1-25 陰キャライジり有りの堤バラエティー1
でやってきた先が、二年五組の教室である。
……つー、五組か。確かに、ゾロアスターの正体が五組の生徒だと解っていれば、コッチの元カノに電話していたかもしれない。厄介だなー。この教室には簡単に入りたくないんだよなー。二人きりで会うならいいんだけどさー。
くそー、早くゾロアスターに会いたいところだけど、ちょくら優先順位変更。ゾロアスターは後回し。
「ちょい待ってて」
気軽に教室に入っていこうとする男友達を呼び止める。
朝、始業前の教室。チャイムまで二十分以上はある。廊下の人気は少ない。コソコソと廊下の壁に向かってスマホ取り出し。手鏡アプリ起動。顔確認ルーティーン開始。鼻おっけ、唇おっけ、眉おっけ、鼻の中もおっけ、前髪調整必要あり。イジイジ、相変わらずイケメン、でもこの教室に入るからには、極力ベストな状態を作り出したい。髪の毛イジイジ。
「ええて。なぞなぞ仮面に会うのに髪直さんでええて」
スマホ鏡を見たまま答える。
「ちげえよ。ゾロアスターじゃなくて、このクラスはアイツおんねん、ちょっとは見た目気にすんねん」
「アイツて誰? 後藤?」
「聞くな聞くな。解り切ったことを聞くな」
……ん? ってコレ男子の声じゃなくね? 俺誰と喋ってんの?
俺は振り返った。
「あ」
堤、いた。元カノ二号いた。
「やべっみたいな顔すんな、おら」
「あっだ! 暴力! また暴力!」
「うるせえパーマン」
「あだぁっ! 髪が! せっかく整えたのに!」
「那須川天心」
「いっ! お前それはローキック! 朝からキックはダメですて!」
「昨日ユーチューブで格闘技見ててさー、やっぱ格闘技っておもろいよなー」
「俺で技を試すなっ、いで、いっでっ!」
と出合い頭からコンプライアンスギリギリの暴力芸をふっかけてくるのは、堤有菜。
絶賛俺と微妙な関係にある人です。昨日の昼休みにラインでやり取りして会おうとしてた人です。
この方はバドミントン部に入っておらまして、部内では二年ながらも一番上手いエース。顔立ちもキリっと整ってて可愛くて、もちろん高身長のアスリート体型で、時舛のめちゃめちゃタイプの女の子です。
しかし、最近はあまり会いたくないのです。訳ありだからです。
どういう訳ありかというと、この堤という女子はこれだけ可愛くて運動神経がよくて、体育の体力テストで毎回学年一位を争っているスポーツエリートなのに、人間関係の敵がすごく多いのです。
ぶっちゃけた話、堤は元々いたバスケ部から追い出された系です。純粋なバドミントン部エースではなく、訳ありエースなのです。
……そんな感じで、俺ともまた純粋なお友達というわけではない。
「時舛、お前昨日また約束すっぽかしたやろ。昼休み会おうって言ったのに、この」
「ごめんごめんごめん。アレは上田と田口が悪いんやって。俺めっちゃ用意してたのに、あいつらふざけるから」
「元はお前やろ。何、池谷って。なんで付き合ってもないのにお前とのツーショット見せびらかすねん」
「悪い。もうその騒動は収めたから。許してくれ、ひゅるるるる」
「かわいこぶるな」
「あっぶ! おま、膝蹴り! 同級生に膝蹴りぃ!?」
「下向いて防御する奴には膝蹴りが効くって朝倉未来が」
「お前しっかり格闘技チャンネル見てるよな!」
「最近ハマってるもん。でさー、今度のフットサルの練習日にちょっとだけミット打ちとかせん? 格闘家気分味わいたい」
「あ。それはいいよ。俺もミット打ちしてみたい。てか梅っちが経験者やん。教えてもらおうや」
「マジで? 梅田が?」
「うん。キックボクシングやってたって言ってた」
「マジか。ちょ、はよいこ。梅田おるから」
自然な会話の流れで堤に手を引かれ二年五組教室の中にイン。
