1-28 キッズ達聞きなさい。これが大人の在り方です。

 意外に思われるかもしれないが、俺は授業中に騒ぐタイプではない。授業中はいつも真面目に板書をノートに取っており、声を出すのはグループワークか先生にあてられた時くらい。


 つまり、俺は優等生なんです。テストの点数はいつも赤点ギリギリだけど、授業態度だけは上田に匹敵するほどの優等生です。

 というのも、授業中に騒いで先生の評価を落としたくないのである。あと皆の前で先生に怒られたりするのも本当に大嫌い。


 中学生の頃は俺もよく怒られたなー。


 怒らない先生だからってヒソヒソ話が盛り上がり過ぎて授業妨害をしてしまったり。習字の時間に卑猥な文字を書いた半紙を投げつけられて投げ返したり。体育でやるバスケの練習がぬる過ぎて、運動できる奴で集まって先生の指示と全然違うことしてたり。


 そして学年主任の怖い先生に一人ずつ呼び出されて怒られる。

 先生に怒られている時の俺は「アイツが先に投げてきた」とか「俺は真面目にやっていたのにアイツが無理矢理誘ってきた」とずっと言い訳していた。


 もちろん、全部俺が悪い。周囲の環境がどうあれやってしまう俺が悪い。先生も「他の子に合わせてしまう君の心も弱いんだぞ」と言っていた。

 怒られた時はしっかり凹んで反省する俺であったが、時間が経つとまだ何か問題を起こす。授業中に騒ごうという誘惑を、断ち切れない自分がいた。


 そんな悪ガキ中坊の時舛に転機を与えてくれたのは恩師のミトシ先生である。


「君。洲屋高校行ったらどうや。人生変わると思うで」


 えー、なんでですか。洲屋高校って女子ばっかのとこじゃないですか。


「君みたいに他人に合わせるのが上手い子はね、いい環境に身を置いた方がいい。特に十代の頃って女子の方が大人やから、流されタイプの君は、悪い男子と絡むより賢い女子集団の中にいた方が絶対にお得」


 そうなんですか。でも俺、女子ばっかの所に行くの嫌なんですけど。


「そう? 先生も女子ばっかりの職場にいたことあるけど、慣れたら案外気にならんもんよ」


 俺はミトシ先生みたいに女子会に混ざってパンケーキ食べるとかできませんし。


「なんでやねん。そんなん君ならすぐ出来るようになる。心の中では『パンケーキなんて全部一緒やんけ』と思いつつ、表では『今まで食べた中で一番おいしー』ってリアクションすればいいだけや。そういうの得意やろ? 本心なんて誰にも言わんでええねんて」


 ふーんそうなのか。じゃあ洲屋高校に行ってみようかな。家も近いし進学校だし。


 というわけで俺は受験勉強を乗り切って洲屋高校に入った。そして、入学以後は友達関係がほぼ女子だけとなり、ミトシ先生のアドバイス通り、俺は問題児として先生に怒られることはなくなった。


 いい環境に身を置くと、自分もいい方向に変わってゆく。

 その通り。

 女子って同年代の男子に比べて大人だと思う。ヤンキーみたいに見える子でも、そうそう先生に反発しようとしないし、休み時間にうるさいことはあっても、授業中まで騒ごうとしない。もちろん習字の半紙に卑猥なことを書くこともないし、体育の先生の指示もグチグチいいながらもきちんと守る。


 俺は女子の中にいると自ずと優等生になった。先生達との関係も良好で嫌いな先生なんていない。なんなら、生徒も先生も含めこの学校の全員と友達になれる自信もある。パンケーキ食って女子のノリに合わせてリアクションするなんて、もう朝飯前でも出来ること。


 まったく女子環境万歳だな。飯食うにしてもゲームするにしても男子より女子相手の方がやりやすい。世の中全員女子になればいいのに。


 おや、おやや?


 何かアンチ湧いてる? 女子嫌いのアンチ湧いちゃってる?

 女子は人間関係が陰湿で悪口が酷いとか言っちゃってる? 女子は感情的にモノを考えるので面倒とか言っちゃってる?


 ふーん。女子は面倒とか言うのって、それってモテない男子の僻みじゃね?

 お前らがモテたことないからそう言うんじゃね?


 ははは、やっぱり俺はSNSやるべきじゃないわ。こんなん呟いてたらすぐ炎上するわ。

 はい炎上投稿いきまーす。心の毒を吐き捨てまーす。


 ぶっちゃけ女子と人間関係で揉めるのって楽しくね。色んな可愛い女子と訳アリのほうが人生楽しくね。←最低男。


 どれだけ女子の悪口が陰湿であろうとウザかろうと、ソイツのおっぱい揉んだことあるならどうでもよくね。誰とは言わんけどな。←最低男。


 ちなみに時舛は面白くてノリがよくて性格もいいイケメンですが、彼氏がいると解った瞬間冷たくなる男です。なのでもう北林さんとは喋りません。←最低男。


 だって変に彼氏持ちの女の子と仲良くなって、その彼氏と揉めるの嫌だし。殴られちゃうし。殴られると痛いし。そもそも時舛、他の男と争うほど真面目に女の子を愛する気持ちないし。←最低男。


 え何々? 誰か俺の心情に矢印つけて最低男ってコメントしてる人いる?

