♪ Take20 それは本気か?


 ひとみの無事を確認すると、周囲のスタッフ達が困り切った顔で、今後のことを議論し始めた。


「結局、明日菜ちゃん、戻って来なかったわね」

「あれだけのことを言われたのだから、プライドが高く我儘な彼女はもう現場には戻って来ないだろう」

「これからの収録、どうするんですか?ただでさえ時間が押しているのに、収録当日に代役を立てるなんて……」

「こんなに急に、ケイシーの役を引き受け入れてくれる人なんているんですかね?」


 打たれた頬を冷やしながら、現場スタッフの議論を終始黙って見ていたひとみが、氷を持っていない方の右手をゆっくりと上げ、恐る恐るスタジオの皆に声を掛けた。


「私、ケイシーが出来る、ピッタリな代役の人を知っているんです。……ねぇ、凛先生?」


 思いがけない、ひとみの指名に凛は驚いた目をする。


「牧野君、それは本気か?」

「はい。本気です」

「ひとみさん、それは良い!あれだけひとみさんの練習に付き合ってくれた先生なら。あれだけケイシーの声を吹き込んでくれた丹波先生なら。きっと上手くいくはずです!」



 その言葉に今度は、現場スタッフ一同が騒然として益々顔を青くした。


「素人が準主役でアフレコなんて聞いたことがないです!」

「いくら何でもそれは無謀です!」


 現場スタッフである、制作チーム一同はひとみの申し出を猛反対するが、これを聞いた久石は「面白い!」と叫んだ。


 久石の思いがけない一言に呆気に取られる現場スタッフは、もう何も言う気力が起きない。


 一方で久石は「人気少年漫画家が声優デビューなんて、何て面白い話なんだ!」と叫ぶ。


「この間お見舞いに行った時に丹波先生の演技は見たからね。あの時『素人なのにこんなにキラリと光る演技をするなんて、何て才能のある人なんだ』と感心したんだ。だから彼女なら大丈夫だ。これは絶対に良い作品が出来るぞ!」と久石は燃える。




 結局久石の独断で、急遽凛がケイシーを演じることになってしまう。


「本当にこれで良いのか?本当に私で良いのか?十条君。牧野君」


 いつもと違って、珍しく自信がなく不安そうな声をする凛に向かって、歩とひとみは賛同の声を上げた。


「勿論です!凛先生が相棒だったら、私、練習の成果を大いに発揮出来ます!」

「そうですよ、丹波先生。ここは女の真価を問われるときですよ!」

「……十条君。君、先程の私の台詞せりふを真似したな」


 その凛の言葉に歩は「ははは」と笑って誤魔化ごまかし、ひとみはくすくすと笑う。


 そんな二人の様子に心がなごんだのか、はたまた意を決したのか。

 凛がおもむろに一つ、ふーっと息を吐く。


 そして心を落ち着かせると、凛は目の前に立てられた、三つのうちの中央のスタンドマイクの前に颯爽と立った。


 そして部屋にいた一同に声を掛けると、毅然きぜんとした態度でこう言った。


「分かった。出来る限りのことをしよう。私がケイシーだ」




 こうして凛の活躍によって、何とかアフレコは無事に終了した。

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