後桃園結義-14
「いやあ。俺には意外な才能があったんだなあ。まあ才能というより、未来日本で流行っている文化を持ち込んできただけな気はするけど。アイドルとカプサイシン。二重の中毒で客を囲い込み、徹底的に金を使わせる。ちょっと悪い気はするけれど、みんな幸せそうだから、いいや。これも、誰もが明日死ぬかもわからない辛い乱世だからこそ、かもなあ……」
ある夜。政庁の窓から星空を眺めながら、ミズキはしみじみとこれまでの日々を述懐していた。もしもミズキが劉備玄徳の影武者でなければ、このまま漢王朝の終焉を飾る世紀の大プロデューサー・大商人として生涯を過ごしたかもしれない。だがもちろん、これはあくまでも「手段」。曹操に負け続けた「正史」を覆す道は、ここからだった。
「ああもう……貞操の危機がひたひたと迫っている気がします……万夫不当の私とはいえ、怖くて青龍偃月刀を手放せません……」
「ミズキが出した狡猾な『恋愛禁止令』のおかげで、男たちが互いに抜け駆けしないよう監視しあっているから、なんとかなっているけれどさ。なんだかあたし、自分が武人だということを忘れちゃいそうだ!」
ハードスケジュールのためにチャイナ・ドレスが普段着になってしまっている関羽と張飛。(誰が考案したんだろう、このエロい衣装……い、い、いっそ、れ、れ、「恋愛禁止令」を無視してアイドルに手をつける悪徳プロデューサーになってしまいたい……だが、関羽と張飛は劉備さんのたいせつな妹たちだ! お、俺だって劉備さんから志を継いだ侠だ。そ、そんなことはできない! ああでも、胸の膨らみのラインが気になって気になって)と目のやり場に困りながらも、ミズキは二人に「大事」を打ち明けていた。
「関羽たちには無茶させて申し訳なかったけれど、これである程度の軍費は調達できた。この軍費で馬や武具、傭兵たちをかき集めれば、樊城を攻められるぞ」
「それでは……ミズキ! あなたは銭に目が眩んで女衒まがいの商売をはじめたのではなく?」
「兄貴の遺志を継いで曹操と戦うために、軍資金を稼いでいたのかあ! なんだよ。だったら、最初からそう言ってくれればよかったのにさ!」
「いやいや。この、新野での『劉備玄徳』の武人としての悪評はうまく利用できるなと、途中で気がついただけだよ。孫乾からの報告によれば、曹操は新野で俺がわけのわからない食堂商売をはじめて武人の誇りを捨てたことを見届けて『草鞋売りに戻っちゃったの? 私の関羽になにをさせてるのよ。劉備にはがっかりだわ』と言い捨て、袁紹を追って河北の奥まで進軍していったという。今こそ、新野に居着いている関羽ファン、張飛ファン、趙雲ファンの野郎どもの中から義勇兵を集う。あいつらの多くは、戦で故郷が荒れ果てて実家も耕す土地も失いそして嫁も取れない面々だ。必ず、劉備一家再起の旗揚げに力を貸してくれる。これは、好機だ」
趙雲は最初からこの可能性に気づいていたんだな、だから黙々と女衒まがいのミズキの言うとおりに働いていたのか、と張飛が膝を打っていた。
「まあ、踊り子も楽しかったけどな。あたしは身体を動かせればそれだけで気分爽快になれるみたいだ。もうちょっとだけ、舞台で踊っていたかったかもなあ」
え? なにを言っているんだ張飛? 関羽飯店は閉店しないよ? だって軍資金を稼ぐ唯一の資金源じゃないか? とミズキが首を傾げたので、張飛は「戦をしながら踊り子までやれっていうのか、お前はっ! 守銭奴っ! 妹使いが荒いんだよ!」と怒りだして、また蛇矛を取り出してくるのだった。
「ストップ。ストーップ! 関羽、ほらほら、張飛を止めて!」
「……心の中で泣きながら女衒もどきな仕事ををやっていたのかと感動しましたが、あれはミズキの趣味だったんですね。はあ……真面目なのかふざけているのか、よくわかりません。困った人です、あなたは」
まあ戦よりも商売に向いているのは間違いない、とミズキがうなずいていると。
またしても、事態は急転した。
「ミズキくん。樊城攻め計画はいったん中止だ。襄陽の劉表さんから使者が来たよ。最近の新野の栄えぶりには驚いた。荊州の主としても、人が増えて町が栄えて大助かり、感謝感激の至り。ぜひとも襄陽の宴会に出てほしい、とね」
すっかりご注進係になってきた趙雲が、劉表の使者からの書状を携えて政庁へとやってきたのだった。
「劉表が? そういえばまだ会ったことがなかったんだな。いちどは挨拶しておかないと。宴会での作法は孫乾から教わってるし、酒への耐性は簡雍との刺し飲みで身につけてはいるが……だいじょうぶかな? 正体がバレたら新野にはいられなくなる」
「……いくらなんでも新野に来てからの劉備玄徳は商売人すぎる。もしかしたらニセモノじゃないか? という噂が襄陽に流れているらしいよ。宴会の席は、きみがほんものかニセモノかを見定める『場』としてもうけられたらしい」
「そうか。襄陽の劉表陣営にしてみれば、曹操に目の敵にされている劉備を抱え込むということは、それだけで曹操に討伐されかねない危険な行為だ。それなのに、もしもその劉備が歴戦の勇者ではなくニセモノだとしたら、これはもうとんでもない疫病神ということになる。ニセモノだという証拠を掴まれたら俺は、即座に殺されるかもしれないな」
なんですって? いけません。ミズキ、私が護衛します! と関羽が立ち上がり、張飛もまた蛇矛をぶんと回して「あたしがいる限りミズキはやらせない」と怪気炎をあげていた。
「ダメだ。関羽と張飛には、新野を守っていてもらわなければならない。曹操は遠征中とはいえ、樊城には曹操軍の兵が詰まっている。それに、関羽飯店のスケジュールが……いきなり握手会や円舞舞台を中止したら、遠方から新野まで聖地巡礼に訪れた野郎どもが暴動を起こす」
「一瞬かっこいいことを言うのかと思わせておいてそれかよ!」
「んもう。銭に目を眩ませて、無茶な予定を詰め込むからです!」
「うん。商売では信用が第一だからね。関羽と張飛は曹操軍に備えておいて。私が、ミズキくんの警護役を務めるよ」
「趙雲師匠が一緒なら安心だ、俺の背中は任せた! 俺がこれからこの世界で影武者劉備玄徳として生きていけるかどうかは、この宴会にかかっている。どのみち劉表とはいちどは会わなきゃならないんだ。どうやら、これは俺にとって突破しなきゃならない試練らしい」
ミズキは躊躇なく「行こう」と立ち上がっていた。
関羽と張飛は、そんなミズキの背中に、劉備玄徳を見たような気がした――劉備は死して魂魄となってなお、ミズキを通じて妹たちを守っているのではないか。そう思った。
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