1-26 陰キャライジり有りの堤バラエティー2


 ――オンリーワンじゃなくてただの陰キャやん! 陰キャの名前とか覚えんやん!


 こんな風に堤バラエティーでは、とにかく堤の圧が強い。会話に関わってない目立たない男子達も容赦なくネタにして笑い、俺がそれにツッコんでフォローする。

 つまり、堤バラエティーは他人に迷惑をかけるコンプライアンスすれすれのグループなんです。


 ……高橋君、量産型とか陰キャ言わせてマジすまん。本当に申し訳ない。みんな嫌だよね、こんな人たちが教室で騒いでたら。早く出て行くから許してね。堤にも嫌なイジリ方しないように注意しとくから。


 はぁ。心の溜め息が漏れる。

 そんな俺の心労はいざ知らず、堤は会話を回し始める。


「てかさー、時舛のクラスいっつも笑い声聞こえてくるんやけど、なんなん。何を笑ってんの?」

 

 ぼやーっとしながら適当に答える。

 

「え? いつの話? 俺ら笑ってる?」

「昨日とか、昼休み騒いでたやん」

「あー昨日は守本がー、いっでえっ! また暴力! ハチに刺されたみたいな痛み!」


 堤に二の腕あたりの肉を抓られる。油断した。堤と守本の間に若干の確執があるのは知ってたが、守本の名を出した瞬間これである。

 皆笑ってくれてはいるが、そろそろ一人でリアクション芸をするのはしんどいので助けを求める。


「田口、上田、助けてくれー」


 無駄だと分かっていても手を伸ばす。一緒に来たはずの男友達は遠くの別グループの女子と絡んでる。あっちはみんな頭よさそーな女子である。いいなー、俺もあっちグループと絡みてー。

 む。いや、ひょっとしてあの中にゾロアスターいんのか。

 首を伸ばして様子を伺うも、俺の視線に反応する女子はいない。なんか真剣に話しておられる。上田も田口もこっちには来てくれそうにない。

 伸ばした手はスッと堤に下ろされて、冷静に諭される。


「やめとけ時舛。アイツらはアイツらの世界があるから」

「それな。最近すっげえ感じるわ」

「やろ? 田口とかやばない? ニュースメディア研究会やで」

「解る。名前が如何わしいよな。まだ新聞部の方がよかった」

「やんな? なんたら研究会は如何わしいよな。もしも田口が髪伸ばし始めたら、私本気で止めようと思ってる」

「なんで?」

「だって、ニュースメディア研究会の会長がロン毛やったら、それはもう危険人物やん。よからぬ思想抱いてる奴やん」

「はははっ、偏見強いけどギリ解るわ」


 笑う。堤のこういう感性は好き。ニュースメディア研究会って名前は如何わしい。確かに田口はロン毛ではあってほしくない。


「時舛君、橋口さんとは喋ってるんー?」


 唐突にハネシーから話題が振られた。ハネシーが自分から言いだすのは珍しい。


「え? まあまあ喋ってるけど、なんで?」

「えー別にー」


 ハネシーの言う橋口さんとは、いわゆるハシグッチのことで一組の頭いいグループの女子。昨日俺のことを左翼でも右翼でもなく色欲とか言って笑ってたあの子。

 ハネシーとハシグッチって何か交流あるんだろうか。視線を横に流すと、梅っちがスマホを触りながらその辺の事情を教えてくれる。


「ハネシーとハシグッチは因縁あるよ」

「何それ。めっちゃ気になる」

「去年の球技大会でバレーボールあったやん?」

「あー。体育館競技の方ね」

「そう。で、経験者はアタック禁止ってルールやったんやけど、それを決勝戦でハネシーが無視してアタックしまくって、でも相手チームにハシグッチがいて全部レシーブされたっていう」


