1-29 体育会系の堤 VS 不良の守本 ~二人の世界観の違い~ 

 さあ、荒木先生の長話はチャイムと同時に終わって昼休みになった。

 今日もいつもと同じように田口と上田と三人で食べようと思ったら。


「悪い。志賀さんに呼ばれた」


 田口は一言そう言って、ひゅーと教室を出て行った。田口の口からたまに出る志賀さんというのは、奴の上司的存在で文化委員会の委員長なのだとか。俺はあまり関わったことがない世界の人。

 田口がいなければ、昼食は上田と二人きり。宮奈の情報収集は上田にしよう。


「上田ぁん。今日は二人きりだぞい」


 と、気持ち悪くあの熱血父親系眼鏡にすり寄るも。


「悪い時舛。今日は生徒会の集まりがある。じゃ」

「え」


 弁当箱片手にすたすたと教室を出ていく上田。

 今日は男友達が両方いないという悲劇。ということは俺はぼっちである。

 新学期そうそうぼっち飯である。


 時舛さんは一人虚しくお弁当を広げ……って、そんなわけあるかーい。今日は守本グループに突撃じゃーい。堤から悪口言われとった安藤がどんなもんか、ワシが見定めちゃるでーい。

 見れば守本グループはいつメンで固まっている。リンゴ髪の福原と、運動できそうな島村。そして地下アイドルっぽい安藤。俺はそこに向かって。


「も――」


 守本の「も」まで言いかけ、止まった。廊下をトボトボと歩いている一人の男子生徒を見つけた。

 それは高橋君だった。今朝、俺が堤と喋るために席を譲ってもらった二年五組の男子。

 高橋君がトボトボと悲しそうに廊下を歩いていると、そこにうちのクラスの河本君が駆け寄る。河本君は高橋君を連れて一組の教室に戻ってくる。

 高橋君と目が合う俺。高橋君は覇気のない声で言ってくる。


「ハハハ。堤さんの圧が強すぎて逃げてきてしまったよ。時舛君、僕の席座る? 今は羽島さんが座ってるけど」


 ……ハネシー。堤の前に座りたいあまり高橋君をどかしたな。

 こんな光景を見てしまった後に、自分だけ楽しく守本グループにナンパなんてのはやりづらい。高橋君目が死んでるし。


 ま、今日は気分を変えて、普段はあまり目立たない大人しめの男子達とお昼ご飯を食べよう。せっかく同じクラスだし、それに河本君とは去年から一緒なわけだし、一緒に食べたって何も問題はない。


「河本君。俺も一緒にお昼させてくれ」


 河本君は一瞬「えー」みたいな反応で眉をひそめたが、俺が肘を小突くと「まイーゾー」と許してくれる。

 河本君というのはうちのクラスのちびっこいメガネ男子のことで、基本的にスマホゲーしてる人。クラスで何が起こっていようと、いつも無言かリアクション激薄。

 ぶっちゃけパッと見で解るほどのオタクなんだが、話してみると意外と流暢で、聞いたことにはきちんと答えてくれるいい人。そんな人柄もあってか、うちのクラスでは河本君グループがあって、坂下君と山口君もいつも一緒にいる。高橋君も友達らしい。


 そんな河本グループの末席に加わる俺だが、一瞬だけスマホ確認。ライン通知なし。おっけ。


「いつもの? 時舛君ソレいつもの顔確認ルーティーン?」


 高橋君がイジってくる。なんだ死にそうになっていると思ったら意外と元気じゃん。とりあえず高橋君のもじゃもじゃ髪にゴスっとげんこつを落としておく。高橋君はなぜか嬉しそうにしている。


