5月:金探し
今日の有馬温泉は、想像より人が少なかった。平日に気軽な休みを作れる大学生の特権を存分に利用した。もう一年もしないうちに特権が失効すると思うと、少し寂しい。
「金の湯、楽しみですね。濁ったお風呂は特別感があっていいものです」
有馬川に沿った道を志村と並んで歩く。今から温泉に入るからか、志村はジーンズにTシャツというラフな格好に、ポニーテールを揺らしていた。
「濁ってるのか。金箔でも浮いてるのかと」
「それも夢があっていいですけどねー。実際は金じゃなく黄土色だそうです」
「そいつは残念だ。じゃあ純金の建物か、浴槽か……」
「あ、酒屋さんがあります。あとで買って帰りましょうよ」
「金箔入りの地酒とか」
「……先輩、考え方が少しずつ私に染まってきていますよね」
「失礼な。考え方もそうだが、俺の「夏休み」計画は志村に邪魔させないからな」
大学生活は人生の夏休みだ。遊んでばかりいると、休みの最後には白紙の宿題を前に、遊んでばかりいた自分を恨めしく思うことになる。
そうならないよう計画的に、すべきことをした。
成績を維持し続けた。フットサルサークルに入って、サークル長を務めた。アルバイトに励んで、使いもしない金を貯めた。
夏休みを正しく終えるために、普通の人生を送るために、そうするのが当然だ。
そんな俺が、楽しさ至上主義の志村に染まっているだって?
「さて先輩。あれが金の湯ですよ」
見えたのは金の湯の暖簾がかかった、少し丸みを帯びた建物。建物も豪勢じゃないとなれば、望み薄な最後の希望は浴槽に託される。入口の横で小さな男の子が泣いていて、父親が「また明日来てみようね?」となだめていた。金の湯に金がないなんて、子供からすれば夢を壊されるようなものだろう。気持ちはわかるぞ、少年。
「先輩の「夏休み」の話は後でです」
「終わりでいいよ」
「よくないです!先輩の勘違いはそろそろ正さねばなりません」
チケットを買った志村が、端正な顔をずいっと近づけてきた。珍しく目に熱がこもっているようだ。
「勘違い?」
「そうです。先輩の「夏休み」について。お風呂に浸かってゆっくりと考えてみてください。正解は温泉のあと、です」
そう言うと、志村はさっさと女湯に入ってしまった。俺はもやもやを抱えながら男湯に入るしかなくなった。
金を探す淡い期待は、浴室に入った瞬間に簡単に裏切られた。ちょっと楽しみにしていたんだが。残念に思いながら、普通の大衆浴場のような浴槽に張られた特別な湯に足先をつけてみる。そのままゆっくりと全身つかる。近くのお湯を手でかき混ぜながら、残されたもやもやを咀嚼する。
あいつはどうして俺に構うのだろうか。志村は俺に構うことになぜだか喜びを感じている節がある。すべきことでもなかろうに、楽しいだけでこんなことを?思い返せば今年は毎月志村とどこかへ出かけているような……。連れ回される俺は計画変更を余儀なくされるのでたまらない。それならば誘いを断ればいいのだが、食い下がられるほうが面倒だとわかっているから仕方がなかった。だから諦めてバイトのシフトをずらす。他にも…………あれ?就職先が決まったからこの時期に呑気に旅行なんぞしている訳で。卒論もあとは書くだけ。発表してしまえばあとは無事卒業するだけになる。バイトだってそろそろ辞め時を見つけるタイミングだろう。……あれ?志村を拒否する理由はもう無いのでは?
夏休みの勘違いってこれかよ。
お湯をかき混ぜる手に硬質の何かが当たった。お湯の中に砂金でもあったかな。
「せんぱーい、お待たせです。何してるんですか?砂金でもありましたか?」
上がってきた志村が、フロントのお姉さんと話している俺を見つけて寄ってきた。思考が染まってきたことを感じずにはいられなかった。
「金はあったよ」
「まじですか」
湯船で拾ったそれを、志村に見せる。チャリッと音を立ててぶら下がるそれは、剣に竜が巻き付いた金色のキーホルダーだった。
「子供心の具現化ですね」
「助かるよぉ。あの子、明日も来てくれるみたいだから、返してあげられるわね」
入り口で泣いていたあの男の子の落とし物だろうか。お風呂にまで持ち込むとは、相当のお気に入りらしい。フロントさんに剣を預け、金の湯を後にした。
「そうだ志村。勘違いのことなんだけど」
「聞きましょう」
「わかったよ。俺の夏休みの宿題はもう終わってたんだな」
「……いえ、まだです。先輩がしなければならない大事なことはあと一つあります」
「え?」
「――もちろん、めいっぱい遊ぶことです。そういう意味では、金の湯での金探しを楽しんでるみたいでよかったです」
「
「金の湯で拾った金の
値千金だな。
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