 それは笑う。因縁が可愛すぎる。ハネシーは元バレーボール部だし、ハシグッチも中学はバレーボール部だっけか。


「その時の実況が丹波さんと美条さんで、『ナイスでハシグッチ』っていう名言が生まれた」

「あソレの語源そこなん。確かにナイスでハシグッチって皆言ってるわ」

「もー、ナイスでハシグッチじゃないしー。私は盛り上げるためにわざと経験者の人に、スパイク打ってただけやのにー、私めっちゃ悪者扱いされたしー」


 言いながら堤に抱き着くハネシー。頭をポムポムしながら答える堤。


「確かにあんときはハネシーのおかげで盛り上がった。やっぱスポーツに悪役は必要やわ」


 ハネシーは幸せそうに堤にくっついている。同じクラスになれて毎日楽しいだろうな。一年の当初は堤とハネシーこそ犬猿の仲だったのだが、今では仲良くなったものだ。


「時舛君。橋口さんと話す時、ハネシー株は下げといてもいいよー。いつか私やり返すからー」

「解った。ライバル感煽っとく」

「ゴメン時舛。でも堤株の方は上げといて」

「え? 堤はなんで?」

「いや単純に私はハシグッチおらんかったら生徒会でやっていけへん。マジで孤立する」


 納得。こう見えて堤は生徒会所属である。ハシグッチも生徒会所属だから、そこの関係は大事らしい。


「解った。ハネシー株は下げて、堤株は上げるのね。むずいな。大体お前らの評価って連動してるからその為替操作むずいぞ」

「もー、堤ー。生徒会には上田君おるやろー。上田君に頼りーやー」

「ゴメンハネシー。上田は頼れるんやけど、アイツは基本的に南原さんの犬やねん。くそー、南原の犬ー!」


 堤は適当に叫んでいるがもう一人の生徒会役員、我が男友達の上田は全く気付く気配がない。向こうは向こうで談笑している。


「ぜんっぜん聞こえてないわ」

「アイツら真剣やもん」


 はははーと笑い合う。

 あー、穏やかな時間だ。ずっとこういう誰も傷付けない雑談が続けばいいのにー。次は何の話するー? そうそう球技大会といえばさー、今年の各クラスの運動神経勢力図とか考えてみようぜー。五組最強じゃねー。運動部多くねー。

 と俺から、楽しい話題を振ろうとした矢先、堤が流れを切って一言。


「で。こんな感じで田口と上田に無視されるから、時舛は守本に絡んでんの?」


 ……唐突に来やがったな。この質問への答え方はムズいぞ。

 堤と守本が仲悪いの知ってる。ハネシーとハシグッチの関係はネタで言ってるだけだろうが、守本との因縁はガチである。ハネシーの眼光がキツイ。もちろん堤もキツイ。梅っちはスマホ触りながら、答え方を間違うなよと俺に釘をさしている。


 解っているさ。俺も堤グループの一員、こんなことで失敗はしないぜ。

 俺は一瞬であらゆる可能性を検討して、一番当たり障りのないものを選ぶ。


「絡んでるってほどじゃないけど、昨日ちょい喋った。こっちのグループとは雰囲気違うよな」


 堤がしれっと口にする。


「解る。あの辺の面子ってさ、嫌いじゃないけどなんか苦手」

「そうなん?」

「ぶっちゃけ安藤が無理。生理的に無理」


 さあ始まりました。堤大将が別グループの女子の悪口を言い始めました。取り巻き達による共感が瞬く間に始まります。

 ハネシーが冷たい声で聴く。


「安藤て誰ー?」


 堤がその特徴を答える。


「肌白くて、髪つるーんってなってて、唇赤くて、いっつも緩いカーディガン着てる」


 梅っちがスマホを見ながら悪い表現をする。


「ああ。あの地下アイドルみたいな奴か。メンヘラっぽいよな」


 俺も安藤のことを思い出す。うちのクラスの安藤って確か、細くて華奢で赤いリップの姫カット。ゆるゆるのカーディガンをいつも着ていて、福原や守本とよく一緒にいる奴。メンヘラかどうかは知らんが、確かに地下アイドルっぽい見た目。俺はまだ話したことすらないので、安藤に対して感情をもったことがない。


「アイツ異常に肌白いし細いし見てて不健康やねんて」

「解るー。私も好きじゃなーい。腕も脚もすぐ折れそうやもーん」

「やろ? 梅田もそんな交流ないやろ? アイツ昼飯ランチパック一枚しか食わんで」

「いや交流はないけど、なんで堤そんなん知ってんの?」

「え、これは私の偏見。なんか異常に細い奴ってランチパックのイメージない?」

「ふふっ、偏見かい。でもわかるわ。いちごジャム味やろ? ネタじゃなくてマジで一枚しか食わん奴」

「それ。そのせいで明らかに不健康やのに、その不健康さを自分で可愛いと思ってるのが無理」


 女子の中で、別グループの女子の悪口は言うのはよくあること。

 こういう場における男子の役割って冗談を言うことだと思う。こんな感じ。


「ふーん。じゃ俺安藤と仲良くなるわ。堤避けのお守りとして、って、いっでえ!」


 堤に首を絞められる。そのままグワングワンと強請られる。大袈裟にリアクションをとりながら、解放された時に一言。


「堤、お前の暴力芸は日に日に雑になってる!」


 こうすることで悪口も一つの件として笑いになる。話題も安藤の悪口から俺をイジる方に移り変わる。


「ええて。時舛、お前は男子にもハシグッチにも守本にも相手にされず、一組ではぼっちでいとけ」

「ぼっちじゃねえし。俺にはまだ河本君がいるし」

「お前すぐ陰キャの男子を出すな。そこと絡んでも実質ぼっちと同じじゃ」

「酷いーっ」


 相変わらず目立たない男子をナチュラルに見下す堤である。学校ってやーね。どんな話題でもすぐ心が痛くなる。


 さてゾロアスターも見つからんし、堤バラエティーでの役割はきっちりこなしたし、そろそろゲストは帰り時だろう。俺は「じゃあ行くわー」と言って席を立ちあがった。


「こら行くな。時舛が行ったらつまらんやろ」


 しかし堤に腕を掴まれ座らされる。ぎゃーぎゃーと騒ぎ帰る帰らないで押し問答。ほんと馬鹿な高校生って感じ。チャイムギリギリまで帰れないパターンだろうか。

 半ば諦めてもう一度高橋君の席に腰を落ち着ける。なにか人の気配を感じたので、ふと廊下を見てみる。


 するとそこに奴がいた。

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