すると早速教室のヤンチャそうな集団から反応が返ってくる。
「うーわ堤が男子と手繋いどる! 男子と手繋いで教室入ってきよった!」
堤はパッと俺から手を放しのしのしとその集団に歩いてゆき。
「お前殺すぞ」
「げっふぉ!」
一人の頭をぶっぱたく。その暴力芸でゲラゲラと集団が笑う。
今しばかれたのが梅田である。短めの茶髪がよく似合うチャラい女子で、俺と堤が主宰するフットサル同好会の仲間。また堤の部活サボり仲間でもあって、堤が「来い」と言ったら大体の予定をキャンセルしてくる奴。おかげで梅田の本業の陸上部ではもはや幽霊部員扱いなのだとか。
早い話が、梅田とは堤の取り巻きその一である。
堤が自分の席にカバンを降ろすと、自然とその周りに人が集まり会話が始まる。
「梅田。お前キックボクシングやってたん?」
「え? やってないし、やったこともないし、なんで?」
「いや時舛が梅田がキックボクシングやってたって」
「ないないない。こわっ、私勝手に格闘技経験者にされてる」
なんか俺の情報間違ってたっぽいので会話に参加。
「アレ? 梅っちこないだ昔キックボクシングやってたって言ってなかった?」
「え、それ私の親父の話じゃなくて?」
「そやっけ?」
俺の間違いと解るや否や、ガンガンと俺を責めてくる堤。
「時舛お前全然人の話聞いてないな! どうせ梅田が話してる時も別の女とラインしてたやろ!」
「ごめ、違うって! 俺の中で梅っちへの偏見が。大阪出身やから喧嘩強そうっていう偏見があって!」
釈明する俺に梅っちさんが一言。
「時舛、偏見以前に私大阪出身じゃないからな」
「え」
ふー。これは暴力芸の流れかなー。怖いなー。殴られるのやだなー。
「梅田、殴っていいよコイツのこと」
「よーし。やるかー」
「まてまてまって、朝から俺暴力ふられ過ぎ、まって梅っちのパンチは怖い、優しく優しく」
もちろん梅っちには男女の距離感を守る良識があるので、本気のパンチは放たれず、お腹に軽く触れくくらいのジャブがくる。
そこですかさず堤が割って入る。こっちは容赦なく俺の身体に触ってきて膝蹴りの流れ。
「みんな見てて。相手の首掴んで、自分の懐に引き込むようにこう」
「あっぶ! 堤それは膝蹴り! それはアカン奴やぞお前!」
「おー、堤うまいな。なんか様になってるわ」
「やろ?」
「梅っち! 冷静に見んといて! 堤のこと止めて!」
「那須川天心」
「いっで! ローキック! ローキックみんな見た!? この暴力やばない!? 俺イジメられてない!?」
相変わらずの暴力芸で皆笑う。俺もリアクションを高めにとっているので笑い声も増し増しである。
「あれーなんで時舛君いるんー?」
とここで堤グループのもう一人のキーパーソンが登場。このおっとりとした関西弁。一見おしとやかで優しい女子だと思うだろうが、もちろんそんなことはない。
「ハネシー。なんか時舛が廊下でクネクネしてたから連れてきた」
「へー。くねくねー? あ時舛君、堤に蹴られるために準備体操してたんー?」
「そうそうそう、俺ローキックされても怪我せんように準備体操しててー、ってそんなわけあるかぁい」
俺はバカらしいほどのノリツッコミをした。ハネシーがきゃふふーと笑った。
ハネシーとは早い話が堤の取り巻きその二である。時舛イジリの空気を感じ取るとすぐに加担してくるタイプの奴である。
さあ堤バラエティーのいつメンが揃いましたので、よってたかっての時舛イジりが始まります。
「あそういうことか。時舛よくスマホを見てクネクネしてるけど、あれ堤に蹴られるためのストレッチやったんやな」
「梅っち、納得せんでええて。このグループはお前が最後の良心やぞ」
「私も時舛君のクネクネ好きー。あれ見たら『いつものキター』って思うもーん」
