後桃園結義-1

 ミズキこと劉秀一は、どこにでもいる普通の男子高校生。

 実家は、神戸元町商店街の豚まん屋。元町商店街は南京町(中華街)と隣接しているので、観光客が押し寄せてくる。おかげで、神戸最大のターミナル駅・三宮から南京町への移動ルートの入り口にあたるミズキの豚まん屋も繁盛するという寸法だった。南京町と元町の豚まん屋は、共存共栄、ウィン・ウィン。


 ただ、ミズキは、「ええか。シノギの本場・神戸では強くなければ生きていけへんのや」と豚まん屋の二階でブルース・リーを神と崇めつつ我流の道場を営む武術マニアの父親から、極真空手・ブラジリアン柔術・合気道・薩摩示現流などなどを一通り教え込まれてきた。


 しかし、大親分が目を光らせている極道の総本山・神戸にはむしろカタギ衆に手を出してくるヤクザ屋などおらず、ハロウィンになると子供たちにお菓子を配るありさまで、実は日本一治安がよかった。


 ミズキは「なんで今時、武術なんか……無駄だなあ」と父親の時代錯誤ぶりに呆れながらも、渋々付き合わされてきたというところ。

 そんなミズキの趣味は、いっさい身体を動かさないオンラインの歴史ゲーム。

 父親との「世代間断絶」はなかなか深刻なのである。


 ミズキは戦国も幕末も世界規模のゲームも好きだが、「三国志」をこよなく愛している。なにしろ神戸には南京町があるから、近くに関羽を祀る関帝廟もあったりする。ミズキの毎朝の散歩ルートは、異人館で有名な北野の北野天神、源平合戦の折に平家が陣を敷いた生田の森で知られる三宮の生田神社を経て下山手の関帝廟を辿るという、和洋中フルコースなのだ。


 ミズキには夢があった。「神戸三大三国志偉人」――もはや説明不要、言わずと知れた国民的三国志マンガ「三国志」を描いた伝説のマンガ家・横山光輝、元町で生まれ六甲山に暮らし正史をベースに曹操再評価のきっかけとなった小説「秘本三国志」を書いた台湾人作家の陳舜臣、そして今のところ席が空いているあと一人。この「あと一人」に俺はなる! と誓っていたのだ。

 とはいえ、マンガでは横山光輝御大にはかなわず、小説では陳舜臣御大にはかなわないので、「俺はゲームで行く!」と決めて勉強も部活もそこそこに日夜歴史ゲーム「三国BASARAオンライン」をやりこむ日々だった。


 夏休みのある日、その「三国BASARAオンライン」でミズキが世話になっている同盟「うさ耳野郎団」のオフ会が、横浜で開催された。ミズキは、バイト代を投入して神戸から横浜まで一泊二日の一人旅に出た。新幹線で新横浜駅に着いたら海も港もどこにもなく、駅の真裏が狸が住んでいそうな秘境だったので「なんてことだ。ここは群馬だったのか」と頭を抱えたが、そんなことはなかった。新横浜駅は横浜の中心部からはるかに離れた山奥の秘境駅なのだ。


 さらに苦難は続く。横浜駅に着かないJR横浜線に騙されたり、百年間魔改造が続いている横浜駅の迷宮で遭難したりしながら、ミズキはお土産の豚まんを持ってオフ会が開催される横浜中華街へ――。

 が、無念ッ……!

 ミズキが横浜中華街の指定の店に到着した時にはもう、オフ会は、終了していたっ!


「よ、横浜駅から中華街までこんなに距離があるなんて知らなかった。しかもその中華街が神戸じゃ考えられないくらい広いし、観光客でごったがえしていて歩く隙間もないぞ」


 せっかく横浜まで来たんだから……ミズキは中華街の中華食材店で、唐辛子を買った。最初はシウマイを買って帰ろうと思ったのだが、新幹線の車内でシウマイ弁当を開くのは少々勇気がいる。ミズキは超がつくほどの辛党である。そして、横浜の中華街では唐辛子が名物なのだ。ほんものの唐辛子はもちろん、唐辛子ストラップまで売っている。


「……って、待てよ? 神戸の南京町でもたくさん売ってるよな、唐辛子。やはりシウマイだったか?」


 だが、捨てる神あれば拾う神あり。


「その神戸名物『豚まん』の箱は……もしかして『うさ耳野郎団』の軍師将軍さん? ソウルネーム『温州蜜柑』さんか?」


「そういうきみは、崎陽軒のシウマイ弁当を抱えている! もしかして横浜在住・『うさ耳野郎団』の五虎大将軍のお一人、ソウルネーム『上杉謙信(姫武将)』さん!?」


「当たりだ! 温州蜜柑さん、遅刻しちまったのか。横浜は一見さんには魔境だからな~。まあ、まだ夕方だし、中華街に山下公園、ハマスタ、みなとみらいを案内してやるよ! 野郎同士でよければな」


