第8話
中央に戻ってきて、宿で荷物の整理をしながらふとあることに気が付いた。
「旅をする理由がない……」
きっかけはヴィズガとの会話だった。
冒険者になった理由が理由だけに、僕は何の気なしに旅をすることになった。
当然、冒険者の中には金やダンジョンの財宝目的というものもいなくはないが、それにしたってちゃんとした目的であることに違いはない。
一方、僕はと言えば啓示を受けるがままに冒険者となり、そのまま
で、極めつけはヴィズガの言葉だった。
『てっきり冒険者ってもっと夢追い人みたいなイメージだったよ』
その言葉に焦りを覚えなかったと言えば嘘になる。
生まれてしばらくは元居た世界に帰りたいという思いもあったが、仕事に追われ休日も寝て過ごす日々だった僕にとって、今いる世界の方が居心地がいいのは間違いない。
なにより、元の世界に戻ったところで向こうの僕は既に死んでいるのだから、帰れたところで幽霊か輪廻転生また来世だ。二分の一で幽霊になるくらいなら、こちらで生を謳歌した方が有意義だろう。
そして何より、向こうでは平々凡々の有象無象だった僕がこちらでは天才児扱いなのだ。
文字が読め、数学を知り、物理などの知識を持った人材がどれほど貴重な人材であるかなど実家にいた時から痛感した。
実際、親や周りの家からは持て囃され、将来は中央の経理官か魔法省の幹部は間違いなしと言われていたほどだ。
恐るべし現代教育。恐るべし現代日本。
話が逸れたが要するに僕には旅の目的というものがないのだ。
よって、依頼を受けて日銭を稼ぐだけの日々を送るだけの人材と成り下がっている。
しかしながら、興味の惹かれる事象というのも少ない。
生前、僕は何が好きだったろうか。思えば子供の頃は何にでも興味を持っていたが、なまじ生前の記憶があるせいか好奇心というものに欠如がみられる。
腕を組み、唸り声をあげる。
暫く考えたが何も思いつかず、僕は諦めて止まっていた手を動かすこととした。夢なんてものは考えて作るものでもないだろう。
片づけを終えると、買い出しも兼ねて市場に行くことにした。ご飯は宿屋でも出るが、軽食はあって困るものでもない。
市場には大勢の人たちが行きかっている。パンや果物、野菜に日用品が屋台のような形式が販売されているここは、この都市の人々の生活を支える為に先の見えない程の長い道路に開かれている市場だ。魚や肉は個別の店舗があるのでそちらに行く必要があるが、それも市場の入り口にそれぞれあるため、あまり困ることはない。流石に中央都市と言われるだけあって、周りの農村からも様々な品が集まっている。
僕があれやこれやと見ていると珍しいものが目に入った。
「ゴブリンの肉……?」
そこは小さな肉屋だった。
目に留まったゴブリンの肉と書かれた札の上には緑色の粘り気のある液体を纏った肉が陳列されいる。
そのほかにもスライムの天日干しにグレイサラマンダーの肉など、ゲテモノのようなものが並んでいる。
「お、ボクお使いかな? 今日のゴブリンは新鮮だよ!」
肉屋の店主が話しかけてきた。
僕は愛想笑いをすると訝し気な目で陳列された品々を見る。すると子連れの客が現れ、
「ゴブリン肉ください」
と、母親が当たり前の顔をして注文していった。
子供の方も大喜びしているのを見るに、この世界ではゴブリン肉は割と浸透した食材のようだ。
僕は興味本位にゴブリン肉を注文してみる。
筋繊維のしっかりした見た目は豚や鳥を思わせる。
それを持ち帰り、宿屋の厨房を借りて調理してみることにした。女将さんに調理法を聞くが普通に焼けばいいとのことでシンプルにソテーすることに。味付けは塩コショウでいいだろう。
そういえば中世では胡椒も貴重品だったはずだが、この世界では一般家庭でも手に入るものらしい。なんでもリトスミテラの鉱山で採れる石に近いものがあるらしく、古くからそれを利用しているらしい。
文化レベルは中世だが、独自文化が進んだ世界では通じない常識もあるようだ。
十分に熱したフライパンにバターを溶かし、ぶつ切りにしたゴブリン肉を入れていく。粘り気のあるこの液体も洗おうとしたが、女将さんに洗わなくてもいいと言われ、そのまま入れてみることにした。
少し赤みが残るくらいに火が通ったら赤ワインを回しかける。女将さんには嫌な顔をされたが、強行した。胡椒を挽いて、塩を一つまみ入れ、しっかりと焼き上げて完成だ。
出来上がった見た目に少し見覚えがある。いや、恐らく実家で食べたことがあるのだろう。何の肉かなどあまり気にしたことがなかったが、この見た目は間違いなく記憶にある。
早速、一口食べてみた。
筋のしっかりした肉質は鶏もも肉のような触感で、味は淡泊ながらも少し甘めの脂を感じられる。弾力が強い分、噛み応えもあり、満足感が強い肉だ。調理方法によっていろいろな食べ方ができるだろう。
雑食の所為だろうか、多少獣臭がするので、次に買ってきた時は酒に漬け置きしておいた方がいいだろう。
女将さんにも少し食べて貰ったが、赤ワインの香りと普段よりも柔らかくなった肉にサムズアップを貰った。
まだ、ゴブリンを見たことはないが、初邂逅が食肉になるとは何とも言い難い。
狂暴な魔物たち。それすらも食べて生き残ってきた先駆者たちに感謝の意を込めて、僕はゴブリン肉を平らげた。
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