第4話

 数日後、バイコーンの住む丘に足を運んだ。

 背丈の高い草が生い茂るその場所で、依頼を受けてすぐに僕は罠をいくつか用意した。罠は簡単なものだが、効果はある。

 草原の草を、生えたまま何本か束ねてくくり罠を作っておく。当然これだけでは逃げられるので、その地点に踏板と麻痺蛙パラライズフロッグの毒袋を置いておく。

 麻痺蛙は危険を感じると辺りに神経系の麻痺毒をばら撒く。踏板を踏むと小さい針でその毒袋を破裂させ、辺りに麻痺毒が飛び散るという算段だ。

 これならば暴れているうちに毒を吸い込んだバイコーンを捕獲することができる。

 今回、必要なのは角のみだ。無駄な殺生は避けるべきだろう。

 

 罠の場所に辿り着いた僕はすぐさま異変に気が付いた。

 まず最初に感じたのは強い腐敗臭。そして、宙を舞う大量の蝿だ。

 まさかと思い、近づくとそこにはバイコーンの亡骸があった。内臓を食われており、そこからには蛆や大量の虫たちが蠢いている。残っているのは頭と胴のみで脚も全てない

 解毒に数日かかる神経毒。そんなものを吸い込んだ野生動物がどうなるかなど少し考えればわかることだ。わなを仕掛けている時に、この結果が頭をよぎらなかったかと言えば嘘になる。

 恐らく倒れているところを野生の肉食魔獣に襲われたのだろう。内臓がないのがその証拠だ。

 脚はゴブリンやコボルトのような多少知恵のある魔物に持っていかれたようだ。彼らは死んで間もない動物の足を持っていく習性がある。胴を持って行かないのは、重い上に腐敗が進みやすいためだ。

 致し方ない。頭部を切り離して持っていくことにしよう。そのためには、まずは虫たちを追い払う必要がある。

 グウェンさんから貰った虫除け用の脂をこんな形で使うことになろうとは……。


 燻して虫のいなくなったバイコーンの頭部を少し離れた場所で分解した。

 そのうちに日が落ちてきたが、どのみち村には夜が更けてから戻る予定だったため気にせず作業に没頭した。

 バイコーンの角はえらく硬い上に、長さも一尺(三十センチ前後)ほどあるため、鞄にぎりぎり入るかどうかというものだ。

 残った頭部は土に埋め、供養も兼ねて墓にした。

 安易な考えで命を奪ってしまったことに罪悪感を覚える。墓に手を合わせてそのことを深く反省した。

 命を奪うならば、きちんとその手で奪う。なりゆきで命を奪うのは恥だ。村で狩猟を習った際に教わったことを改めて実感する。

 次からはちゃんと仕留めよう。中途半端な覚悟で命に触れれば、今回のようなことまた起きるだけだ。


 こうして、僕はバイコーンの角を無事、手に入れることができ村へと戻った。


 翌朝、事件は起こった。

 僕が泊まっていた宿の様子を見ていたら衛兵がうろついている。街を巡回しているのだから衛兵がいることは不思議ではないが、それにしても一か所で待機しているのは怪しい。誰かが出てくるのを待っていますと公言しているようなものだ。

 ……もしやあの店主、僕を売ったのか?

 恐らくそうだろう。昨日、僕が村の外に出たのを見てバイコーンの角を取りに行ったと告げ口をしたのだ。

 念の為に少し離れた路地裏で夜を過ごしたのが正解だった。が、これでは偽造の通行証を作れなくなった。

 それに証拠品のバイコーンの角は今も僕の鞄の中にある。

 万が一、衛兵に見つかり鞄を調べられたら牢屋行きは免れないだろう。

 村を出るか? いや、恐らく今は厳戒態勢だ。出口は全て見張られているだろう。昨日入ってきた裏口もバレている可能性が高いこの状況では、逃げる方法も必然的に限られる。

 バイコーンの角を捨てるか? 人相書きが出回っている可能性はないが、旅人の子供という情報だけで十分に僕のことは警戒されるだろう。フェリオールの通行証を見られたらアウトだ。

 もう裏の人間には頼れない。彼らは僕が追われていることを知れば、喜んで衛兵に差し出すだろう。

 

「こんなところで何をしている?」

 ―――何者かが、僕の肩を掴んだ。

 瞬間、冷や汗が溢れ出す。


 恐る恐る振り返ると、そこにはグウェンさんとユエラさんがいた。

 僕は深く息を吐き出し、尻もちを着いた。

「おいおい、大丈夫かい?」

 ユエラさんが僕の肩を支えながら、立ち上がらせてくれた。

 既に村を出たものと思っていたのだが、何故ここにいるのだろう。

「みんなで話し合ってね、君の用事が済むまで待つことにしたんだ。宿に行ってもいないのから、もう行ってしまったかと思ったけどいてくれてよかったよ」

 優しい口調でそう言うと、僕の服に付いた泥を払ってくれた。

「ありがとうユエラさん、でも、実は今、衛兵に追われていて……」

 僕はことのあらましを二人に話す。無論、偽装通行証のことは伏せて、冒険者としての依頼として話した。

「君、安易に人を信用するものじゃないぞ。運よくこうして捕まっていないが、万が一捕まっていたらどうするつもりだったんだ?」

 グウェンさんは腰を落として僕の肩を掴み、目線を合わせて叱った。

 グウェンさんの言う通りだ。安易に人を信頼し、調子に乗って裏社会に関わろうとした結果がこれだ。時間のかかる違法な依頼を受け、それをネタに通報される。こんなよくある手口で騙されて冒険者が務まるはずもない。

「とりあえず、バイコーンの角は俺たちが預かる。まだ積み荷もあるし、フェリオールの許可証があれば取引もできるだろう」

 グウェンさんたちがいい人でよかった。

 今回、僕が助かったのは偏に運が良かったからでしかない。今後は身の振り方も考えて、身の丈に合ったことをすることにしよう。

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