後桃園結義-4
「関羽を発見したぞ!」
「繰り返す! 殺してはならない! 曹操さまのご命令だ! 必ずや生かして捕らえよ!」
「曹操さまの大陸統一事業は、関羽抜きではなし得ない!」
「袁紹を官渡の戦いで破った今、曹操さまを上回る勢力はもう残っていない!」
「幾多の軍師と将軍を揃えた曹操さまの手許に最後に欠けているものは――関羽だけだ!」
「こたびは二度と関羽が味方の武将を斬らぬよう、曹操さまじききじにお出ましなされたのだ!」
将兵たちが繰り返し「関羽を殺すな」と叫んでいるのは、現場の武将たちが関所を突破しようとした関羽を討とうと執拗に戦い続けたからだろう。曹操は義理堅い関羽を武将として敬愛し溺愛している。五関に六将を斬られてもなお、関羽を手許に戻したいらしい。
「曹操の人材マニアぶりはほんものだな。だがこのままでは関羽は捕まる。多勢に無勢だ……! 俺が関羽の前に出現していなければ、追いつかれなかったはずなのに」
劉備さまああ! と関羽は前進をストップしてミズキを探している。曹操軍に発見されたことよりも、劉備を救い出すことのほうが関羽にとっては大事なのだ。
なによりも、あれほど義兄・劉備を慕っている関羽を、捨ててはおけなかった。
再び劉備と引き離されて曹操に仕えさせられたら、こんどこそ絶望して悶死してしまうかもしれない。
「……というわけで、関羽への借りを返さないと」
もちろん、一人で戦って勝てる相手ではない。
父親から鍛えられてきたミズキには実戦経験こそないが、並みの兵卒よりは強いはずだ。が、曹操軍の兵数はおそらく千を超える。しかもその主力は騎馬兵。それこそ一騎当千の関羽や張飛でもない限り、多勢に無勢。そしてその関羽は今、「兄上えええええええ? どこですかあああ! 私を見捨てないでくださああああい!」と完全にポンコツ化している。
そうだ。俺は劉備に瓜二つらしい。劉備を名乗りながら曹操に接近して、とりあえず混乱させよう、と決めた。
だが、曹操軍の兵数は多い。総大将の曹操が馬に乗っていることは確かだろうが、曹操がどいつなのか、わからない。
そもそも、曹操の顔を知らない。
どうするか……と草むらの影に隠れて考え込んでいるところに、曹操軍の隊列から外れたちっちゃな女の子が入ってきた。整った顔つきの、お人形さんのような少女だ。顔も身体も、幼女とみまがうばかりに小さい。背中に刀を担いでいるが、その刀が重そうでよたよたしている。
かわいそうに。こんな幼女みたいな小柄な子供まで雑兵として酷使するとは、曹操とはやはり悪い奴なのだろう、とミズキは思った。そうとも。ゲームだと華麗な三国志の世界だけれど、現実で苦しむのは民、そして子供たちだ。やっぱり、乱世は早く終わらせなければならない!
「あーもう。みんな、ぐずぐずしているんだから。うう、寒い……風邪ひいちゃうそう……私、重い鎧は着られないし、胸も薄いから寒さに弱いのよね……へっくちゅん!」
少女がくしゃみしている隙に、ミズキは背後へと回って少女の口を手で塞いでいた。我ながらほとんど変質者である。これも関羽を救うため、許してくれ、とミズキは心で泣いた。
「ふぐうっ? もご~、もご~!?」
当然、凄まじく抵抗された。武具を取るだけあって、気性が荒いらしい。しかし少女は兵卒とはいえ身体がちっちゃく、非力である。父親から武術を仕込まれてきたミズキは、簡単に少女を制圧してしまった。
「お嬢ちゃん。ごめん。俺は怖い人じゃないよ。ただ、知りたいことがあってね」
「ふぐう、ふぐううう~!」
「今、行軍している曹操軍の中に、曹操自身がいるんだよな? どいつだ? それを教えてくれたら、すぐに解放してあげるから。いや、なにも曹操を殺そうというわけじゃない。ただ会いに行くだけだ」
こく、こく、と少女がうなずいた。そっと手を外すと、少女は、
「あいつです。あの背が高くておっぱいのでかい女が、曹操です。とっても悪い奴ですから、煮るなり焼くなり好きにしてください」
と不機嫌そうに呟きながら、馬上に揺られている一人の姫文官を指さしていた。
「なるほど。すごい美人だ。意志が強そうな瞳。モデルのような八頭身。しかも関羽に勝るとも劣らない巨乳の持ち主……あの風貌、気品、まさに天下の英傑だな。ありがとう、お嬢ちゃん。もう戻っていいよ」
「……あんた、なんなの? 変態になったの?」
「だから俺は変質者じゃないんだってば! 曹操に会えればそれでいいんだ。これに懲りたらもう戦争なんかに関わるんじゃないよ、お嬢ちゃん。ちっちゃい子が戦に関わっちゃ、いけないよ?」
「……はあ? どうしたの? 熱でもあるの? 馬鹿じゃないの?」
「ああ。たしかに馬鹿かもな。だが、決めたんだ。お嬢ちゃんのような幼子を戦争に巻き込んだりはさせない。この乱世を終わらせるために、俺はこの世界で自分にできることを精一杯やっていこうと」
「……わけわかんない……」
ちょろっ……と少女が逃げだして、さっき「あいつが曹操です」と指さしたその高貴な姫文官のもとに駆けていった――。
そして、入れ違いに、ミズキを発見した関羽が接近してきた。
「兄上えええええ! なにをやっているのですかああああ! どうして曹操を逃がしたのですか!」
「え? 曹操? 曹操はあの、八頭身の美女だろう? ほら。いかにも天下人の風格と気品が」
「違います、あれは曹操の軍師を務める荀彧です! 今、兄上が逃がしたちびっこい子が、曹操ですっ! 曹操はちっちゃいので、年齢よりも幼く見えるのです!」
「な……なんだってえええええええ!?」
あの子が曹操!? しまったああああああ! しれっと軍師の荀彧を「あいつが曹操です」と俺に売り飛ばしておいて、自分は知らぬ顔で逃げだすとは……!
