第11話

 勝手な男だ。

 リムニー村で出会った冒険者の男に渡されたブローチを見ながらそう呟いた。いや、そもそもあの男は冒険者なのかも怪しいところだ。ただの放浪者なんじゃないのか?

 しかし、あの男のおかげで道が見えたのも間違いない。

 中央を離れ、西に。

 まだ見ぬものがあるとしたら村があった東よりも西の方がいいだろう。ヴィズガとの約束もあるし、ぐるっと回って約束の日にアドリアスまで戻ってくればいい。

 北や南の方角は国境が近い分、街も少ない。東に戻ってもいいが、村にどんな顔で帰っていいかもわからないままでは実家に甘えてしまいそうだ。

 あれ以来、神の啓示はない。そもそもあれは本当に神様なのだろうか。あのテレビの向こう側にいる存在は僕に何を望んでいるというのだろう?

 それにしても、腹が減った。

 今、鞄の中に入っているのは一口ほどのパンとベーコンが一欠片程度だ。想定では二日ほど前に村に寄れると思っていたが、どうやら通り過ぎてしまったようだ。

 地図を見る限り、こちらの方にも別の村があるようなので、このまま歩いていくとしよう。


 更に歩くこと二日。

 空腹も限界に近付いてきた頃、ようやく村が見えてきた。

 少し大きめの村で、村にしては珍しく星神教の教会を持っている。

 冒険者にとって教会ほどありがたい存在はない。

 普通の村では寝るところはおろか、食事にありつけるかもわからない。しかし、教会は迷える子羊である僕らにも救いの手を差し伸べてくれる存在だ。

 特に一番信徒の多い星神教の教会は慈悲と寵愛の男神、『ブリギッド』の崇拝している為、冒険者にも宿や食事を提供してくれるありがたい教会だ。

 村に到着するとまずは宿の確保をする為に教会へと向かった。

 それが終わったら水浴びをしよう。一週間近くも野宿をしていたので、自分でもわかるほどに汗と土の匂いがする。脂で髪も固まっていて気分が悪い。

 村人は怪訝な顔でこちらを見てくる。よそ者が急に来たことを警戒しているのだろう。

 笑いかけ挨拶するが、視線を外すだけで返事が返ってくることはなかった。

 長期間滞在するわけではない。この周辺で珍しいものがないか聞いて、それを見たらこの村を出る。それが僕が決めた旅のルールだ。

 教会は少しばかり古いものの、煉瓦造り堅牢な建物だった。村が大きいからか教会も大きく思える。

 教会の扉をノックする。暫くすると扉が開いた。

 扉の奥には眼鏡を付けた白髪交じりの神父様が顔を出した。

 年齢は五十を超えたくらいだろう。目尻には小皺も多い。その目元から伺えるその優し気な人相に少しの安心感を覚える。

 そんな神父様は僕を見るなり、少しばかり驚いた表情をしている。

「おや、随分と若いお客様だ。どうしたのかね?」

 温和に語り掛ける神父様。見た目通り温和な性格の方なのだろう。

「僕は旅のものなのですが、宿と少しばかりの食事を提供してはいただけませんか? もちろんタダでとは言いません。雑用でも何でもやりますので」

 一宿一飯の恩義。屋根のある寝床と温かい食事を食べれることがどれほどありがたいことか。その恩義は仕事で返すのがヒトの在り方なのだろう。

「もちろん構いませんよ、我らが神の賜与はあらゆる生物に与えられるべきものですから」

 そう言って神父様は僕を教会の中へと迎え入れてくれた。

 まず目に入ったのは教壇とその奥にあるブリギッド神の銅像だ。天を仰ぎ、両の手を天に掲げるその姿は、ありとあらゆる生物を寵愛するブリギッド神の慈悲深さを表したもので、星神教の教会にはこの銅像が置かれている。

「まずは祈りを。生まれと出会いに感謝をし、神ブリギッドの慈悲と寵愛に祈りを捧げるのです」

 僕は神父様の言葉に従い、長椅子の一つに腰を下ろして、ブリギッド様に祈りを捧げる。星神教、ひいてはブリギッド様には旅をする上で、これからもお世話になるだろう。どうか旅の安全を見守ってほしい。

 祈りを済ませると神父様は宿となる部屋に案内してくれた。ついでに水浴びの場所や洗濯していい場所なども教えて貰い、食事の前に身支度を済ませることが出来そうだ。

 

 一通りの身支度を済ませ、教会の食堂に入ると神父様のほかに一人の女性がいた。

 細い目、三つ編みにした淡いブロンドがとても美しい女性だった。修道服を身に着けていることから恐らくシスターなのだろう。

「あらまあ、なんて可愛らしいお客様なんでしょう。さあ、お食事が用意できていますよ。どうぞお席へ」

 シスターの笑みは何処となく神父様のものに似ていた。歳からするに娘なのだろうか?

 よく見ると彼女は少し顔に頬が紅潮していた。

「体調、悪いんですか?」

 隠しているようだが肩で息をしているところを見るに風邪の類だろう。

 立っているだけでもやっとなのではないだろうか。

「だから言ったでしょう、リタ。お前は奥で休んでいなさい」

「……見た目ほど悪くはないのですが、わかりました」

 リタと呼ばれた少女。彼女は神父様に叱咤を受けると素直に奥の扉の方へと向かっていった。

「いやはや、すみません。最近、娘が病に罹ってしまったのです。当人は平気というのですが幾分長引いておりまして」

 聞くに、病はここ一週間ほど前に罹り始めたそうだ。症状としては少しの倦怠感と微熱が続くくらいのものらしい。

 なまじ動けてしまう為か、リタさんは隙を見て教会の掃除などを行っている様子だ。神父様としては早く治してもらいたいという気持ちだろう。

「そうだ、よければ薬草を取りに行ってはいただけませんか? 少し森に入るのですが、この辺にはそれほど狂暴な魔物は出ませんので」

 神父様は少しばかり深刻そうに話を進める。

 僕が二つ返事で了承すると神父様は安堵した表情で喜んでくれた。

 じゃあさっそく、明日には森に入るとしよう。

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