「では、最近の洲屋高校の男女関係について、知っている所を順次報告せよ」


 このグループは俺が入ると人見知りが発動するので、俺が会話を回すしかない。さりとてオタク男子ズのメンタルは女子よりもずっと頑強なので、司会者は適当回しでよい。


「はい河本君から」

「えー、河村先輩と美条先輩が付き合っている」

「それ俺も知ってる。学校で一番有名な奴な。他」

「じゃあ堤さんと時舛君が去年」


 言いかける河本君にげんこつを落とす。河本君は「うわー」とすごく棒読みで薄いリアクションをとる。坂下君と山口君も控えめながら笑っている。

 まあそこそこ面白いグループである。男子からはフラットな情報が聞けるし、ゾロアスターこと宮奈藍子について聞いてみるのもいいかもと考えていたら。


「あれー、チャラ男がぼっち飯してるー」


 聴き馴染みの薄い声が俺を呼んでいた。

 さらーっと嫌な雰囲気、何が嫌な雰囲気かって、俺と一緒にいる河本君や高橋君がチャラ男の友達として人数にカウントされていないところである。

 とりあえず振り返って俺を呼ぶ女子の姿を見る。


 福原だった。教室の端っこでリンゴみたいな髪が笑っている。

 アイツめ、昨日の今日で、もう俺をイジれる身分になったつもりか。

 リアクションに困る俺達に向かって守本グループは次々と言葉を飛ばしてくる。


「そのグループでお前は歓迎されてないぞ」とスポーツできそうな島村女子。

「そこは違うと思う」と小さな声で地下アイドルっぽい安藤。

 ボスの守本は何も言わないが、隣でアホの福原がアホなことを叫んでいる。


「時舛そこ陰キャラゾーン! 君の友達じゃないから離れて離れて!」


 ひやり、教室の体感温度が二度下がった。実にクラスの半分以上が目を反らした。


 ……くそー、これが二年一組のトップグループか。堤バラエティーだけじゃなくて、守本バラエティーもコンプライアンスきわきわじゃねーかー。

 特に福原。お前だけはもう放送コードに引っかかっている。堤のバカは辛うじて笑いが起こっているから放送できるけど、お前のその言い方は空気が凍る。教室はいつも生放送だから編集でカットできないんだぞ。


 ――陰キャラ。


 今まで俺はあえて使わないようにしていた言葉だが、言っちゃえば河本君達はそういうグループである。あまり目立たず地味で、話しても面白くない人。教室にはいてもスタジオにはいないものと扱われる人。

 陰キャラという言葉を使っていいかどうかは時と場合による。自ら自虐的に言う人もいるけど、他人に対して使う時は注意が必要。普通に相手を傷つける場合もあるし、少なくとも皆がいるランチタイムに堂々と発するものではない。


 俺は男子達を一瞥する。やはり身を小さくして聞こえないふりをしている。

 俺は下がった温度を取り戻しに行く。


「いやいやいや、俺らみんな友達! どう見ても仲間! 特に河本君はガチ友やから。ね?」

「あ……うん」


 り、リアクション薄い。これじゃ全然温度が戻らない。


「河本君リアクションうっす」


 向こうグループのボスの守本がきつめのツッコミを入れてくる。守本はのしのしと大股で俺達に近づいてくるので、俺も少しビビる。守本は怯える男子達の前で言い放つ。


「河本君、坂下君、山口君、高橋君。こん中でホンマに時舛と飯食いたい奴、手上げろ」

「誰か手を挙げてっ。お願いっ」


 しかし無挙手。まあそうなるわな。守本は視線をずらしてゆくと高橋君で止まり一言。


「ってあれ、なんで高橋君おんの。五組やんな」


 全力の愛想笑いを作って答える高橋君


「いやいやいや、これにはいろいろ事情がありまして、邪魔だと言われれば出ていきますので」


 へりくだり過ぎる高橋君に俺が助け舟をだす。


「高橋君は堤の前の席。ハネシーに席とられた」


 守本は鼻で笑ってから言う。


「まいいわ、とりあえず時舛拉致ってくわ。みんな別にいいやろ?」


 どうぞどうぞどうぞ的なリアクションを返す河本君一行。

 で、守本に連行される俺である。


 ……はあ。こういう展開になってしまったか。まあ、俺があの河本君グループと飯食ってたら、多少は何か言われるかなとは思ったけど、まさかここまで露骨にやってくるとは。スクールカーストは残酷だな。


 俺はクラスの平和を乱した戦犯として、河本君一行にゴメンとアイコンタクトを送っておく。空気を読むのが上手い男子たちは頷いて解ってくれたと思う。しかし福原の視線が向いた瞬間ささっと俯いてしまうのが悲しい。他の女子達も俯き気味に食べている。

