1-22 辛口レビュー美少女池谷、実はただのメンヘラでした
「あのショーは徹頭徹尾ナゾナ・ゾロアスターの我を見せつけられただけだった。いい意味でも悪い意味でも、ナゾナ・ゾロアスターの我でした。六十点。ゾロアスターの単独ライブなら百点ですが、なぞなぞクラブの部員募集ショーとしては六十点です」
辛口レビュー終わり。何だか俺もしゅんとしてしまう。
池谷は階段の上から不機嫌面でこっちを睨んでいる。なんか言いたいことあるなら言えよと、顎をクイクイと動かしている。
……時舛、レビューとか批判は、あまり得意じゃない。頭の中では考えることが出来ても、実際にそれを口にするのは、すごく苦手だ。相手の視線が怖いし、口論になってしまうかもしれないからだ
でも、言われっぱなしというのも体に悪い。ここは何とかゾロアスターの味方をしたい。
俺は話し始める。
「演者として、我があるっていうのは、いいことでもある。有名人の俺を使って内輪ネタをしなかったことは、そう、何よりも評価できる」
「それで?」
食い気味に聞いてくる池谷に、俺は答える。
「予め暖められたイージーな舞台なんて学校の中でしか通じない。そんなものはクラスメイトがやりたがるバラエティー番組かユーチューブの延長だ。洲屋忍者流の原点は、学校の中の笑いから離れて、どこでも通じる笑いを、自分の手で一から作り上げることにある」
「……」
「ゾロアスターはそれを忠実に実践した。あのショーならどこでやっても笑いになる。ゾロアスターに憧れて、なぞなぞクラブに入りたいと思う人は必ずいる。百点、星五つ、ゾロアスター大好き」
時舛レビュー終わり。池谷に視線を投げ返す。
「でも実際に部員は入らない。新入生は自分にもアレと同じことが出来ると思えないから」
池谷はばっさりと俺の結論を斬って、強い口調で言う。
「洲屋忍者流の原点は自然体での笑いです。学校やコミュニティーの中で押し付けられたキャラから離れ、舞台の上で孤独となる。孤独の中で自分自身と向かい合い、ありのままにキャラクターを模索して、自分自身の笑いの形を作り上げる。だから、舞台が成功し自分のキャラが成長したと感じる時は、本当の自分も同じように成長しているはずです。それは逆も然り。自分自身の成長がキャラの成長となることもある。洲屋忍者流においてキャラと自分は一心同体でなければなりません。私達の先輩が高齢になっても洲屋忍者を名乗り続けるのは、キャラと自分が共に成長しているからです」
洲屋忍者流の解釈の違い。同じ流派でも、池谷は自然体であることに拘る。本来の自分とかけ離れ過ぎたキャラを池谷は認めない。
言っていることはよく理解できる。ミトシ先生のお弟子さんはたくさんいて、俺達より二倍以上も年齢の高い人が、未だにミトシ先生の弟子として、洲屋忍者を名乗り続けている。
この架空の忍者設定が、一種の中二病的黒歴史として消し去られないのは、確かに池谷の言うように、洲屋忍者流の原点にキャラと本人の一心同体の原理があるからかもしれない。
池谷の言葉が続く。
「でも、ナゾナ・ゾロアスターはキャラと本人が一致していない。アレは完全無欠への変身を信じ込んでいる。仮面を被るだけで、一切緊張しなくなり、ペラペラと口が回るようになり、普段は出来ないようなギャグが出来るようになる、そういう別次元の存在に変身できると本人が思い込んでいる。なまじ技術があるせいでそれを部分的に達成できてしまう。そのせいで、彼女は自分が本来なりきれるキャラクター以上のものに変身している。そんなの、本当の彼女にとっては負担でしかない。彼女は仮面を被る度に、完全無欠にならないといけないのですから」
一体どこからそんな考察が出てくるんだと疑問に思う。
確かにゾロアスターが完璧主義っぽいことは、あのショーを見れば解るけれど、自分が本来なりきれるキャラ以上のものに変身してるとか、そんな壮大な話かなあ。あのお澄まし完璧キャラをやるのがしんどくなったなら、また別の形を模索すればいいだけだし、そんな気にすることでもないと思うけどなー。
「きっとゾロアスターは鉄みたいな心臓になってるはずですよ。自然体じゃないんです。そんなキャラはいつか自分から潰れて、二度と舞台に立てなくなる。ナゾナ・ゾロアスターは中二病的黒歴史の中に埋もれて死んでいく。鉄の心臓では、人間は動きませんから」
思うことはたくさんあるけど、言い返せることは何もない。俺は池谷みたいにゾロアスターのこと細かく観察していない。正体だって知らないし、多分正体が分かったって、ただの面白い奴としか思えない。
俺は一人の洲屋忍者として――つまり、この町で活動する一人の大道芸人として――言うべきことだけ言っておいた。
「舞台に一人で立つと、必ず負担は強いられる。でも、あの冷たい緊張と真っ向から向かい合うから、俺達は変身できるんだろ」