 困っちゃうなー。キッズはこれだから困る。


 キッズ達。よく聞きなさい。


 大人というのはね、他人に迷惑をかけるような争いに関わらない人のことを言うのです。先生に反発したり、授業中にバカ騒ぎしようとする幼稚な人種とは初めから関わらない。中高生の男子というのは一般に周りに迷惑をかけて騒ぐ人が多いのです。なので女子と友達になるほうがよいのです。


 そして人間関係はいつも楽しくー、楽しくエロくー、同姓の友達は田口とか上田とか頭いい人にしてー、異性の友達はたくさん作ってー。その中の一番気が強くて背の高い人を狙ってー、危うい関係になってー、秘密のことを作りまくりー、でも平穏な日常を演じるこのスリリングな感じがたまらんのですよ。


 てか、根本的な話でさ、女の子を抱いたことあるなら面倒とか言うはずがないんだよなー。ハハハ、君、女子と絡むの面倒なの? じゃあその子もらってくわ。可愛かったらね。←これは本当に最低男。


 でも時舛最低じゃないもーん。だってー、可愛くない子にブサイクとか言わないもーん。女の子はどんな見た目でもちゃんと守ってあげるしー、助けてあげるしー、テント組み立てるとき手伝ってあげるしー。ただ火遊びする時はお呼びではないというだけ。


 そんなわけで優等生時舛、午前中最後の授業の日本史を受けています。真面目にノート取ってます。律儀に三色ボールペン使い分けてます。


「あーそうや、お前達に言っておくことがある」


 板書をし終わった荒木先生が何かを言い始めました。荒木先生は五十代の男の先生で、ちょい髪の毛薄め。昭和のド根性教育を体現したかのような先生で、怒りだすと長いしねちっこい。そして独特の節と間延びした声で語るのが特徴。


「去年私の授業を受けていた人は知っとるやろうが、去年まで私は授業のノートを集めていた。それは君達の日頃の頑張りを評価し、もし真面目にノートを取っている人が、テストで、惜しくも六十点に届かなかった時に、ノートの頑張り分を加点して、補習から救ってあげようという、救済措置のためやった」


 荒木先生は定期的に授業ノートを集めるタイプ。ノートがちゃんと取れていればテ

ストの点数が悪い時に平常点を加点してくれる。なお真っ白のノートを提出しようものなら、荒木はとんでもなく怒る。ま俺はしっかりノートをとっているので関係ないけど。


「けど、この救済措置も今年からは止める」


 えなんで。ダメよ、俺みたいに赤点ギリギリをふよふよしてる人にとっては救済措置大事よ?


「どうしてかというと、去年私の授業を受けていた一年三組の生徒に、とんでもない、とんでもない、とんでもない者がおって、ソイツは教室の一番前の席で、授業中に、私の目の前で、関係ない本を読み続けおった。ノートも取らず、取れと言っても聞かず、本を読むのを止めろと言っても聞かず、ずっと本読み、舐めた口を聞き、ノートをとっても意味ないと言いおった」


 ふーん。そんな奴もいたもんだー。思春期の反骨精神こわー。ひろゆきに影響された系じゃん。絶対ひろゆきキッズじゃん。いや俺もあの人のユーチューブ見るの好きだけどさ、真に受けて誰かを論破してやろうとかは思わない。

 てか、荒木先生に反抗したのって誰だろう。去年の一年三組って誰がいたっけ。あ後藤のクラスか。じゃあ後藤じゃね。まそんなわけないか。アイツも授業中は真面目だし。


「だから、ノートはもう集めん。そんなこと言いよるんやったらもう集めん。その代わり、テストで六十点を切った奴は、容赦なく補習に回す。救済措置は、ない」


 どこか荒木先生は哀愁漂う雰囲気で窓の外を見つめる。春の風を受けて薄い髪の毛が舞っている。

 なんかしんみりした空気になっているので、俺は頭の中で楽しいことを考える。


 最近のマイブーム。なぞなぞ。ナゾナ・ゾロアスター。


 あの仮面女子の正体は宮奈藍子という生徒だった。今朝は五組の教室を爆笑させたっきりで、結局宮奈について何も解っていない。辛うじて解ったのは趣味が読書ってくらいだな。すごい分厚いの読んでたし。

