第7話
仕事終わり。僕は痛む体を引き摺りながら、ヴィズガに連れられて、彼女たちの住む宿舎へと向かった。
山に近い所にあり、温泉の隣に建てられたその宿舎は、仕事終わりに温泉に入りたいという親方の思いでこの場所に建てられたようだ。
宿舎は晩飯前ということもあり、だいぶ賑やかだった。二十人以上いる男たちが、大広間でワイワイと騒ぎながら準備している。
彼らは皆、この町の出身だそうで、研究チームといえど力仕事が中心故にその体は筋肉の鎧を着た人ばかりだ。元より体格のいいドワーフや獣人種も混じっているが、彼らの体格が普通に思えるくらいには体格がいい。
その中でも一際目立つ大柄な男性がこのチームの親方、アルクダ・パテラその人だ。白く短い髪に、濃い無精ひげが特徴的な正に男の中の男のような人で、次に大きい人と比べても倍ほど体格が違う。
腕だけでも僕の胴くらいの太さがある。
「皆、依頼を受けてくれる冒険者見つけてきたよ!」
ヴィズガの声に皆がこちらを見る。
どんな奴が来たのかとこちらに寄ってくる男たちに少しばかり恐怖を覚えた。
「おいおい、どんな奴かと思えばまだ子供じゃあねえか」
細長い顔の男が盛大に笑いながら僕の頭を無造作に撫でる。
まあ、力仕事中心の依頼にこんな子供が来たとしたら、歓迎されないことは誰にでもわかることだろう。
「大丈夫だよ。彼、結構筋良かったから。バルトタイトの採掘もノルマ以上にやってくれたし」
ヴィズガの言葉に男は僕の頭の上から手を退けて踵を返した。
その男と入れ替わるように親方が僕の方へと歩いてくる。
「俺はここのボスを務めてる、アルクダってモンだ。どんな奴だろうと仕事をしてくれりゃあ文句はねえよ、まあヴィズガの面に泥塗る真似だけはするんじゃねえぞ、坊主」
豪快な男だ。これだけの人数を纏めているだけのこともあり、カリスマ性もあるのだろう。
「ウィリアム・スプリングフィールドです。最近、冒険者になったばかりですが、よろしくお願いします!」
僕はできるだけ腹から終えを深々と頭を下げる。
場違いだったのだろうか、先ほどまで盛大に騒いでいた男たちが一気に静かになった。
何やらヒソヒソと話し始めた。やはり冒険者という存在は疎まれるような存在なのだろう。
顔を上げると親方は目頭を押さえている。
「おめえも大変なんだな。まあ、一緒に働いているうちはウチで面倒見てやるからゆっくりしな」
何かよくわからないが、とりあえず受け入れて貰えたようだ。
二日後の朝。
夏だというのに朝の山はえらく寒かった。
山から吹き下ろしてくる風が冷たい所為なのだろう。
筋肉痛で痛む体に鞭を撃ちながら起き上がり眠い瞼を擦る。人間よりも早起きな動物たちの泣き声が牧場の方から聴こえてくる。
近くの井戸から引き揚げた水で顔を洗い、寝ぐせの付いた髪を整える。
東の空を見上げると青い空に赤い光が滲み出していた。それがすごく綺麗で、心が洗われるような清々しさを覚える。
今日はヴィズガの依頼の最終日。三日働いて稼ぎは金貨一枚を超えた。貯蓄に少し回しても来月までは生活に困らないだろう。
新しい鉱物資源の研究を行っているということもあり、ヴィズガの研究チームは金払いが良い。聞けば国の研究機関の中でも注目株で、国王軍からの直接融資もあるらしい。
リトスミテラという都市自体が工業都市としての側面を持つことも起因しているのだろう。
魔導騎兵部隊と呼ばれる魔法の使える兵士を採用した部隊の新規設立に伴い、魔法を利用した兵器開発も進んでいるようで、魔力を効率的に扱った兵器はこれからの主戦力となる予定のようだ。
物騒な話ではあるが、魔王軍と人類連合軍の戦いは既に始まっているようなものだ。
魔王との連合軍代表の対談は既に何度も行われているが、和解への進展はないに等しい。
十年ほど前、魔族自治権領の代表として、魔王の掲げた優勢生物白書は人類には到底受け入れがたいものだ。
簡単に言えば”人類種は魔族によって管理されるべし”、というもの。
人類と同じ姿、言語を扱う彼らと人類の一番の違いは魔法というものに対する価値観だ。
魔族にとって魔法はあって当たり前のもの。魔獣や魔物ですら魔法を扱うものは多く。亜人種を含めた人類には魔法が扱えるものはそれほど多くない。
よって、優勢生物である彼らが人類種を”保護”しようというのが、魔王の理屈である。弱い生物は強い生物の庇護下に置かれるべしという言い方をすれば聞こえはいいが、その実態は魔王による世界征服と相違ない。
故に人類は来る戦争の為に蓄えを用意している段階なのだ。
食料、人材、兵器、ありとあらゆるものを準備する。数で圧倒しているとはいえ有象無象の人類種ができることと言えばそれくらいだ。
「いつも早いね、君は」
ヴィズガが眠り瞼を擦り、欠伸をしながら宿舎から出てきた。