「な、なんて悪知恵にたけた子なんだああああ! しかも非情! 曹操に違いない!」
「曹操の顔を忘れてしまったのですか、兄上? はっ? も、もしかして落馬した時に頭を打って、その衝撃で記憶が……!?」
関羽は涙ぐみながら、「たとえ兄上の頭がアレになったとしても、私は妹として最後までお供いたします、兄上!」とミズキを再び捕らえ、馬上に無理矢理に乗せて再び駆けていた。ひしめき合っている曹操軍のど真ん中を中央突破するつもりである。
関羽よ! 関羽がいたわ! と、さっき「ふごーふごー」とミズキに攫われかけていたちっちゃな女の子が「御輿」に乗ってこちらを指さしていた。
「こんどこそ関羽を引っ捕らえて! もう一人の変態も一緒にね! びっくりしてちょっと漏らしちゃったじゃない、ぜーったいに許さないんだから!」
「了解しました。曹操さまにお漏らしさせた無礼者は鍋で煮ます」
よいしょよいしょと這い上がってきた曹操を肩に乗せた荀彧が、凍てつくような視線でミズキを睨みながらうなずく。
完全に包囲された! この敵中を一騎で突破するだなんて!
「待て関羽! 無茶苦茶だ! 赤兎の脚なら逃げ仰せられるだろうけれど、後ろに俺を乗せている分、不利だ! 俺が邪魔になって一騎当千の力を出し切れないぞ! 下ろしてくれ!」
「いいえ、下ろしません! このまま奥方たちの馬車まで戻り、そのまま脱出いたします! もう、おっぱいを触るなと照れたりしませんので、しがみついて離れないでください! ご免!」
関羽、背後にミズキを乗せながらの敵中突破――!
ミズキは、関羽がまさしく一騎当千の武神であることを、まざまざと見せつけられた。
曹操が「殺した奴は死罪よ!」と関羽を生け捕りにすることに執着していたのも幸いしたが、それにしてもこの絶望的な包囲網を突破できるはずがない。赤兎の脚も鈍り、関羽自身もミズキを落とすまい、ミズキを傷つけまいと庇いながら戦っているので、自在には動けない。
にも関わらず、関羽は曹操軍の包囲を中央突破し、先行していた馬車のもとへと合流してそのまま一気に山道を駆け抜けたのだった。
まさに、戦いの神だ、とミズキは言葉を失っていた。武術の心得があるだけに、わかった。ただ強いだけではない。まるで円舞を観ているかのようだった。月を背負いながら青龍偃月刀を掲げて戦う関羽は、いよいよ美しかった。
人材マニアの曹操が関羽に執着する理由も、納得できた。
「……すごい……これが、関羽……関公の武か……う、美しい」
「な、なんですか今さら。て、照れます、兄上。奥方たちとともに、逃げますよ」
関羽は「なんだか兄上ではないような」と頬を赤らめながら、赤兎とともに駆けた。
荀彧の肩に「合体」した曹操は、首を捻っていた。
「あいつ、いったいどうしちゃったの? 劉備が私を忘れるはずがないわよ! へっくちゅん!」
「曹操さま。本気を出した関羽にはもはや追いつけません。あの『万人の敵』たる武神を傷つけずに生け捕りにするなど、千程度の兵では無理です。最低一万は必要です」
荀彧の諫言はいつも耳が痛い。「わかってるわよ。でも袁紹との戦いに主力部隊を割いてるんだからしょうがないでしょう。ああもう袁紹め。あいつを官渡で仕留め損なったのが響いて、関羽に逃げられちゃったじゃない! へっくちゅん!」と曹操は頬を膨らませた。
「このままではお風邪をひかれてしまいますから、いったん町に入って暖を取りましょう。曹操さまをお漏らしさせた劉備は、必ず鍋で煮ます――ところで曹操さま?」
「なに?」
「先ほど私を指さして、劉備になにを囁いておられたのです?」
「……な、なんでもないわよ?」
「まあいいでしょう。私は我ながら、曹操さまの影武者役にぴったりですからね。初見で曹操さまと対面した使者は、みな曹操さまの隣に立っている私を曹操だと誤解します」
「ちょ、ちょっとばかり背が高くておっぱい大きいからって、いい気にならないでよね!」
「躊躇なく軍師を敵に売り渡す真似をする腹黒い曹操さまよりはましです」
「わ、私はいいのよ! 私の言うこともなすことも正しいんだから! 曹操が天に背こうとも、天が曹操に背くことは許さないわ!」
「はいはい。ですが、いくらお人好しの劉備とはいえ曹操さまを捕らえながら放逐してしまうだなんて。妙ですね……」
荀彧は氷のような視線で、関羽とミズキが駆け抜けていった山道の彼方の闇を凝視していた。
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