第14話
暗い。とても暗い森の中を走っている。
走れども走れども視界が晴れることはなく、後ろから聴こえる怪物の叫び声が狩人のごとく兎を追い立てる。
小さな体で逃げ回る兎。狩人と兎の距離は付かず離れず走り回る。
怒れる怪物は手当たり次第に岩を
兎もそれらの寸でのところで避け続けるが、跳ねる破片がその身を傷をつけていく。
兎の視界に光が見える。
眩い光。そこまで行けば逃げ遂せる。
暗がりを抜けて光に飛び込んだ兎。
瞬間、追いかけてきていたはずの怪物が目の前に現れ、その巨木のような腕を振り上げている。
希望が絶望の入り口だと気が付いた時、ソレはやってくる。
最後に響くのは水を含んだ柔らかいものが爆ぜる音だった。
「うわぁああ!!」
最悪の夢から飛び起きる。
首は付いているか? 腕や足は?
眠りから覚醒してすぐに自らの全身をくまなく触り、どこも損失した箇所はないかと確認する。
幸い、五体は満足のようで不安と一緒に額の脂汗を拭い取った。
「えらい騒がしい居候だね、起きたならさっさと布団から
正体不明の老婆に困惑し固まっていると、老婆はしびれを切らしたようにこちらに足音を鳴らしながら近づいてきた。
「耳が聞こえないのかい!! この村はね、食うにも困るくらい貧乏なんだ。アンタみたいな牛の腹から生まれた子供を養う余裕はないんだよ」
老婆に耳元で怒鳴られた僕は急いで布団の外に出た。
その後、老婆は布団を回収するとこちらを一瞥して、部屋を後にした。
何だったんだ、今のは……。
老婆と入れ違うようにパレクス神父が部屋に入ってきた。
「おや、起きられましたか。何処か痛むところはありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
僕は先ほどのお婆さんについてパレクス神父に聞いてみることにした。
「あぁ、彼女はクリアといって、この教会で長年使用人をされているのです。気が短いのが玉に瑕ですが悪い方ではありませんよ」
些か信じがたいが神父がそう言うのならそうなのだろう。
「そうですか、それよりスノーホワイトバリーを持ってこれなくてごめんなさい。実は……」
僕は事のあらましを神父に話した。
ディノトログロフがいることを聞いた神父は大層驚いた顔をしていた。
「ディノトログロフですか。何故そんな狂暴な魔獣があの森に……」
てっきりあの森に住み着いている魔物と思っていたが、どうやらそういう訳でもないようだ。偶然あの森にいたとしても群生するはずの彼らがあの場に個体でいること自体がおかしいのだ。
「この辺りでディノトログノフが生息している場所ってあるんですか?」
僕の質問に対し、神父は首を横に振った。
「そもそも彼らの生息地域は隣国の山中です。山を下りたのだとしてもわざわざあの森に来る理由がわかりません。さらに長ともなれば群れから離れてナワバリから遠ざかることはまずありえないでしょう」
つまるところ、なぜいたのかわからない。それが結論だ。
ラクシアクレーンなどの鳥類と違い、彼らはナワバリを変える習性はない。
はぐれたボス個体。その危険性は僕が体験した通りだ。中央に帰り、ギルドに報告した方がいいだろう。最悪の場合、村が一つ消えることになるだろう。
「僕は一度、中央に戻ってこの件を報告したいと思います」
僕がそう言うと神父は苦虫を潰したような顔をする。
「いえ、恐らく無駄でしょう。討伐隊の派遣となると大掛かりな遠征になる。冒険者を募ったところでこの村には報酬を支払うだけの金銭がありません。金がなくてはギルドは動かないのです」
神父の悔しそうな顔を見て、僕は胸が締め付けられるような思いになった。
金銭。討伐隊を動かすとなれば一人当たり銀貨百枚を超える金銭が必要となるだろう。ディノトログノフの討伐ともなれば少なくとも四人パーティが三つか騎士隊の小隊が来ることとなる。
今回の件であれば支払われる報酬はギルドと依頼主で折半することとなるが、それでも金貨十枚ほどの金銭かそれに相当する物品を要求されるだろう。
「私の方で教会に掛け合ってみましょう。本部の方で支援いただけるかもしれません。ひとまずあなたはここで療養し、体を癒すことを優先なさい」
希望がないわけではないが、それにしても解決するには時間を要するだろう。
改めて自らの無力さを痛感した。
「あの……」
僕は一つのことを決心した。
そして、それを神父に伝えると神父はなんとも嬉しそうに僕の言葉を受け入れてくれたのだ。
「でしたら、ここから北の方にある
僕の傷が癒えた後、そこに向かうことにした。
二神の地下墓地。昔使われていたカタコンベか。今となっては捨てられた墓地と聞くが実際は違うようだ。
まあ行けばわかることだろう。
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