「おはよう、ヴィズガ。今日は早いね」
服の所為もあり、少しふくよかにも思えていたが彼女は筋肉質だった。
スポーツブラのような上着の所為であちこち出ているが、そこから見えるのはほとんどが筋肉で無駄な脂肪はほとんど付いていない。
やはり鉱山での作業をする以上、それなりに筋肉が付くのだろう。
「聞いてくれよ、ウィリアム。ジェームズのやつ昨日酔った勢いで私の布団に入り込んできたんだ、あんまりにもしつこいから顔に蹴り入れてやったよ」
ジェームズ……。ああ、あのポンパドールヘアーの人か、顔の割りに積極的なんだな
「あの人、ヴィズガに惚れてるんだよ。いいじゃんか、ヘヤースタイルはあれだけどいい人だよ?」
「ヤなこった、ボクは親方みたいなおっきい男にしか興味ないっての」
苦虫を噛み潰したような顔でそう言うヴィズガ。ジェームズさんが聞いたら悲しむだろうな。
僕はヴィズガに別れを告げると宿舎へと戻る。
まだまだ朝も明けて間もない時間。
明日にはここを発つ。朝食の前に準備でもして待つとしよう。
日が暮れ始めた頃。
仕事も終わり温泉で汗を流す。親方たち男衆と一緒に背中を流し合い、賑やかな時間が流れていく。
みんなで温泉に浸かると六畳ほどの広さのある湯船も狭く感じられた。
僕の正面には親方が心地よさそうに鎮座している。
親方は体もそうだが腕も大木の根のように太く、体毛が濃いこともあり、正に熊のような男という言葉が似つかわしい。
「ジェームズ、その顔どうした?」
親方が僕の隣に座っているジェームズさんの顔に付いた痣について聞く。
本人は酒の所為か、まるで覚えていないようなので説明すると、親方たちは大口を開けて笑った。
「そらおめえが悪い、惚れた女を酒の勢いで口説こうなんざ、軟派モンのすることよ」
「良く言いますよ。親方、結婚のプロポーズの時、酒の勢いだったんでしょ?」
親方の隣で細柄のサボさんが揶揄うように小腹を肘で突いた。
「おめえ、それ誰から聞いた!?」
「奥さんからに決まってるじゃないですか。体は大きいのに器は小さいっていつも言ってましたぜ?」
恥ずかしいのか照れ隠しにサボさんにチョークスリーパーを決めるとサボさんは親方の腕を叩き、早々にギブアップを宣言した。
「なぁ、ウィリアム。やっぱヴィズガは怒ってたか?」
「うん、割と怒ってたかも……」
誤魔化しても仕方がないので、ヴィズガの正直な反応を彼に伝える。
ジェームズさんはこのチームの中ではかなり若く、ヴィズガと同じ十代後半なのだそうだ。
髪型はだいぶ攻めているが顔は整っている方である。優し気なお兄さんで、少々頼り難いが困っている人は積極的に助ける視野の広い人だ。
「そうか。今日も機嫌悪かったもんなあ、どうしたもんかなあ~」
だいぶショックだったのか項垂れているジェームズさん。なんと声を掛けたらいいかわからないが何を言っても慰めにはならないだろう。
「とりあえず謝ってみたら? 時間が解決してくれるかもしれないけど、謝ったかどうかは大事なんじゃない?」
我ながら無難なことを言ったと思う。
ヴィズガとジェームズさんがどうなるか、気にならないと言えば嘘になるが、その行方を知るのは、またここに来た時になるだろう。
風呂から上がり、皆と最後の晩餐を楽しんだ。
たった四日という短い期間だったが、楽しい日々を送ることができた。
夜風に当たるため、ベランダに出る。
しばらく、ゆっくりとしているとヴィズガもベランダに出てきた。
「早いものだな、君ともお別れか」
ヴィズガは少しばかり寂しげな顔をしている。
思えば彼女が話しかけてくれなければ、この仕事にありつけることもなかった。
「そんな顔しないでよ、別に根性の別れってわけじゃないだろ?」
僕がそう言うと彼女は静かに笑った。
「それもそうだね。そうだ、再来月また来てよ、君に剣を作ろうって親方と話したんだ」
「え、悪いけどお金ないよ?」
「気にしないでよ、丁度ウチでも
杖剣は刀身に宝石や魔術刻印を刻んだ合金を利用することで杖代わりにもなる剣のことだ。
魔法を使う触媒としては杖の方が魔法の性質がいいが、剣での戦闘や
それを作ってくれるというのならありがたい話だ。
「そっか、じゃあお言葉に甘えようかな」
仕事も貰えて、武器まで作ってもらって、この恩に報いるだけのものを僕は持っていない。
いつしかそれを用意できるだけの存在になって親方たちにお礼がしたい。
そのためにもせめて一人で旅ができるくらいには強くなろう。
「そういえば、ウィリアムってなんで冒険者になったの?」
冒険者になった理由か。
まあ、ここは昔話でも交えながら少し話をするとしよう。
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