第12話
翌朝。
神父様ことパレクスさんに言われた薬草を探しに向かう為、朝早くに準備をして村の外へと向かう道中。
霧の立ち込める村は静寂に包まれていた。
森へは教会の逆方向の出口から出て、五百メートルほど歩くと見えてくるらしい。
パレクスさんからはリタさんに処方する為の薬草の特徴と挿絵の付いた用紙を貰った。
細い葉に小さな白い花がいくつか付いた植物らしい。偉く可愛らしい花で森の深くにある崖の下に咲いているそうだ。名前はスノーホワイトバリーというらしい。
一週間も続く風とは相当苦しいだろう。早く良くなってくれるといいのだが……。
そんなことを考えながら歩いていると、霧の奥から重い足音が聞こえてくる。
引き摺るような音に不規則な音が混じった不気味な足音。その影が霧の奥から何かを呟きながら歩いてくる。
僕は何かと思い、身を強張らせてその影が近づいてくるのを待つ。
霧の中から出てきたのは一人の老父だった。
「……暗き月に祈りを。忘れられた神の裁きを恐れよ。火の王ブリギッド、汝の夢に終わりを」
繰り返す都度にその声に咳が混じる。まるで呪詛を吐く亡霊のような老父だ。よく見るとその老父は黒く変色した銀のネックレスを首から下げている。
妖怪悪鬼の類かと思ったが、あながち間違いでもなかったらしい。
僕は深く息を吐くと老父の横をすれ違い、村の外へと向かった。
森は偉く人の手が入った場所だった。
恐らくこの辺の木をこって、木材にしているのだろう。獣道とは違った舗装された道路のような道が続いている。道幅も馬車が通れるほどの大きさであることを見るに意図的に作ったものなのだろう。
地図には載っていなかったことをみると地元民しか知らない道なのかもしれない。
森にはやはり見たこともない木々や草花が生えている。
パッと見て目についたのはリンゴのような実を付けているツタの生えた樹木だ。熟れた赤色の実は太陽光を反射するほどの艶を持っており実においしそうだ。
樹皮は罅が入った鱗状で、触ったら剥がれそうにも思える。
近づいて触れてみるとこれが意外や意外、棘の役割と果たしているようだ。樹皮から文字通り鱗のように生えており、登ろうとするものの身体を傷つける為についている。染み出す樹液は触れると少しの痺れとかぶれを起こす。これは毒だ。
実は美しいが棘に毒となかなか厳しいお方だ。
僕は持っているナイフで鱗の一部と切り取り、そこから溢れた樹液を小瓶に詰める。帰ったら毒性を調べてみよう。痺れ薬になるなら狩りに使えるかもしれない。
そこから暫く歩いていくとパレクス神父の言っていた獣道が見えてきた。この奥に進めば例の薬草がある崖の方に行けるようだ。
獣道に入ると森は少し表情を変える。
朝だというのに日の当たらぬ森の中は夜のように暗く、おのずと何かに襲われるのではないかという恐怖に身が凍り付きそうだ。
自然は魔物や魔獣の住処だ。僕はまともな武器を持っていない。あるのは解体用の大型ナイフが一本だけ。やはりバックラーくらい持っていた方が良かったかもしれない。
忍び寄る影はいつでも自分の心臓を狙っていると思え。それが父に狩りを教わった際に聞いた言葉だ。
ふと、草が大きく揺れる音が背後から聴こえた。
振り向くが音の主は既に通り過ぎ、別の草影に隠れたようだ。狐やテンのような少し大きめの獣だろうか。音は一つだったことを考えると群れではないだろう。
あたりを見渡すがそれらしき影はない。
ただ通り過ぎただけならばいいが、こちらを狙う魔物ではない保証もない。十分な警戒をして進むとしよう。
最大限の警戒心を持ちながら、心許ない武器を手に奥へと進んでいく。
確かな死の匂いが鼻につく。間違いなくこの森のどこかで何かが死んでいる。野生とはそういうものだが、やはり嗅ぎ慣れるものではない。
ふと足元を見ると何かを引き摺った後がある。土には緑色の血液が混じっている。
