第6話

 アドリアス鉱山の麓近くにある『リトスミテラ』という街までやってきた。

 鉱山近くということもあり、油と硫黄の匂いがするその街では、工業製品と温泉が有名であり、観光客も多く来る鉱山都市だ。

 中央都市に比べれば確かに小さい街ではあるが、それでも大勢の人が住む大都市であることは間違いない。

 ここには冒険者ギルドの支部は勿論、中央都市にはない蒸気機関の研究施設などもあり、鉱山で採れた鉱石を加工する加工場、鍛冶師ギルドの本部もある。

 しかし、アドリアス鉱山自体は魔獣も多く存在しており活火山でもあるため、非常に危険の多い場所でもある。

 ひとまず、冒険者ギルドの支部に行き、採掘の許可証を購入しよう。


 冒険者ギルドは本部以上に人で溢れている。どうやら先日の噂を嗅ぎつけた冒険者たちが鉱石の採掘に乗り出したようだ。ここまで多いと、比較的確保のしやすい鉄鉱や銅は安値で買い叩かれることになるだろう。

 ここまで来るのに銀貨三枚は掛かっている。帰りも含めれば銀貨六枚だ。宿代なども考えるとどれだけ採れば元が取れるのかと頭が痛くなる。

 採掘場の方は鉱山関係者の採掘チーム以外が立ち入ることのできない以上、僕のような冒険者たちは旧坑道などのドワーフたちが残したものところで作業することになる。

 そこには当然、魔物や魔獣が住み着いており、さらには採掘現場の環境も劣悪。

 この人数での立ち入りともなれば、魔物の方は問題ないが採掘の方に苦労することだろう。

 考えていても金が入ることはない。ここは行動あるのみだ。


 夜。

 その日の収穫は、ほぼゼロといって差し支えないものだった。

 目的の品はほぼ他の冒険者たちが取り尽くした後で、残っているものをかき集める様に採掘したが実りのある稼ぎとは程遠い。

 ギルドに持って行ったが買値はやはり下がっているようで銀貨十枚ほどにしかならなかった。

 夜飯代と宿屋に払った分、移動費も入れればトントン……いや、一日で見れば足が出る。

 美味い話には裏があるか期限がある。僕は既に乗り遅れたのだろう。

 流石にこのまま帰るわけにもいかず、その日はリトスミテラに宿を取った。

「はぁ~、依頼でもあればなぁ~」

 この街の冒険者ギルドにも初心者向けの依頼はなかった。

 もう少し小さい街に移動するべきだろうか。しかし、移動するのもただではない。馬車を使わずとも食費や消耗品にも金がかかる。

 それを考えればない依頼を探すよりも今できることをする方がいいのは間違いないだろう。


 翌朝。

 今日も今日とて鉱山へと来た僕は少しでも稼ぎを増やすために、人の手があまり及んでいない場所まで登ることにした。

 麓から三合目付近までの整備されたエリアから一転、岩肌の出た歩きにくい山道が広がっている。

 硫黄の匂いも濃さを増し、ついには木々の生えぬ不毛の地へと足を踏み入れた。

 四合目はまだ先とはいえ、この付近からはロックサラマンドラやゴブリンなどの狂暴性の高い魔物が出てくる。常に警戒心を高めて歩かねば命にも係わる。

 山道を進んでいくと、岩間に洞穴を見つけることができた。恐らくドワーフの旧鉱山のうちの一つだろう。入口を補強されているのがその証拠だ。

 洞穴の入り口に立つ。

 中は暗がりが広がるばかりで、明かりなしでは進むことはできないだろう。ところどころ岩肌が突出しており、気を付けて進まねば破傷風などにかかる恐れがある。

 問題は魔物が根城にしていないかどうかだ。

 試しに石を一つ手に取り、少し遠くに投げてみる。カラカラと転がる石の音が返ってくるだけで、他の音が聞こえてくる様子はない。

 大丈夫……だろうか?

