後桃園結義-5


 関羽一行は、ミズキを連れて汝南の山中へとついに到着した。


「……兄上……黄巾族討伐で名を挙げた兄上が、徐州一国を曹操に奪われてついに山賊にまで身を落とされるとは、お労しや。ですがこの関羽が戻ってきたからには、山賊暮らしも今日で終わりです!」


 劉備は、袁紹陣営に加わった元黄巾族の面々とともに山を要塞化して立て籠もっていたのだった。黄色い旗が山のあちこちにはためいているが、これは黄巾族崩れの家来たちが立てているのだろう。


「まるで梁山泊だな。三国志というよりは水滸伝だ。劉備はどうして山賊に身をやつしているんだっけ、関羽?」


「中原の覇者候補は、帝を擁する曹操と、河北を支配する漢王朝随一の名族・袁紹の二人に絞られました。兄上は徐州で曹操に反旗を翻したのですが、奮戦するも惜しくも惨敗。徐州から逃走。取り残された私は奥方たちを守るために曹操にくだり、国を失った兄上は袁紹側につき、曹操の背後を脅かしていた黄巾族の残党と合流して南のかた汝南へ――曹操の本国を攪乱するはずでした。ですが」


「その汝南でも曹操軍に大敗して、いよいよ追い詰められているわけだな」


「正確に言えば曹仁軍に、ですが。曹操自身は官渡でずっと袁紹と戦っていましたから。その官渡の決戦で曹操が大勝利したことで、袁紹はもう防戦一方です。兄上ももはや山賊ですし、中原は――天下は曹操のものになろうとしています……曹操は有能な稀代の英雄ですが、儒も孝もものともしない革命児。このままでは必ずや漢王室から帝位を簒奪するに違いありません……って、なぜ私が兄上にこれまでの経緯を語らねばならないのですかっ!?」


「だから、俺は劉備じゃないから。しかし、劉備だって戦には強いはずなのに曹操相手には百戦百敗だなあ。なぜなんだろう」


「それは、兄上のもとに私がいなかったからです……ううっ……いなかったどころか、曹操に命じられてうっかり袁紹軍の猛将・顔良を斬っちゃいました! あれで袁紹軍の勢いは一気にしぼんでしまったんです。わ、わ、私のせいで兄上が、うわあああああ!」


「お、落ち着いて!」


 関羽ってけっこう面倒臭い性格の女の子だったんだな……とミズキが困っていると、山のあちこちから「ジャーン、ジャーン」と銅鑼の音が鳴り響いてきた。黄巾族崩れの山賊たちが、続々と関羽一行めがけて押し寄せてくる。そして。


「燕人張飛、推参! 待っていたぞ関羽! 桃園結義の誓いをよくも破ったな! 曹操方に寝返って、さんざんいい暮らししてたそうじゃないか! お前なんか、もう姉でも妹でもない! ブッタ斬ってやるからなっ! 行けっ、『玉追』!」


 巨大な黒馬に跨がり、自分の身長よりも長い蛇矛を振り回しながら、猛然と一人の少女が関羽めがけて襲いかかってきた。関羽がまっすぐな黒髪をストレートに伸ばしているのに対して、蛇矛を担いだ少女は伸ばした髪をいわゆるポニーテールのように結っている。関羽に負けず劣らず、脚がすらりと長いスレンダーな美少女だった。体育会系の爽やかスポーツ娘といった印象だ。そして、関羽をさらに超える巨乳の持ち主でもあった。


「待ちなさい張飛、それは誤解です! 私は兄上の奥方たちを守るためにやむをえず曹操のもとに」


「うるさい! 姫武官たるもの、言い訳するなっ! 問答無用! あたしとお前、どちらが強いか尋常に勝負だ!」


「張飛!? 張飛だって? 意外と頭が良さそうに見える!? もっと知力が低そうなキャラだとばかり」


「って、兄貴いいいいっ? どうして関羽の馬に乗っているんだっ? 寝てなきゃダメじゃないか! 関羽、お前という女は……! 兄貴を曹操のもとに連れ去りに来たんだなっ! もう切れた! 絶対に殺す!」