 冷えた温度はすぐには戻らない。


 しかし、こんなありふれたスクールカーストの一幕の中にも、俺は一つだけ、普通とは違う意外なことを発見した。それはさっきの守本の行動である。

 俺は守本グループの席につくと、すぐに言ってやる。


「今、俺の中で守本への好感度が上がったわ」


 気の強そうな尖り眉がすぐにらみ返してくる。


「え? なんで?」

「なんでも何も。守本ってカリスマ性あるわ。俺もきゅんとしたし」


 守本はぽかーんとして、他の女子三人に助けを求める。


「ちょーコイツ謎いんやけどー」

「優子いきなり好かれてるやん」

「相思相愛とか優子さんパないわー」

「ぱんぱかぱーん。カップル成立おめでとー」

「アホか。時舛が嫌がるからヤメロ」

「いや、俺も満更ではないよ。今俺がこの学校で二番目に気になってる女。それが守本」

「一番はアイツか。ナゾナ・ゾロアスターか」

「あそう。守本も知ってんの? そういえば昨日のショーで出てたよな」

「みんな聞いてー! 時舛が守本優子のこと二番目の女にするってー!」

「ちょお前」


 福原が雑に言いふらそうとし、守本がそれを押さえにかかる。ドタバタと暴れる二人と、それを見てゲララと笑う島村と安藤。

 このグループは守本の絶対王政というわけではなく、割と守本もイジられる側らしい。男子への当たりはきっついけど、上手く付き合えれば面白いグループかもしれない。


 さ、気持ちを切り替えて、今日はこの守本グループと交流を深めるとしよう。俺が覚悟を決めて、弁当の包みをほどこうとすると、


「時舛、堤から乗り換える気やん」


 ……福原。コイツは本当に調子乗りのアホの子だな。

 さすがにこの発言には島村と安藤も凍っている。守本もやべえって顔してる。

 さりとて俺は元カノを一度イジられた程度でキレる男でもない。


「福原。そこだけはNG。俺の前で簡単にその話題すんのダメー」


 それは俺としては最大限の警告であったが、


「はーい」


 福原はへらへらと答える。

 多分コイツ解ってないよなあ。というより地雷を踏んで人を怒らせるのが好きなんだろうな。

 今度こそ空気を入れ替えて明るく行こう。守本のこと気になるってのは本当だし、まずは守本のプロフィールでも聞いてみよう、と思ったら。


「――」


 ひゅんと、教室が静かになった。

 え? と思った。

 島村はバツの悪そうな感じで目を反らした。安藤が脚を組み替えて、触っていたスマホを机に置いた。アホの福原でさえ、無表情になった。


 あーやばい、俺も察した。今頃になってスマホがブーブーなりだした。電波の問題か知らんけど、時間差で着信するやつ。俺ずっと呼び出されてたのか。

 誰に。

 アイツに。

 守本だけが毅然としていた。毅然として奴と目を合わせていた。


「時舛、なんでソイツらと飯食うん? こっち来いよ」


 振り返った。教室のドアの傍に、堤がいた。堤の周りには五、六人ほど取り巻きが群がっていた。堤がいつも絡んでるツレ。ハネシー、梅っち、後藤、他数人。全員体育会系で、多分、二年で一番強い奴ら。

 その表情から察するに、絶対さっきの聞かれてたよな。


『時舛、堤から乗り換える気やん』


 本当に福原がいらんこと言った。

 教室の内と外で二つのグループの視線が混ざり合う。体感温度がぐんぐん下がっていく。さっきの福原の陰キャラ発言とは比にならないほど、教室が冷えあがる。これが本当にスタジオなら撮影中止。テロップもBGMもワイプもついていない、生の映像だけが教室の景色になっていく。


 その中で、守本だけが動いていた。立ち上がって、俺や福原を庇うようにしながら、言った。


「別にええやろ。時舛はお前のもんちゃうぞ」


 ……守本も確かに強い。この状況で中々言えるものではない。

 でも相手が悪い。堤ってホントに気が強いんだ。バスケ部で先輩とガチ喧嘩して退部してる。バドミントン部の練習後にフットサルして六分ハーフ×二を走り切っている。ツレの面子も大体そう。メインの部活の主力、兼部でフットサル。みんな運動神経抜群。堤が一年の頃にサッカーしようぜと言いだして、堤のために集まった連中。


 肉体的なパワーが有り余ってるんだよ。守本がいくらオシャレで髪の束感を作るのが上手くても、アイツらには勝てない。

 島村がやめとけって顔で守本のブレザーの裾を引っ張った。今思い出したけど、一年の頃後藤と喧嘩してテニス部辞めたのって島村だったっけ。


 で、その後藤はといえば。


「こっちには宮奈さんイマァァス! ジャァアスティスッ!」


 一発屋の芸人風にポーズを決めて何か叫んでいる。もちろん誰も笑わない。アレは笑わせようとは思ってなくて、この空気感をちゃかすのが好きなだけ。後藤の後ろにいる宮奈は、もといゾロアスターは、なんとも言えない無表情で俯いている。


