♪ Take8 適わない!

「順平と、ひとみさん?何故ここに?」


 予想外な来訪者に歩は面食らう。


「凛先生が倒れたと順平さんからお聞きして……。心配になって来てしまいました。私にも何かお手伝いをさせてください」

「丹波先生、歩から漫画の進捗しんちょく状況は聞いていますよ。俺たちに何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってください」


「忙しい仕事の合間を縫って来てくれたのか?内野君、牧野君」


「頼もしい助っ人が来てくれたものだ。ありがとう。感謝する」と凛が二人に感慨深い声を掛ける。


 凛の言葉が耳に入らないくらい唖然とする歩に、ひとみは少しはにかんで近付いた。


「歩さん。私、あの後ずっと考えていたんです。輪久役を降板になったのは残念ですけれど……。でも役を降板になったのは、私に輪久を演じる力が足りなかったからです。例えエロゲ声優だろうと本当に良い役者なら使って貰えるはずなんです」


 するとひとみは、未だに事態を飲み込めない歩の方を向いて、力強くこう言葉を紡いだ。


「また皆さんに声を掛けて頂けるように、私これからも頑張りますね!」


 そう言ってにっこりと笑うひとみの前向きな姿に歩は「本当この女性ひとには適わない!」と強く思った。


「ひとみさん……」


 歩は急に目頭が熱くなるのを感じた。

 自分が酷い仕打ちをしたのにも関わらず、ひとみはめげずに前を向いている。

 そしてひとみは、自分が助けを必要とする、この状況に駆け付けてくれた。


 それは歩にとって大きな救いであり、そして感動的な出来事だった。


「では作業を開始しましょう!凛先生、私は何をお手伝いすれば良いですか?」

「牧野君は切り絵が趣味だったな。では牧野君にはトーン張りをお願いしよう」

「あ!丹波先生、いつも店でポップを作っているので、俺もトーン張りに協力出来ますよ」

「それは頼もしいな、内野君。では君にもトーン張りをお願いしよう」


 そう言ってテキパキと順平とひとみに指示を出す凛を未だに呆然と歩は見つめる。


 そんな歩の肩に順平は勢いよく、がっちりとした右腕を掛けた。


「俺もひとみちゃんも加勢に来たから、もう大丈夫だぞ、歩。だからそんな時化しけた顔はもう止めるんだ」

「そうですよ、歩さん!四人で力を合わせれば絶対に間に合いますよ」


 そう言って微笑む二人を見て、我に返った歩はパンパンと二回頬を叩くと、病室に響き渡る大きな声を出した。


「よし!絶対に丹波先生の原稿を〆切に間に合わせるぞ!」


「おぉ!」という掛け声と共に四人が原稿に取り掛かろうとした、そのときだった。

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