 昼休みは田口と上田に話を聞き、宮奈の情報を集めようと思う。なぞなぞクラブについて。普段の宮奈の様子について。ナゾナ・ゾロアスターの評判について。


 そして放課後、もう一度宮奈と喋る。アイツの言う風紀覇道流をもっと知りたい。


「時舛、聞いとるか」


 む。あてられた。


「聞いてます。俺は加点がなくてもノートを取りますよ。荒木先生の板書写すの大好きですから」


 露骨な好感度稼ぎに走る。これは自他ともに認める八方美人の所業。時舛、年配の方にゴマをするのは大得意です。

 荒木先生は「ふふ」と目に皺を寄せて笑うと聞いてくる。


「時舛、お前のいい所は、どこか解るか?」


 なんか絡まれ始めたし。


「人の言うことを素直に聞くところです」


 パッと思いついたのを答えたが、荒木的には正解だったようだ。

 言葉の節にたっぷりと間を使う荒木節が、またべらべら舌を回し始める。


「そうだ。時舛、お前はいつも、不真面目で、本気を出さず、チャラチャラと鏡を見て生活し、怠けるのがカッコいいと思っている、そういう腑抜けた男子だが、お前は、人の言うことだけはキチンと聞く。だから、先生は、お前が社会に適応できるよう、一生懸命、指導しようと思うわけや」


 不真面目とかチャラチャラとか、なんか酷いことを言われているけど、これが荒木節です。この人ナチュラルに人を馬鹿にするところがあるから、よく生徒と喧嘩してるんだよなー。


 時舛はキッズではなく大人ですのでこんな風に言われても怒りません。『それって貴方の感想ですよね』とは返しません。華麗にスルーします。

 

 荒木先生ってもうすぐ六十歳のオッサンだし、髪をセットする若造はみなチャラ男に見えてしまうものだろう。

 そして、大人というのは子供のことを解ったようなフリをして話したがるもの。それをふんふんと真面目なフリをして聞いてあげるのが、子供たる我々の義務というもの。ひろゆきみたいに論破するのはエンターテイメントであって、実際するものではないのさ。


 ……しかし、新学期も始まったばかりのこの時期、まだクラスの雰囲気も何となく硬いし、荒木先生の若者イジリの与太話を聞いていたって何も楽しいことはないだろう。

 今は荒木の機嫌も悪くなさそうだし、俺は言ってみることにした。


「せんせーい。俺はチャラくないです。どちらかというと真面目系でやってます。クラスメイトもそう思っているはずです」


 荒木はたっぷりと間を置いた後、言う。


「お前、その髪でか~?」


 クスクスと笑い声。時舛、今日も王子様風パーマである。

 荒木は目に皺を寄せてニコニコとしながら、おもむろに指名する。


「田口、どう思う? アイツはチャラいのか?」

「チャラいっスね。チャラ男です」


 即答で面白い方に運びやがる田口。

 クスクスと笑い声。荒木は嬉しそうに教壇の端を行ったり来たりする。


「女子の意見も聞いとくか」


 そして再びおもむろに指名する。


「守本、どう思う?」


 俺の目の前の席が指された。守本は今年から同じクラスになった女子で、このクラスのボス。昨日ちょっとだけ絡んだ。なお俺がオススメしたリング系のピアスはしておりません。艶っぽい黒髪が輝くだけであります。

 これも即答でチャラ男って言われる流れかなって思ったけど。


「真面目だと思います」


 意外。堤とか後藤だと絶対にチャラ男と答えて面白い方向に運ぼうとするんだけど、守本は違った。授業中は真面目になるタイプなのかな。好感度アップ。


「ということは? 時舛は何男だ?」


 しかし荒木節が守本を攻める。


「えっと」

「チャ? チャラ?」

「チャラ男です」

「誘導尋問っ! 真面目と答えていたのに!」


 俺のツッコミで一笑い起こすと、荒木は満足そうに笑い、教壇の端を行ったり来たりする。うむ、俺も一笑い起こせて満足である。

 そして荒木節はまだまだ続く。


「時舛がチャラいかどうかは、まあいいとして、時舛や田口や守本は、人の言うことをよく聞く。だから、こういう風に構って、遊んでやる。指導もしてやる。でも、人の言うことを聞かない生徒は、もう指導しない。さすがの先生でも、教卓の目の前の席で、授業中もずっと本を読み、注意も聞かないような生徒は、もう面倒は見ない」


 ふーん、授業中も本を読み続ける生徒ね。しかも教卓の真ん前の席で。荒木先生の前でそんなことをやってのけるとは肝の据わる奴。今度後藤と話した時話題にしてみよーっと。あんま興味ないけど。


「だから、自分は先生の言うことをよく聞くという人は、今まで通りノートを提出してもよい。テストで六十点に満たなかった時、ノートの出来によっては、加点を考える。加点はいらないという人は、ださなくともよい」


 あよかった。救済措置あるんだ。赤点ギリギリの俺は一安心である。


「おい福原。聞いとるか」


 再びクスクスと笑い声。

 荒木先生は今度は福原に絡みだす。髪の色が明るかったり、メイクが濃かったりすると荒木節の格好の餌食だ。福原のリンゴみたいな髪がびくっと揺れると、キョロキョロと辺りを見回し始める。


「いや寝てませんよ。聞いてましたし」


 居眠り福原対荒木スタート。これも長くなるかなーと俺は頬杖をつき、残りの時間をボケーと過ごすのであった。

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