池谷は相変らずはっきり返してくる。
「先輩の変身芸をゾロアスター如きと一緒にしてはいけません。ミトシ先生に怒られますよ。先輩はもっと、人このことをよく見て下さい」
「う、ううん」
怖い。時舛、口ごもる。
池谷さん、なんでこんな辛口なの。素直にゾロアスター面白かったって言えばいいのに。
俺はしゅんと肩を落とす。
池谷はふんと鼻を鳴らして、俺の横を通り過ぎ階段を下っていく。その背中に問いかける。
「そんなにゾロアスターのこと言うなら、今から一緒に会いに行かないか」
振り返りもせず返される。
「私、今日も練習しますし」
「そっか。じゃあ、また明日」
俺は寂しい気持になって、階段を上った。
その三歩目くらい。
「……」
俺は止まった。
後ろから何かに引っ張られている。振りかえると池谷が目を反らしながら、俺のブレザーを固くつまんでいた。
「どした?」
「……あー。えーっと」
「うん」
「まあ、アレですよ。嫉妬してるんですよ、私、ゾロアスターに」
「だろうな。素直に面白かったと言え」
「はいはい面白かったです! いいでしょうちょっとくらい負け惜しみ吐いたって! どーせ私は上がり症であんな風に上手いこと話せませんよ! 先輩のアシスタントでしか舞台に立ったことがないし! 一人で大道芸なんて考えらえられないし! 池谷大回転は絶対に失敗しますし! どーぞ一人でゾロアスターのとこに行ってください! 私は練習してるんで!」
池谷はぷんすかと怒りながら階段を下っていく。
ふふ、素直な奴。
俺はちょっとだけ晴れた気分で階段を上った。
……しかし、またもや三歩目で止まった。
後ろから何かに引っ張られている。振りかえると再び池谷がいた。さっきより更に恥ずかしそうな顔でブレザーの裾を掴んでいる。
「まー、あと、これはー、ええっと、別に先輩のためとかじゃなくて、素直に感想を言うだけなんですけど」
「うん」
池谷は目を反らしながら言った。
「その髪、カッコいいと思いますよ」
窓ガラスの反射に写る自分を見る。朝しっかりセットしたからか、未だに王子様風ヘアーが保たれている。
考えてみれば、この髪をしっかり褒めてくれたのって、池谷が初めてかも。
……ま、そっちの話もしていくか。
俺は池谷を引き連れて階段の踊り場の端っこに寄る。顔を突き合わせて内緒の話をする。
「池谷。大丈夫なのか、お前のクラスは」
「だ、大丈夫って何がですか」
「ほらお前、クラスメイトが俺の盗撮写真を見てたかなんかで、またやらかしただろ。もう学校中で噂になってるぜ?」
その話題を出すと、途端に池谷はきゅっと肩を強張らせる。そして、ギリギリ聞き取れるくらいの早口でまくしたてる。
「いや違うんですよ。アレは本当にクラスの奴が先輩の盗撮写真を見てて。別に先輩が盗撮されてもいいっていうのは知ってますけど、なんか私すっごい腹立って、写真見てた奴もすっごく態度悪いし、こんな奴が先輩について語ってるとかありえんし、こういう奴がいるから盗撮許すのはよくなくて。やっぱり先輩の盗撮許すスタイルは絶対間違ってるって思って」
「うん、うん」
「で今回の件はまず第一に私は悪くないし、悪いのは先輩の盗撮見てカッコよくないとか言うアホ達だし、でも根本的に考えて欲しいのはやっぱり先輩のその盗撮を許してる所であって。そこを考慮せずに、私がまたやらかしたとか言われるのは、なんか、ちょっと違うかなって、別に私は悪くはないし……」
……さて、皆さんも、これで気が付いただろうか。
実はこの辛口レビュー少女の池谷さんは、他人を批判する時は堂々としているけど、自分が批判される立場に回ると恐ろしく弱い子なのである。自分は悪くないと、自己弁護に全力を出してしまう系の女子なのである。
はははー、よくいるよな、こういう女子。我の強い女の子って、大体みんなこういう一面を持ってるよなー。
この手の女の子への対処法は一つだけ。とりあえず相手の主張を全部聞いてあげること。そして反論とかはせず、共感しているフリをしたり、相手が気にしているであろうことを適度に聞き返してあげること。
はい実践開始。
「うーん、そうかー。確かにそういう事情を聞くと、池谷を中心に騒動が起きたっていうのは、俺も違う気がする」
「でしょ? 私は別に悪くないんですよ。それなのに、私だけ指さされるし、なんか風紀委員長みたいな人に話しかけられるし」
「それは結構大変やな、って風紀委員長きたん?」
「はい。なんか、マジ性格悪そうな、北林京子っていう外人みたいな三年生の人が来て、なんか私あなたのこと解ってます風なこと言われて」
「マジかー。いきなり知らん人来て言われんのはキツイよなー」
「そうなんですよ。ホント辛くて」
「うんうん。最近池谷の様子ちょっとおかしかったから、俺も心配してたんよ」
「……まあ別に、心配してもらうほどじゃないですけど」
「ちなみに、俺の盗撮写真っていうのはどんな感じ?」