「ハネシー、『いつもの』言うな。人の顔セットを恒例化しない」
「あと全然かわってないのに最後ドヤ顔してて笑う」
「悪口! 梅っちそれはもう俺への悪口!」
「堤ー、私だけ膝蹴り見てなかったからもっかい見せてー」
「ハネシー黒いぞ! お前の俺に対するイジりはいっつも黒い!」
きゃふふーと笑いながら堤の後ろに隠れるハネシー。堤に頭をポムポムされて喜ぶハネシー。
ハネシーとはすなわち、堤大好き少女である。
どのくらい大好きかって、元々ハネシーはバレーボール部だったのに堤と一緒にバドミントン部へ転部するほどである。どこへ行くにも堤と一緒の奴である。
そしてハネシーの一番厄介な所は。
「でもホンマは時舛君、堤に会うために髪セットしてたんやろー?」
こういう所である。
「ハネシー。口を塞ぐんだ。そういうことは軽々と言ってはいけないんだ」
相変わらずきゃふふーと笑って堤の後ろへと逃げ隠れるハネシー。
ハネシーは堤と俺の関係を盛り上げるため、俺に対して『実は堤のことが好きな純情男子』というキャラ付けをしてイジってくる。そのキャラ付けで来られると俺は何も返せず、まさか『なんで俺が堤のために髪セットすんねん』とも言えず、ハネシーに押し付けられた純情男子キャラを演じざるを得ない。堤からしてみれば『ふーん図星なんや』という心境になってご満悦なのである。
そして俺だけが図星を突かれて恥ずかしいみたいな空気。梅っちに「顔赤っ」と茶化され更に分が悪くなり、堤の「まあまあそこ座りや」の一言で空気が収集する。
心を落ち着けながら、誰とも知らない席に着席する俺。
「って、ええと、ここ誰の席?」
聞く。知らない人の席に座るのは少し気が悪い。堤がしれっと答える。
「え? 知らん」
「おいおい堤、前の席の奴くらい把握しとけ」
「時舛君、何勝手に人の席座ってんのー。そういうのアカンでー。イジメやでー」
「ハネスィー、そういう君は誰の机に座っているのかな」
「え? さあ? はははっ」
ハネシー、コイツ……。
ともあれ俺はこういう時は筋を通したいタイプなので、席を貸してくれた人に一言お礼を言っておきたい。
新学期なのでおそらく席順は名前の順のままだから、堤の前の席に座るのは五十音的に「つ」の前に来る人。辺りをキョロキョロとしていると、すぐに見当たった。
近くの男子グループの中で一人、気まずそうにこっちを見ている人がいる。微妙に知り合いなので名前は知っていた。
「高橋君ゴメン」
もじゃっとした髪の高橋君にジェスチャーを送る。向こうも指でオッケーサインを返してくれた。
堤はそんな気のいい高橋君には見向きもせず俺にツッコミを入れてくる。
「時舛、お前はすぐ人気取りに走る! 隙あらば八方美人する!」
「いや! いいやん! 人気取りとか考えてないから!」
更にそこにハネシーが乗っかる。
「時舛君。その層の人気とっても意味ないと思うよー」
「だからハネシーは黒い! 言うことが全部黒い!」
そして梅っちも当然と乗っかる。
「アカン。私もう何君か忘れたわ」
「梅っち! 君だけは常識人であってくれ!」
最後は大将の堤。
「時舛! お前の八方美人の方が異常やから! あの量産型男子の名前覚えてる方がおかしいねんて!」
「量産型とか言わないの! みんな個性があってオンリーワンなの!」
そして堤はスクールカースト頂点として、言ってはならないことを言う。
「オンリーワンじゃなくてただの陰キャやん! 陰キャの名前とか覚えんやん!」
堤一派、爆笑。俺が精一杯のフォローで「お前それは悪いぞ!」ってツッコむものの爆笑。
……さて皆、そろそろ察しがついただろうか。堤バラエティーのノリってやつに。
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