ、手伝わせてしまって申し訳ないね。お腹が空いただろう、すぐご飯にしよう」
パレクス神父は朗らかな笑みでそう言って席を立った。
師匠はというと先ほどまでとは打って変わっていつもの仏頂面に戻ってしまった。
「それでどうだった?」
「え、あぁリタさんですか? 体調もよさそうでしたし、あまり気にかけることもありませんでしたよ」
「そうか、それならいい」
煮え切らぬ言葉を返す師匠。
「明日は朝から出るぞ、ひとまずディノトログロフを片付けよう」
「……黒幕の方はいいんですか?」
ディノトログロフを追い払ったところで黒幕が残っているならまた連れてこられるのではなかろうか?それでは鼬ごっこだ。
「計画を邪魔されたとわかれば、あちらから接触してくるさ。運が良ければディノトログロフと相対する前に会えるだろう」
師匠はそう言うと席を立ち、パレクス神父の後を着いていった。
「それより飯だ。あのメイドの飯は美味いからな、楽しみだ」
浮かれた様子で歩いていく師匠。
不安が残るが師匠がそういうのならば信じるしかあるまい。
僕が溜息を吐くと腹の虫が返事をした。ひとまず腹ごしらえをするとしよう。
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