1-24 洲屋高校一の芸人はゾロアスターか、それとも俺か

 その翌日である。

 俺はまたしても朝からばっちりと髪をセットしていた。地味に辛口評論家の池谷にカッコいいと言われたのが嬉しく、少女漫画の王子様風パーマを続投。

 母親と適当な会話をしながらアイロンを巻き、時間ギリギリに起きてくる妹をおちょくる。

 そして、いつものように朝食をとったら、ミラクルを起こす男の必需品ハンカチを持って、レッツ登校。


 通学路で知ってる奴とテキトーに絡みながら歩く。今日の俺はさほどテンションが高くないので、撮影会などはせずさっさと教室へ。

 すると、教室につくやいなや、あの強面の男に詰め寄られる。


「聞いたぞ時舛、お前ついにやったらしいな」


 俺の数少ない男友達の一人。新聞部、ではなくニュースメディア研究会とかいう更に如何わしいクラブの新人教育担当、田口であった。

 田口はえらいニヤケ面で聞いてくるも、俺は身に覚えがないので素で答える。


「え? 何? 俺なんかやったっけ?」


 ひょっとして北林さんをナンパしたことだろうか。

 あの人マジで美人だから仕方なくね。今朝も校門らへんで見かけて目で追いかけてたけど、気が付いてもらえなかったぞ。


「ナゾナ・ゾロアスターだよ。お前ら、遂に出会ったんだろ。これは運命の出会いだ」


 何かと思えば例の仮面女子のことだった。

 田口がこのタイミングで話題にあげるということは、昨日のなぞなぞイリュージョンショーの大盛況を知っているのであろう。ニュースメディア研究会というだけあって、田口は学校中の行事やイベントに詳しい。俺がそのショーを最前列で観覧していたことも知っているに違いない。

 とはいえ、ゾロアスターの話題は俺の中でもかなりセンシティブな問題だし、慎重に答えたい。


「ああ、ゾロアスターね。はいはい、確かにゾロアスターには出会ったし、昨日のイリュージョンショーも見てた。結論、アイツけっこうやる」

「なぁによ淡泊に答えちゃって。ホントはもっと気になってる癖にぃ」

「ちょっとコメントを差し控えたい」

「へいへいへーい。時舛へーい。この学校で一番の芸人は時舛じゃなくて、ナゾナ・ゾロアスターかもしれねえぜー、へーい」


 うぜえ絡み方しやがるぜ。


「ほら、上田の方見てみ」


 田口の指さす方を見る。

 すると教室の一番前の席に座っていたもう一人の男友達、熱血真面目系学級委員長の上田が、タイミングを図ったように言い始める。


「えー、僕は新郎の時舛君とはー、小学校時代からの友人で、初めて会ったのは小学生の塾教室の時ですが」

「結婚式! もうスピーチの練習してる!」


 俺がつっこんでゲララと笑う。俺とゾロアスターの出会いって、結婚式ネタを仕込みたくなるくらい重大なことらしい。

 で、上田も会話に混ざって一言。


「時舛には悪いが、今この学校で一番面白いのはナゾナ・ゾロアスターかもしれんな。実は僕達も一度生徒会主催の懇親会に彼女を呼んだことがあるが、その時も滋賀県の市区町村を全部言うネタで爆笑をかっさらっていた」


 田口が更に乗せてくる。


「そうだよなー。一番面白いのはナゾナ・ゾロアスターだよなー。どこでも大爆笑かっさらうもんなー、アイツ」


 まったく二人とも俺の性格を解ってて煽ってきやがる。こうまで言われると、俺もシラを切ることはできず、折れざるを得ない。


「解った、解った、白状するよ。ゾロアスターはやべえよ。あんな奴この学校に存在しちゃダメだよ。マジで、お前らが想像してる以上に俺ショックを受けてるよ」


 うぇーいみたいな反応のニヤケ面が二人。

 くそ、完全に下に見られているので、笑わせてやりたい。


「俺がどんくらいショック受けてるか言ったろか」


 わざわざ自分でフリを作る。胸に手をあてて言う。


「昨日、俺自分から元カノに電話して、夜中三時までゾロアスターについて話してたよ」


 二人とも爆笑である。俺も笑いたい気分である。池谷と電話してもいいことはないと解ってはいたのだが、昨日はゾロアスターに悶々としすぎて電話しちまったのである。

 田口が小声で聞いてくる。


「確認するけどさ、元カノてどっち? こっち? あっち?」

「こっちなわけないやん。あっちや」

「解らん解らん。お前の感情の振り先は解らん」

「え? いやいや、この手の話題は絶対あっちやん。池谷って結構、お笑いとか演劇とかに関してはまともに話せるし」


 いまいちピンと来ていない様子の田口。何かを察して聞いてくる上田。


「あ時舛、ひょっとしてゾロアスターの正体を知らない」


 普通に頷く俺。


「え? なに? 二人ともゾロアスターの正体知ってんの? 周知の事実なん?」


 再び二人とも爆笑。なんで知らねえんだみたいな。

 マジか、正体を知らなかったの俺だけか。まあゾロアスター有名人っぽいし、あんなけ注目浴びてりゃ正体割れるわな。


「とりあえず行こうぜー。ゾロアスターのとこー」

「時舛の将来の結婚相手かもしれんしな。はっはっは」


 とそんな感じで、男友達二人に乗せられて、朝っぱらからゾロアスターに会いに行く流れになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る