♪ Take10 任せてください!

「……今のどういう意味だ?ひとみさんを輪久に仕立てあげてみろって」


 藤枝の言動に困惑する歩とは対照的に、興奮して歩の両肩を激しく揺さぶる順平は、喜びを爆発させてこう叫んだ。


「歩!それはひとみちゃんを輪久役に起用するって意味だよ!」

「え!?」

「あの堅物の藤枝編集長の考えを改めるとは。君もやるな、十条君」

「歩さん!本当にありがとうございます!」


 ひとみは急いで歩の方に駆け寄って、インクで黒く汚れた歩の手をそっと握る。


 突然ひとみに手を握られた歩は「ひとみさん、汚れますよ」と言い、あたふたと慌てふためいた。


 すると歩はひとみに握られている自身の手に、温かい雫が当たるのを感じた。


 すぐさま、それがひとみの涙だと気付いた歩は益々混乱する。


「ひとみさん!?」

「歩さん、すみません。もう無理だと諦めていたので本当に嬉しくて」


 ひとみは涙を拭うこともせずに、何度も歩にお礼の言葉を述べた。


 そんなひとみの様子を黙って見ていた凛が、いつもより声音をワントーン上げてこう言った。


「牧野君。泣いている暇はないぞ。私の描いた輪久に息を吹き込んで貰うのだからな」

「はい!凛先生、私、これから頑張ります!」


 そう宣言するとひとみは左手で涙を拭い、己に気合いを入れる。


 そんなひとみへ凛は冗談交じりに「君にはハンカチではなく、これを渡そう」と声を掛けると、ベッドの横に置かれた机上から一冊の薄い黄色の冊子を手に取った。


「これって……」

「輪久が出てくる『Link of Ring』の台本だ。今朝、久石君が持って来てくれた、貰いたての台本だぞ。ぜひ受け取ってくれたまえ」


 そう言うと薄い黄色の台本を凛はひとみに手渡す。


 台本を大事に抱き締めるひとみに、一同は喜びを噛み締めた。


「ひとみさん、良かったですね!」

「良かったなぁ、ひとみちゃん!」

「皆さんが尽力してくださったおかげです。私、何とお礼をしたら良いか……」

「お礼なんて、とんでもない!寧ろ俺、ひとみさんのためなら、これからも何でもお手伝いしますよ!」


 胸に手を当て「任せてください!」と安請負をする歩に対して、凛が思わぬ一言を言い放った。


「それならば、十条君。君、牧野君のアフレコの練習相手になってくれないか?」

「え!?」

「アフレコ収録まで二週間と時間がないんだ。突然の主役の起用で牧野君も大変だろう。私も原稿の合間に牧野君のサポートをするから、君にも手伝って貰いたい」

「ですが!」

「男に二言は無い。そうだろう?十条君」


 いつもより視線が鋭い凛と、「それはとても心強いです!歩さん、よろしくお願いします!」と意気揚々と自分に声を掛けるひとみに対して、歩は口をパクパクさせる。


 それは酸素を求めて水面に上がる金魚のようだった。


「歩、ここは一つ、お前がひとみちゃんの練習相手になってあげるんだ」

「マジか」

「マジだ。でないとお前、あの可愛い女の子二人を、完全に敵にまわすことになるぞ」


 無情にも順平が、顔面を蒼白とさせる歩に向かって声を掛ける。


「俺も手伝ってやるから、頑張れ。歩」と慰める順平は、完全に白目を向いて今にも倒れそうな歩に苦笑するしかなかった。

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