Day26 直感(お題:すやすや)

 目の前には、一人の女性が机に突っ伏して寝ている。十年前は悲壮感で溢れていた顔だったが、今では毎日色々な表情を見せてくれる。

 これが彼女の素なのだろう。十年前は状況が異常すぎた。

 今日はやらなければならないことが多く、調べている途中で、疲れて寝てしまったのだろう。就業時刻をとうに過ぎている。起きたら、頑張るのもいいが、残業はほどほどにしろと言っておきたい。


 女性がもぞもぞと動く。そしてむくりと顔を上げる。彼女は俺と視線が合うと、眠そうだった目をぱちりと開いた。

「グレンさん!? ……見ていましたか、その……」

「見ていたぞ、ケイトがすやすやと眠っている姿を」

 彼女は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った。そんなに恥ずかしがることでもないだろう。

 俺は椅子の背もたれに背中を預けた。

「無理するな。部屋に戻って、寝たらどうだ? 眠いままだと、頭もまともに回らない」

「その通りだと思います。ですが、どうにも引っかかってしまい」

「何がだ?」

「……今回のビニールプールが壊れる事件と、十年前にある町で雨が止まらなくなった事件、どこか似ている気がしまして」

「似ている?」

 両方とも規模は違うが、魔力を循環して使用している道具であるのは、認識していた。それくらいは長年、局で働いている人間たちは、察しているようだった。

「循環魔力を使用している以外に、似ている点があるのか?」

「そう思います。ちょっと待っていてください、思い出します……」

「魔力の残り香とかか?」

 ケイトは目をぱちくりとする。彼女の反応を見て、それではないとわかった。

 彼女は魔法が使えない、一般人。魔力の残り香と言われても、わかるはずがない。

 つまり万人でもわかる共通点があるということなのだろうか。直感というのは、思った以上に何かを当てることが多い。


 しばらくケイトは悩んでいると、思いついたのか、ぽんっと手を叩いた。

「ああ、思い出しました。ビニールプールの中の水、常に一定の深さになるように供給されているのですが、穴が空いて漏れ出ているのにも関わらず、しばらく水が出っぱなしのものがあったらしいです。魔法道具は壊れれば、魔力が関係する部分は止まるはずなのに、変だなっと思いまして」

「なるほど、水が止まらなくなったという点が、似ていると思ったのか。それは確かに興味深い類似点だ」

 彼女の話をさらに聞き、俺ももう一度十年前の事件の資料を読み直し始めた。ケイトも同じように読んでいたが、途中で顔色が悪くもなったが、懸命に紙をめくっていた。


 そしてあるページを開くと、二人で「あっ」と声を漏らした。

「同じ人の名前がありますね」

「ああ、同姓同名かもしれないが、同じという可能性は高い」

 さらに調べようとした矢先、課長がひょっこり顔を出してきた。

「二人でこんなところで調べ物か? 仕事熱心なのはいいことだが、明日もあるんだ、早く帰りなさい」

「わかりました。片づけて、帰りますね」

 ケイトは机の上に、散らばっていた書類を一カ所に積み上げる。課長はそれを見つつ、その場を去ろうとするが、途中で振り返り、ケイトに声をかけた。

「そういえば、サミーと個人的な連絡はとっているか?」

「はい?」

 ケイトは首を傾げる。二人は先輩後輩という間柄のはずだ。課長にそう言われて、怪訝な表情をしてもおかしくはない。

「とっていないなら、別にいい。昨日は休むという連絡はあったが、今日はなくてな。何度か彼のアパートの電話にかけているが、繋がらない。何かあって、今日も休むなら、連絡が欲しかったところだが……。まさか仕事が嫌になったわけではないよな?」

 サミーは入局して一年くらいだ。ある日突然、仕事が嫌になって、局をやめる新人は若干名いるらしい。それを心配しているようだ。

 ケイトは首をしっかり横に振った。

「仕事は毎日しっかりこなしています。また、仕事が嫌そうな雰囲気はありませんよ。ただ、うっかりしているところがあるのも事実です。私も心当たりがないか、確認してみます」

「ありがとう、何かあったら教えてくれ」

 そう言って、課長はその場から離れていった。

 ケイトは自席に戻り、隣のサミーの机の上にある書類を整理し始めた。俺も邪魔にならないよう、サミーの机を確認していく。

 ケイトが手を止めた。そしてくり抜かれた新聞記事を俺に指し示してきた。

「ここは人探しの名前が載っている欄です。サミーが切り抜いたのかもしれません」

 元の新聞を探してくると、そこと切り抜かれた部分を見比べて、二人で目を丸くした。

 その人物の名は、さきほど二人で見比べたビニールプールなどの制作者の一人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る