1-21 辛口レビュー美少女池谷、ゾロアスターを批判する
……正直、驚いた。アイツここまで出来るのかと。
舞台の喋り。客の扱い。人の集め方。流れの作り方。冷たい客席を受ける環境にまで持っていく技術。いくら失敗芸が受けても、三回目はそれに甘えず、必ず成功させるハートの強さ。
嫉妬するくらい凄かった。ここ最近で見たショーの中でも一番面白かった。
ショーが終わって人が解散していく。俺も人の波に押し流されるように教室を出る。
教室の前でゾロアスターの出待ちをしようかとも思ったけど、なんだか気恥ずかしくて立ち止まることが出来ず、結局人の波に混ざってそのまま歩き去る。
で、放心状態のまま校舎内をほっつき歩いた。人波は消え、閑散とした雰囲気の廊下を一人感傷に浸りながら歩いた。
……アイツ面白かったなあー。ただの不思議キャラだと思ってたけど、あの喋りはガチだなぁ。なんだか悔しいなぁ。
そう考えにふけりながら、適当に歩く。廊下の端まで来たので階段を上ることにする。
階段に差し掛かって三歩目くらい。
「結構やりますね。ゾロアスター」
「うわぁっ!?」
いきなり声をかけられてめちゃめちゃ驚いた。
「何驚いてんすか」
見上げてみれば、階段の踊り場に奴がいた。夕焼けの光が回り込んで奴を照らした。
いつ見てもギラりと厳つい金の髪。前髪をそっけなく耳にかけて、眉と目つきを堂々と見せる。表情は恥じず驕らず自分を信じ、ただただ眼下の敵と正対する。その様はまるで仲間を作らない野武士のようである。
つまりは池谷であった。同じ中学の後輩で実家が道場の空手少女。どんな作品を見ても批判する辛口レビュー少女。
そして腐っても俺の元カノ。
池谷は階段の踊り場から言葉を投げかけてくる。
「先輩、朝から写真撮影会やってましたよね。池谷は森高に行ったって言っましたけど」
「み、見ていたのか」
「私、洲屋高校にいますけど。先輩を追いかけて来ましたけど?」
「うっ……け、今朝のアレはほら、俺のイケメンイリュージョンショーなんだよ。イリュージョン」
我ながら意味不明な返しである。言い訳にすらなっていない。ヤバイ、もっと怒られそう。
俺は身構えたが、池谷は睨むだけで、それ以上追及はしてこなかった。そう、今はもっと別に話すべき話題があるよな。
「そんなことより、ゾロアスターの正体だ。池谷は心あたりないか? お前もさっきのショーを見てただろ?」
「ふん。正体なんて別にどうだっていいでしょう」
「なんで。あのレベルのショーが出来る奴が、この学校にいるんだぞ。気にならんのか」
池谷は不機嫌そうな顔のまま言う。
「仮面の下に意味はありませんよ。彼女はナゾナ・ゾロアスターです。そういう芸名を名乗れるだけの技術はある。喋り、客の扱い、ショーの組み立て、芸そのものの技術。どれも基準はクリアしていた。ええ面白かったですよ、本当に。正直、笑わされた部分もあった」
辛口レビューに定評のある池谷が珍しく他人を褒めていた。
自分の好きなものが認められて、俺もちょっと嬉しくなった。ゾロアスター談義に花が咲くと思って、俺は言った。
「アイツ洲屋市各地でショーをやってるって言ってただろ。だから絶対に洲屋忍者流だと思う。特に図々しくなる時の演技、ミトシ先生に似てたし」
洲屋忍者流。俺達の師匠ミトシ大先生が作った芸の流派。
ゾロアスターもミトシ先生の弟子だろうと思ったけど、池谷はそれを否定した。
「洲屋忍者流? まさか。いくら面白くっても、アレを洲屋忍者流とは認められませんよ。アレは我が強すぎる」
「我が強い?」
聞き返すと、池谷は淡々と言う。
「ショーのはじめ、ゾロアスターは客の数を『たったの七人』って言ったでしょう。本当は八人だったのに」
「え? そんなこと、あったっけ? 数え間違えたんじゃないのか?」
「客席にいたのは、私のいた四人グループと別の三人グループ。そしてぼっちの先輩。合計八人だった。この少数を数え間違えるはずがない」
「緊張してたし、間違えただけだろ」
「あの喋りで? どう見ても、緊張込みで計算された喋り方だったでしょう」
むぐぅと俺は押し黙る。確かにショーの出だし、ゾロアスターは殊更スローテンポな喋りを意識していた。
舞台では緊張していると、どうしても口が速くなるから、特に掴みの部分は緊張も計算してゆっくり話すんだ。そういうことが出来る人間が、客の人数を数え間違えるとは思えない。
俺は受け手に回り、池谷の辛口考察が始まる。
「あの時ゾロアスターはね、身内は客じゃないって言ったんですよ」
「どういうことさ」
「そういう主義ですよ。彼女にとっての『客』とは自分を全く知らない赤の他人のことで、身内は客じゃないんです。一番前の席に座っていた先輩はゾロアスターにとって身内だった。だから客の人数に数えなかった」
「身内って、そんな」
「先輩、最近仲良くしてるんでしょう?」
「まあ、ちょっと話してはいるけど」
でもそんなの、知り合いだけど、まだそこまで深い仲ではないし。
「彼女は観客の前で、しかも大事な冒頭の掴みの部分で、客観的な事実より、自分の主義を優先した。身内を客にしない主義を持つことは解りますが、それを他の客の見ている前でやるのは違和感でしかない。必要のない我でした」
池谷の言うことは解る。確かに身内は客にしない主義でも、あの場では普通に八人と言うべきだった。余計といえば余計な我である。
「彼女はきっと、自分の知り合いが最前列に座っていたのが癪だったんでしょう。そういう表情が一瞬だけ見えました」