「なんか、体育祭の奴とか、あとプライベートな寝顔みたいな奴もありました」
「ふーむ。寝顔か、寝顔は確かによくないよな」
「でしょう? だから先輩もその、盗撮オッケーとか絶対よくないと思いますし、将来的に考えても、その辺は敏感になるべきで」
「将来?」
「え、えと、ほら先輩カッコいいし、才能あるし、絶対ユーチューバーとかなれると思うんですよね。その時に暴露写真がいっぱいあると無駄に炎上するじゃないですか」
……池谷、なんだかんだお前もユーチューブ好きだよな。批判ばっかの癖に。
本当はコムドットも東海オンエアもフィッシャーズも大好きな癖に。俺としては毛頭ユーチューバーになる気はないので、そこは曖昧に笑って流す。
「俺の盗撮写真を見てた子って、なんていう名前?」
聞くと、池谷は律儀に指を折って教えてくれる。もちろん名前を聞いても一年だから全員知らん、そして覚える気もない。コレは単純に池谷の気を落ち着かせるために聞いているだけ。
「教えてくれてありがと。盗撮については、ちょっと気をつけようかな」
「ちょっとじゃ駄目です。めちゃ気をつけてください。盗撮ダメって言ってください」
「解った解った。言うようにする」
「まったく、先輩は色々と甘いんですから」
「ゴメンゴメン。最近は甘くないつもりやったんやけど、池谷の客観的考察聞いてなかったから、また道を踏み外してたかも」
「ホントですよ。ちょっと私が目を離して何も言わなかったら、こんなことになってて」
……と、このようにですね。相手をヨイショヨイショと持ち上げ、自分はゴメンゴメンとへりくだる。決して相手の言うことに怒ったり反論したりしない。そうして自分が相手の味方だと解らせて、女の子の気持ちを落ち着かせる。
このヨイショヨイショ&ゴメンゴメン戦法こそが、池谷のような他人のことは堂々と批判するけど、少しでも自分が攻撃されようものなら、徹底的にガードを固めて反論反論反論、反論の果てに負けそうになると自ら崖っぷちに立ち「もう死ぬ」と言い出す系女子の攻略法である。
つまりメンヘラ攻略法である。
そんでもってですね、メンヘラ女の子の様子が落ち着きましたら、ようやく俺のターンです。さしあたって現状の問題について、池谷さんに言うことを聞かせます。
まずはへりくだりながら話題を池谷側に移行する。
「俺的にはさ、池谷が俺のことでクラスの争いに巻き込まれるのも心配なんやけど、そっちはどうなん?」
「私は別にいいですし」
「ホントに? 無理してない?」
「だ、大丈夫ですよ。アレ以降クラスで何もないですもん」
「絶対? もう自分のこと傷付けたりせん?」
「大丈夫です。心配しすぎです」
などとー、純粋に君のコト心配してます感を醸したら、ようやく本題ドン。
「そういえばほら、なんか、ラインのプロフィール画像が変わったって聞いたけど」
「え。え、そ、それは、関係なくて」
「いや、俺的には別に全然いいんやけど、池谷の気持ちが荒れてるんかなと心配になって」
「そんな全然大丈夫ですよ。気の迷いでやっちゃっただけですから、ハハハー」
言いながら、池谷は慌てて自分のスマホを取り出して操作し始める。画面をのぞくとちゃっかりとラインのプロフィール画像の設定を変更している。
……悪いという自覚はあるみたいだな。約束したもんな。もう俺と付き合っているという虚言は吐かないと。
ともあれ、これで池谷事件は解決である。最後に池谷の頭をポンポンとしたら大団円。
見たか上田、解決したぞ。これでいいだろ。俺だからこういう風に事を荒立てず解決できるんだぞ。池谷は本当に扱いを間違えるとガチ面倒なんだからな。
池谷は池谷で胸のつっかえが取れたのかすっかりご機嫌モード。さっきはツンケンしてた癖に、俺の腕を引っ張ってこう言うのである。
「さあどうでもいい話はやめて、行きましょう先輩。帰って私の家でぷよぷよの練習しましょう」
「いきなりやる気になったな」
「だって悔しくないですか。洲屋市に私達より面白い存在がいるだなんて。こんなの許されないですよ」
「それは解るけど。待て待て、なら一緒にゾロアスターのとこ楽屋参り行こうぜ」
「楽屋参りー? 敵に塩を送るんですか?」
「挨拶くらいどの業界だってするだろ」
「へへっ、そうすね。じゃ私もゾロアスターのとこいっきまーす」
調子いい奴だなまったく。メンヘラっぽくなければ、俺も結構コイツのこと好きなんだけど。
まあ女の子って色々難しいし。完璧な女の子などどこにもいないぜ。
ってなわけで、二人でなぞなぞクラブの部室へと向かいます。
あちなみに、池谷が盗撮気を付けろ云々言ってたけど、俺そんなの全く気にしてないんで。これからも気にせずガンガン写真撮ってくれよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます