Day27 決意(お題:渡し守)

 翌朝もサミーから連絡はなかった。忙しい中、無断で休まれるのは困ったものだと、課内では一瞬だけ話題になっていた。ただ、ビニールプールの件があるため、それ以上言われることはなかった。

 私は課長にサミーの件に関して心当たりがあると進言し、なんとか都合をつけて、グレンさんと共に隣町へと向かっていた。その町は大きな川を越えた先にあった。

「すみません、グレンさんにも付き合ってもらってしまい」

「別に構わない。俺もサミーが行った場所は気になる」

 足早に移動し、川のほとりで渡し守と小舟を見つけた。私たちは渡し守にお金を払って、舟に乗り込む。そして川向こうへとゆっくり移動し始めた。渡し守が大きな竿を動かしながら、対岸へと向かう。

 魔法道具を使った船もあるが、あまり使用しすぎると、川の中にいる生物などに悪い影響を与えてしまうため、極力手漕ぎの舟で移動するように、お達しが出されている川だった。


 穏やかな時間が流れる。私は川をぼんやり眺めているグレンさんの横顔を眺めた。視線に気がついた先輩は、目を瞬かせながら、顔を向ける。

「どうした、俺の顔に何かついているか?」

「いえ、その……」

 質問したいことがあった。薄々わかっていた推測を、確証に返るために。

 しかしそれを聞いたら、私たちの関係が崩れてしまうのではないかと、漠然とした恐れがあった。

「何か聞きたいことがあるのか?」

 いや、壊れる関係などあるだろうか。先輩後輩以上の間柄ではない。たとえ壊れても、少し気まずくなるだけ。ここでスッキリした方がいいのではないだろうか。

 ごくりと唾を飲み込んでから、切り出す。

「……一つ、聞いてもいいですか、私的なことですが」

「別に構わない」

「グレンさん、十年前にコルラート町に魔道管局の職員として、来ましたよね? 魔法道具によって、雨が降り止まなくなった町に」

 グレンさんは目を見開いた。私はその表情を見て、確信に変えた。

「やっぱりそうでしたか。私とも話をしましたよね。……って、ただの町人のことなんて、覚えていないですよね」

「いや……、覚えている。傘を渡した女の子だよな」

 まさかグレンさんも覚えていたとは。私は心なしか嬉しくなった。

「はい、そうです。あのときは傘、ありがとうございました」

「いや、俺は傘を渡しただけで、魔法道具に関しては何もしていない。俺が行っても、意味はなかった。俺も多少は魔法が使えるから、役立つかもしれないと思って行ったが、まったく道具が制御できなかった」

 それほど、あのときの魔法道具は狂っていた。

 私から見ても凄腕だとわかる魔法使いによって、どうにか止められたのだ。並の魔法使いがどうこうできる問題ではない。


 たしかに、グレンさんは魔法道具に対して、何も対処はできなかった。

 だが、私にとっては――あの時の背中は、一筋の光のようにも見えた。

 私はぎゅっと握りしめているグレンさんの手に触れた。先輩が目を見開く。

「私はあの時、グレンさんに傘をもらい、先輩の決意を聞いて、ようやく顔を上げられました。私もここのままでは駄目、あの時のような事件を繰り返さないためにどうすればいいか――そう思い、ここで仕事をしようと決めたんです」

 魔法道具管理局を志望した理由は、そこだった。

 何でもいい、とにかく魔法道具を管理する場所にいれば、同じ悲劇は繰り返すのを阻止できるかもしれない。一職員が何を言っているのだと笑われそうだが、その根本的な志望部分は揺るがせたくなかった。

「だから何もできなかったなんて、言わないでください」

 少なくとも一人の少女を、この職場に連れてこれたのだから。

 グレンさんは私から手を抜き、大きな手で私の手を包み込んだ。

「ありがとう。そう言ってくれるだけでも、過去の俺は救われる。そしてこれからの俺の支えになる」

 そして先輩は俯きながらも、両手でぎゅっと握りしめた。

 グレンさんの想いが手からも伝わってくる。ほんのり頬に熱が帯びた。

 また一歩前進できた気がする。

 過ぎてしまったことは仕方ない。今、起きている事件を拡大しないよう、精一杯原因を究明しよう。

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