 恐る恐る一歩目を踏み入れようとした瞬間、誰かに肩を強く捕まれた。

 悲鳴を上げそうになった僕の口を、その人物の手が抑えたことで僕は余計パニックを起こしそうになった。

「しー、こんなところで大声出したら魔物たちが寄ってくるよ!?」

 優し気な女性の声に僕は驚く。

 声の主の顔を確認すべく振り向くと、そこには大き目のゴーグルを額に当てた女の子が立っていた。

 見た目は十代後半といったところか。白髪に赤い瞳、少しばかりふくよかな丸顔には活発な雰囲気を感じられる。

 手には革グローブ。腰横にはランタンや採掘道具を仕舞ったポーチが付け、登山用のスパイクの付いたブーツを履いている彼女は僕が落ち着いたのを確認すると手を放してくれた。

「君、素人だろ? ここはやめておいた方がいい、ゴブリンの巣穴だ。おおよそ下の方じゃ稼ぎが少ないから登ってきたようだけど、すぐに帰った方が君の為だ」

 図星を突かれ、少しばかり動揺した。

「なんでわかるのさ、石を投げても反応はなかったよ?」

 僕の言葉に少女は呆れ顔を浮かべたかと思うと深い溜息を吐いた。

「あのね、石を投げた程度でアイツ等が反応すると思ったら大間違い。アイツ等は狡猾で音を聞き分けてる。侵入者が来たら岩陰に身を隠して奇襲の用意をするんだ、これくらい常識だよ?」

 魔獣と違い、魔物には知性があるとは聞いていたが、そこまで高い知能を持ち合わせているとは思っていなかった。

 ゴブリンといえば、ゲームで言えば雑魚的の代表格のような存在と思っていたが、なるほど集団で狩りをする生物がそれほど愚鈍であるはずもない。

「すまない、ありがとう。助かったよ」

「わかったなら結構! ボクはヴィズガ。ヴィズガ・ブラックスミス、よろしく!」

 ヴィズガはそういうとグローブを外し、握手を求めてきた。

 彼女の手を握り、僕も自己紹介をする。

「僕はウィリアム・スプリングフィールド。助けてくれてありがとう」

「ウィリアムだね。せっかくだ、穴場の採掘場に案内するよ」

 ヴィズガはそう言うと僕の手を引いて歩き始めた。


 山の側面を歩くように一時間ほど進むとあまり手の入っていない洞穴が見えてきた。ヴィズガが言うにはこの洞穴には、あまり誰も来ないらしい。

 広さはそれほどあるわけでもないが、二人で採掘するにはちょうどいい大きさだろう。が、一つ気になる点があった。

「これ、鉄鉱石じゃないよね?」

「この山で手に入る鉄鉱石はあんまり質よくないからね、欲しいなら町外れの露天掘り採掘場に行った方がいいよ。稼ぎたいなら今はこれだよ」

 そう言って彼女はポーチから一つ原石を取り出した。

 それは黒光りする銀色をしており、見た目は凹凸の激しい石で、割れたところからは濃い青色の結晶が見えている。

「これは?」

「これはバルトタイト。金属鉱石の一つでね、この山で採れる別の鉱石と組み合わせると鉄鋼よりも強度の高い金属になるんだ。ウチのチームが最近見つけた鉱石でね、今度、中央に行って論文を出す予定なんだ」

 ヴィズガはその後もバルトタイトがいかに優れているかを僕に教えてくれた。

 バルトタイトは強靭さはかなり強いらしく、試作品は剣は勇者パーティの装備にも使われているらしい。

 ただし鉱石単体での加工は難しいため、基本は合金として利用するようだ。

「いいのか、そんな鉱石採らせてもらって?」

「良いも何も、買い取るのはボクのチームだからね、まぁ簡単に言えば依頼扱いかな?」

 僕はそこで目を丸くした。

 要するにヴィズガはここの採掘を手伝わせる気で僕を連れてきたということだ。

 まあ、確かに依頼を探してはいたが、こんな形で初の依頼をこなすことになるとは思わなかった。

 彼女は鉱石をポーチにしまうと、何かを思い出したかのように背中に背負った鞄から羊皮紙を取り出した。

「これ、契約書ね。報酬は一日当たり銀貨三十枚支払おう。納品数はそこの荷台に積める分でいいよ。ギルドには……」

 ヴィズガはあれやこれやと条件を言うとサインを求めてきた。

 条件は悪くない。いや、それどころかかなり良条件の依頼だ。当然、その依頼を受けることにした。

「契約完了。じゃあ暫くよろしくね、ウィリアム!」

 次の日、僕は筋肉痛になった。

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