「違いますっ! 兄上が私を迎えに来てくれたのです!」


「そんなわけ、あるか! 兄貴はなあ……兄貴は……うう。曹操に兄貴は渡さないからなっ!」


「だから俺は劉備じゃないんだーっ! ああ、俺のせいで関羽と張飛が殺し合ってしまう! ダメだダメだダメだ! 二人ともストーップ!」


 張飛も関羽も、ともに「一騎当千」と称される三国志屈指の猛将。

 これまでは劉備を中心に三人で「義兄妹」として行動してきたので、戦うことはなかった。が、今、ミズキがこの世界に紛れ込んだことからその二人が雌雄を決しようとしているのだ。


 互いに一歩も譲らない凄まじい撃ち合いが、はじまってしまった。

 同じ馬上とはいえ、後ろにミズキを乗せている関羽のほうが不利だ。円舞を踊るかのように優雅に青龍偃月刀を操る関羽が守り、虎が咆吼するかのように激しく蛇矛を振り回す張飛が攻めるという形が続く。柔の関羽、剛の張飛といったところか。


 だが、やはりミズキを馬に乗せている分不利な関羽は、五合、十合と撃ち合ううちに、じりじりと押されていた。

 曹操の軍団を蹴散らして中央突破した関羽の鬼神の如き実力をすでに見ているミズキは、張飛の放つ凄まじい気合いとその技量に呆れ果てる他はなかった。あるいは激怒した状態での「瞬間最大風力」では、関羽よりもさらに張飛のほうが強いのではないか。


(どうする? 関羽のおっぱいを掴めば、殿方に免疫がないらしい関羽はきゃああと照れて戦意喪失してくれるが、その瞬間に関羽が張飛に斬られてしまう! ならば、張飛の馬に飛び移って張飛のおっぱいを……って、俺にはおっぱいを触ることしかできないのかあ! それに、それをやったら間違いなく張飛が関羽に斬られてしまうぞ! 関羽には殺意はないとはいえ、本気で戦っている。少しでも手を抜いたら一撃で張飛に斬られるからだ!)


 ミズキが「俺は劉備じゃない、人違いだ! 二人とも武器を収めてくれ!」とけんめいに関羽と張飛を説得するが、必殺の間合いで戦っている二人は異常な集中状態にあり、今は人の言葉が耳に届かない。ならば、実力行使で二人を制圧するか? この時代の武人は、合気道を知らないはず。初見なら通用するかも……いや、相手は関羽と張飛。いくら腕に覚えがあってもさすがに無理だ! 武具さえあれば、強引に二人の間合いに割り込むこともできるかもしれないが、俺は丸腰! 今の俺の装備は、iPhoneと豚まんと唐辛子だけだ! しかもこの唐辛子、実のままだから効かない。そうだ、すり潰して粉にすれば目つぶしくらいには……! って、すり潰す道具がない!


「やりますね張飛。『気』をよく制御しています。これは……斬らねば、終われませんね」


「お前が曹操のもとで贅沢に暮らしている間、あたしは山賊と化して暴れていたからな!」


「その失言は許せませんね! 曹操から受け取った贈り物はすべて返してきました!」


「嘘をつけ! 赤兎に乗ってるじゃないか!」


「せ、赤兎は、兄上のもとに一日でも早く舞い戻るためにどうしても手放せなかったのです!」


「そうかよ! 赤兎の脚を用いて兄貴を盗んだんだなっ!」


 これはもうどちらかが倒れるまで、この戦いは終わらない、誰にも止められない、とミズキが息を飲んでいると。


 目にも止まらない速度で互いの得物を繰り出し合っていた関羽と張飛の間に、

「すっ……」

 と、白馬に乗った一人の姫武官が、軍気配を消したまま入り込んでいた。


 まさかっ!? どうやってこの必殺の間合いに? どれほどの達人? とミズキが驚愕していると。

 その清楚な姫武官は九尺の長槍「涯角槍」を繰り出すと、青龍偃月刀と蛇矛をその一本の槍を用いて同時に受け止めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る