「ゴブリンか、これは……?」
茂みの奥に続く痕跡。ゴブリンを狩る生物がいる。つまりは大型の魔物か魔獣がいるということだ。ベアウルフ、もしかすればゴアディアのような危険性の高い魔獣の可能性もある。
森の奥を見ると木々に何やら獣が吊るされている。あれはラクシアクレーンの特徴だ。
ラクシアクレーン。濃い灰色の鶴のような鳥科の魔獣。大きな足で獲物を掴み、木に吊るして保存食にすることで有名な魔獣だ。特に目玉が好物でとらえた獲物の目玉を生きたまま嘴でつついて食べる習性がある。目の無い死体を見つけたら彼らのナワバリが違いことを意味する。
下手に刺激して襲われても厄介だ。目的地はすぐそこ、さっさと採って帰ったほうがいいだろう。
獣道を進んでいくと大きな崖が見えてきた。
木々のないぽかりと空いた空間に草花が多く生えていた花畑が広がっている。差し込まれる零れ日がそれらを照らす光景は実に幻想的だった。
早く目的のスノーホワイトバリーを取りたいところだが、その花畑にひときわ大きな生物が横たわっている。
赤黒い体毛。三メートルを超える巨体。その体からは至る所に棘が生えている。そしの生物は、体の半分ほどの大きさを持つ尻尾を抱いて気持ちよさそうに鼾をかく。
これはディノトログロフ。大型のチンパンジーに似た猿科魔獣だ。群れを成す生物で一番体格の大きいディノトログロフが群れのボスとなる。
残忍な性格で群れの他のオスや他の群れの子供を食い殺す。また、ストレスが溜まるとカーストの低いメスを裂き殺すこともある。
今はボス猿が一匹いるだけだが、おそらく群れの配下も近くにいるのだろう。
近づけば僕など一溜りもない。困ったものだ。
幸いと今は眠っているが、何かの拍子に起きないとも限らない。
ラクシアクレーンに未知の魔物、目の前にはディノトログロフ。RPGなら終盤に来るようなところだ。ゲームならそれぞれでボスの看板を貼れるだろう。
少なくとも旅に出始めたばかりの僕が来るようなところではない。
現実はゲームではない。一体にエンカウントしたからと言って他の魔物が寄ってこないなんてことはない。
強者必生、弱者必衰。それがこの世界の理であり、現実なのだ。
とにかく、今はあのディノトログロフをなんかする方法を考えよう。
とはいえディノトログロフの生態系など知る由もない。前の世界でも猿の知識など動物園で見た程度のものだ。
しばらく頭を抱えたが、解決策など思いつく筈もなかった。
いや、シンプルに考えよう。わざわざここで採る必要もない。少し離れた場所ならば気づかれることもあるまい。
隠れていた茂みから離れ、藪の中へと入っていく。
先ほどの場所から十メートルほど離れた場所に向かう。ここならば気づかれることもないだろう。
そう思い、藪から出ると、なにやら柔らかいものを踏んだ。
足元を見る。ぶよぶよとした赤い大きな蚯蚓のようなものが落ちている。
それに集中していると頭上に何やら水滴が落ちてきた。
ゆっくりと上を見上げる。
”死体と目があった”
コチラを見つめるベアウルフの虚空の瞳がその運命を物語っている。だらしなく垂れ下がった舌、もう閉じることもない開いた口が、次はお前の番だと言っているようだ。
体の内が凍り付くような感覚。口の中が一瞬で乾き、奥歯が震えだす。
―――ここはラクシアクレーンのナワバリだ。
瞬間、空中から大きな影が迫ってくる。灰色の翼を広げたそれを地面を転げることで躱すと、大きなラクシアクレーンの姿が見えた。
ラクシアクレーンは空へと飛び去ると再び姿を消した。
広い場所は危険だ。狭い木々の中に逃げ込み、姿を隠した方がいいだろう。
グォオオオオオオオオ!!!!!!
獣の雄たけびが森を震わせる。
それはディノトログロフが目を覚ました合図だった。
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