 堤は後藤の馬鹿には付き合わない。そして守本の面子を保つのにも付き合わない。


「時舛か福原かどっちか寄越せや」


 まるでヤクザが落とし前をつけろと言うような物言いだった。

 守本が友達の福原を渡すわけがない。だから渡されるのは俺。でも大人しく引き渡したら、堤に負けを認めることになる。無編集で生の映像に、守本の負けが記録されてしまう。


 ここは守本の面子のためにも、俺が自分から堤のもとへ行くべきだろう。俺は立ち上がろうとしたが、守本に手で制されて止まる。


「ちょい口滑っただけやろ。人のこと寄越せとか言うの止めろ」


 そう言って守本は福原の頭をぽんと叩いた。


「すみませんでしたー」


 福原は棒読みだが一応謝る。

 無音が教室を舐めまわす。誰もが目を伏せる中で、堤と守本だけが目を合わせている。

 堤の目。小中と九年間サッカーを続けた俺は、この目をする奴をよく知っている。

 汗の跡が固く張り詰めたような頑丈な鼻筋。その上にある一切遊びのない眼光。どれほど理不尽な指導でも、表情を一切変えず体を動かし続ける心の強さ。それがどれほど苦痛でも、肉体が限界を迎えるまでギンと張る瞼。

 部活やスポーツクラブの顧問に怒られて育ってきた奴は、自分が怒る時もソレに似る。十年以上も本気でスポーツをやり続けてる奴は、自然、こういう目になる。


 対して守本の目は違った。


 守本って明らかにスポーツをやってる雰囲気じゃない。顔立ちが綺麗すぎる。皮膚は汗と無縁なほど柔らかく、体つきも運動歴を感じさせないほど華奢である。

 だが、歪なほど目だけが強い。

 目は抵抗の証だ。堤の目が肉体の限界に対して抵抗する目なら、守本って多分、特定の誰かを連想して抵抗する目だ。


 こういう目をする奴と絡んだことは、俺はあまりない。一度くらいしかない。中二の時同じクラスになった金髪の同級生。古い市営の団地に住んでて、片親なの。絡みにくいけど話せばいい奴で、でも争いごとになると絶対に譲らない。譲ったら譲った分だけ奪われる。それがずっと子供の頃から心に沁みついているから、自分の筋が通るならそれを張り続ける。


 たとえ肉体で負けていたとしても、目だけは負けず睨み続ける。スポーツの恐怖指導は大会の成績で報われても、家庭での恐怖指導は報われない方が多いから。

 そう、守本の目は家庭環境に恵まれない非行少年が大人に向けるのとよく似ている。


 何も言わないまま時間が経った。堤が先に守本から視線を外した。守本がそっと俺の背中を押した。行けの合図。俺は速攻でお弁当を纏めながら、守本と小声でやり取りを躱す。


「ごめん」

「お前が謝ることちゃうで」

「帰ってきたら俺の席ないとかやめてや」

「そこまでアホちゃうわ」


 俺は弁当片手に堤一行と合流する。

 みんなで歩き始めた瞬間、アホの後藤が守本グループに向かって中指を突き立てる。頭をひっぱたいてやろうと思ったけど、見れば向こうの福原も中指を立てている。そして守本に頭を引っ叩かれていた。なので俺もやっぱり後藤を引っ叩くことにした。男子が女子の髪を触るのはよくないので、おでこに強く優しくである。


「アホ」

「すみません、つい」


 素直な奴。可愛いのに中指なんて立てるんじゃありません。

 ともあれ俺は堤一行に混ざって歩き出す。堤に強引に連れてこられたであろう宮奈も、しっかりと一番後ろからついてきている。


 やがて一組の教室から十分に離れると、堤が言った。


「時舛、アイツらと絡むの止めてくれん。ケバいし、ウザい」

「確かにその気は感じる。けどまだウザいってほどじゃない」

「いや本気で」

「俺を本気にさせる女などいねえ」


 言いながらちょっと軽口が過ぎたかなと思った。怒らせたかもしれないと思って顔を覗くと、堤はふいと顔をそむける。


「……だって守本は執行部」


 その言葉の意味は、俺には解らなかった。

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