Day6 神の化身(お題:アバター)

「見てください、この力作の魔法道具を! 神の化身、いわばアバターを作りました! これに向かって祈れば、神に祈るのと同義です。ああ、なんと素晴らしい物を生み出してしまったのでしょうか!」

 私は口をあんぐりしそうになったのを、どうにか手で口元を覆いながら耐える。


 今日も私は魔法道具の認可を受ける事業者に対し、窓口で対応をしていた。今、応対している相手方は、久々に難しいを通り越して、あり得ない道具を作り出した人だった。

 何からこの老人に対して指摘をすればいいだろうか。机の上にのっている、年老いた男性の像をちらりと見る。

 ローブのようなふわっとした服を羽織り、髭が長く、微笑みを浮かべている男性。空想の世界に出てくるような神様と思われる姿だ。

 アバターとは調べたところ、どこか遠い国の言葉であり、こちらの言葉で訳すと‟神の化身”を意味するらしい。


 宗教の信仰に関しては、何を崇めるも自由な国のため、とある特定の神様を崇めるのは別段問題はない。だが、それを魔法道具にするのは如何なものか。

 魔法道具の中身は、事前に書類を見ていたため、ある程度理解はしている。この像の前で祈ると、その時の雰囲気に応じて様々な色を発するらしい。空気中にある水分量や風の流れから、それを判断するようだ。

 性能としては面白い。しかし、わざわざ神の化身と称して、道具として売り出すという行為を許すことはできなかった。やはりここは門前払いしかない。


「一つよろしいですか」

「何でしょうか」

 一拍置いてから、話を切り出す。

「神様の化身というのは、そう簡単に作れるものではないと思います。それを魔法道具として量産し、売ろうというのは、その……神様に対して失礼ではないですか?」

 かなり言葉を選んだが、やはり相手の逆鱗に触れてしまった。

 男性の顔が見る見るうちに赤くなり、眉がつり上がっていく。

「なんと、私のことを馬鹿にするのですか!? こんなにも素晴らしい物を作ったのに!」

「道具の中身としては、良いと思います。ですがアバター、いえ、神の化身という単語を含んだ商品名、そして内容を入れ込んで売り出すのは、誤解を生みかねないといいますか……」

「では、どうやってこの像に対して祈るきっかけを与えるというのですか! 神でもなければ、誰も祈らないでしょう!」

「何か思うところがあれば、この前で手を合わせるとか、そういう内容にすればいいんじゃないですか?」

「そんなこと、私はしません! 神の前でなければ、手など合わせません!」

「それは貴方だけの価値観で、他の人は――」

「うるさい!」

 男性が手を挙げた。まさかの展開に虚をつかれる。

 だが、振り下ろされる前に、長身の青年がその男の手首を握りしめた。グレンさんが止めに入ったのだ。

「何をするんですか、警察呼びますよ!」

 男はグレンさんのことを鋭い目で睨みつける。先輩は淡々と続けていく。

「話を聞く限り、彼女に非はありません。警察が呼ばれても、こちらは何も痛くはありません」

「散々こちらのことを馬鹿にしましたよ!? 人権侵害です!」

「それは主観的な話でしょう。先ほども言いましたが、客観的に聞く限り、彼女の応対に問題はありません。……仮にここで無理にでも審査をすると言ったとしましょう。結局上に通す途中で、認可は下りないと言われて、この案件は返却されることになります」

「何を根拠に? 貴方、この女の上司か!?」

 グレンさんは首を横に振る。経験は長いが、上司とまでは言わない。私の責任をグレンさんが背負うこともない。

「ただ、内部の審査基準を言ったまでです。他人を惑わすような道具は認可を下ろさない、という基準が」

 あまり議論することも少ないが、そういう基準もあるのだ。

 男は拳を握りしめている。まだ、何か言いたそうである。

「今回はお引き取りください。内容を改めて再度申請してください。道具の中身として良いと、彼女は言っています。つまり先ほど指摘した点を直せば、認可できるという事です。……まだいるのであれば、暴行未遂の容疑で、警察を呼びます」

 問いかけではなく、断定。しかも強い口調で言う。

 男性は歯をぎりっと噛みしめながら、手を引っ込める。そして荒々しく荷物をとり、椅子を倒しながら、帰り際にぶつくさと言って去っていった。

「これだから頭の固いお役所は嫌いなんだよ!」

 男の足音が聞こえなくなるまで、私はその場にいた。やがて息を大きく吐き出した。手のひらを見ると、若干震えている。さすがに殴られそうになったときは、肝が冷えた。

「立てるか?」

 グレンさんが心配そうな表情でのぞき込んでくる。私は机の上に置いてある書類を慌てて集めて、立ち上がった。

「ありがとうございます、止めてくださって。実力行使で来るとは思ってもいませんでした」

「いや、こっちも悪かった。面倒そうな相手とわかっていたのに、ケイトに窓口を割り振ってしまった。俺が相手をすればよかった」

「いえいえ、何事も経験です。次は負けませんよ」

 なるべくグレンさんに迷惑をかけないように、前向きな言葉をだす。先輩は「そうか……、何かあったらすぐに言えよ」とだけいって、席に戻っていった。


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