「ネットではおっぱい、おっぱいと口を滑らせて女子にひんしゅくを買ってばかりなのに、実際会ってみるとなんて親切な人なんだ。上杉謙信(姫武将)さん、ありがとう!」


「く、口が滑るのは俺の癖なんだよ。悪気はないんだよ。考えるより先に喋っちゃうんだよな~」


「気にするな! おっぱいが嫌いな男子などいない! 俺も大好きだ!」


 明らかに彼女がいない組男子の、魂の叫びだった。

 うさ耳野郎団でともに戦ってきた同士「上杉謙信(姫武将)」は男子高校生で、ミズキと同い年。三国BASARAオンラインでも活躍しているが、そのソウルネームからわかるように戦国マニア。常に一言多く、同盟の腐女子陣には不評だが、さっぱりしていて野郎には好かれるタイプだ。功績を稼げる一騎駆けには目もくれず、地味~な防衛戦や殿、味方部隊の救援といった裏方仕事を好むという男の中の男。


 一方、「温州蜜柑」ことミズキは、軍師。戦場にあらかじめ落とし穴を掘ったり敵同盟を揺さぶるために流言飛語を流すという、さらに女子にモテない地味なポジションを務めている。なにしろこのゲーム、アクションバトル要素がないので武術スキルが生かせない。


 ともに女子にモテない役目とわかっていながらも中規模同盟「うさ耳野郎団」を支える裏方役として「戦場」という名の死線を潜ってきた二人は、たちまち意気投合した。


「俺は三国BASARAオンラインでは『温州蜜柑』だけど、本名は劉秀一。ミズキは、水木しげるの水木じゃなくて、劉備の劉と書くんだ」


「へえ。劉と書いて、リュウじゃなくミズキと読むのか? はじめて会ったぜ。源五郎丸、筒香くらい珍しいな!」


「これが実は日本の名字なんだよ。島根にしかない珍しい名字だ。うちの祖父は、島根から神戸に出てきたんだ。俺が三国志にはまったのも、神戸生まれだったこともあるけれど、たまたま『演義』の主人公の劉備と名字が同じだったから親近感があって、というのもあるんだ」


「そうかあ。羨ましいぜ……俺も名字が『織田』とか『豊臣』だったらなー。しかし日本人なのに『劉』だなんて、超レアだな。歴史マニア的にはチートだ。神名字だ」


「学校では四月になると先生からもリュウと誤読されて困るんだけど、まあ初見で正しく読めるわけないもんな。『三国志税』だな。ちなみに秀一という名前の由来は……母さんがガンダムファンで……最初は坊やだからって『餓瑠魔』と名付けようとしたらしいけど、父さんが止めたんだ……『劉餓瑠魔』じゃ画数が多すぎて俺がかわいそうだ、って……」


「……名前で苦労してるんだな。俺の本名は『上杉謙信(姫武将)』ではなく、相良良晴。字面が悪いが、まあ普通の名前だな。今は横浜で暮らしているけれど、先祖は九州出身なんだ」


「相良か。肥後人吉の相良氏と関係あるのかな?」


「いやあ、どうかな? 少なくとも直系じゃないな。聞いたことない」


 二人は中華街の中にある公園で横浜名物のシウマイと神戸名物の豚まんを交換し、茶を喫しながら、熱い戦国三国トークを繰り広げた。


「桃園結義は史実でもあったのかどうか」


「最近、中国で発見された曹操の墓はほんものかどうか」


「シンシンロンロンの人形劇三国志は今後、NHKで再放送されるかどうか」


「この頃、戦国三国ゲームの武将がどんどんイケメン化しているのかいかがなものか」


「っていうか、女キャラ多くね? 井伊直虎とかどこから発掘してきたんだよ」


「そもそも武将を全員女体化したゲームが増えてない?」


「昔から女性説が語られてきたのは、上杉謙信だけだよなー」


「なぜ関羽は女体化されると巨乳キャラになることが多いのか」


「女体化武将の武力とおっぱいの大きさには相関関係がある気がする」


 同盟のチャットルームと違って、他にメンバーがいない。二人の話はさらに女子にモテない方向へと突っ走り、そして、ついに衝突した。

 こゆい三国マニアと特濃の戦国マニアが出会った――「舌戦」でしょう。

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