「……まあ、そうとも捉えられるかもしれないけどサ」
でも、そこまで辛口レビューすることでもないと思う。
舞台に立つ人っておかしな人が多いから、変なプライドがあって当然なのだ。ゾロアスターは流れをガッチリ作るタイプだし、その分イレギュラーは嫌いなのだろう。
ゾロアスターの想定では、ショーのはじめは全員後ろ側に座っていて欲しかったんだろう。それなのに一人だけ最前列に座っていた。俺が知り合いだったことも相まって口が滑った。ちょっとした言い間違いみたいなものだ。俺は特に気にしない。
池谷の辛口レビューはまだ続く。
「ゾロアスターの身内嫌いは、ぷよぷよ芸の時にも見て取れました」
今度はぷよぷよ芸。守本が協力した、一番面白かった奴。
「それはどうして?」
「彼女はぷよぷよ芸の協力者を、ずっと『協力者様』と呼び続けた。名前を聞けばいいのに、頑なにゾロアスターは守本さんのことを協力者様と呼び続けた」
言われてみれば、そうだった気がする。ゾロアスターは守本の名前を呼ばなかった。
でも、そこには俺も反論できる余地がある。俺は勇気を出して反論する。
「ゾロアスターは客の扱いには拘るタイプだ。協力者を募集する前にも念入りに前置きしてただろう。協力者のプライバシーを守るために、あえて名前を聞かないようにしたんだ」
しかし、池谷に即反論される。
「冒頭で窓を開けてくれた成田さんには名前を聞いた。ルービックキューブ芸の時も彼女を使って笑いを取った。ゾロアスターはプライバシーなんて考えていない」
池谷の指摘は的確なので、俺は口をつぐむばかり。
「成田さんはゾロアスターにとっての客、つまり赤の他人だから、成田さんには名前を聞いたんです。対して、ぷよぷよ芸の協力者、あの守本という人は、おそらくゾロアスターの客ではなかった。つまり知り合いだったんです。だから名前を聞きたくなかった。守本さんをステージに上げる前にも、ゾロアスターは彼女を嫌がった。その表情が一瞬だけ見えた」
こいつ、ホントに他人のショーをよく見ている。俺にはちょっとした違和感にしか見えなかったものを、捉えあげて分析してる。
「……まあ、そうかもしれないけどさ、少なくとも俺にはそんな嫌な空気解らなかったし、普通の客には解らないレベルのことだったから」
「なら、解ったのは、私と守本さんだけだ」
そう言われると俺も弱い。
いつまでも協力者様と呼ばれた守本は、少しだけ寂しい気持になったかもしれない。ショーの流れ的にも成田さんが出る雰囲気になってたし、その中で出てしまった守本は気まずい気持ちもあっただろう。演者としては、守本が気に負わないように、成田さんと同じように温かく扱うべきだった。
……とはいえ、池谷が気にしすぎだとも思う。客をより好む権利は演者にもある。
そう思うものの、俺は口を挟めず、池谷の辛口レビューはまだまだ続く。
「それにね、このショーはもっとイージーなショーにするべきだったんですよ。初めから客を三十人くらい入れて、アシスタントもつけて、失敗しても大丈夫な環境を作って、万全の準備でやるべきだった」
「どーしてさ」
「だって、ショーの目的は部員の募集でしょう? 看板にも部員募集って書いてましたし。それが、こんなプロみたいな大道芸を見せられて、誰がなぞなぞクラブに入ろうと思うんです?」
「それは――」
俺は今度こそ反論したかった。
あのショーを見てなぞなぞクラブに入りたいって思う人はきっといる。あの可笑しな仮面のようにみんなを笑わせたいって思う人は必ずいる。
辛口レビューもそこまでだぞって止めるつもりになったけど、言葉は池谷の方が早かった。
「新入生の誰が、自分にもアレが出来ると思うんです? たった一人でステージに立って、冷たい客を喋り一つで湧かせて、おそらく世界で初めてのぷよぷよイリュージョンをやってのけて、客を百人くらいに増やして、その前でも緊張せず飄々としゃべり続ける。そんなの誰に出来ると思うんです?」
そう言われて、やっぱり俺は黙るしかなかった。
「部員募集のショーなら観客に、見てる人に、自分にも出来る役割があるって思わせないと。スケッチブックをめくる係とか、客を誘導する係とか、いっぱいアシスタントをつけて、初めから温かい空気にして、あの舞台なら私にも立てるって思わせるべきなんです」
池谷の言ってることは悲しいくらいに的確だ。
ショーの目的が部員の勧誘なら、もっとイージーな舞台にするべきだった。あのショーはみんな楽しめたけど、ちょっとゾロアスターが上手すぎて、なぞなぞクラブに入ろうとする人は少ないかもしれない。
「そもそも部員募集のショーなら、もっとクラブの詳細について話すべきでしょう。なんでなぞなぞクラブなのに大道芸やってるかも謎ですし。純粋になぞなぞが好きな人でも、入部したら大道芸をしないといけないなら、入りたくないでしょう。ゾロアスターはそのところもっと説明すべきでしたね」
その通りだなと、俺も思ってしまう。なんでアイツ、なぞなぞクラブなのに大道芸やってんだろう。謎である。俺としてはその謎具合が好きなんだけど、多分俺の感性は一般的ではない。
結局俺は口をはさむことが出来ず、池谷さんの辛口レビューが結ばれてしまう。
「あのショーは徹頭徹尾ナゾナ・ゾロアスターの我を見せつけられただけだった。いい意味でも悪い意味でも、ナゾナ・ゾロアスターの我でした。六十点。ゾロアスターの単独ライブなら百点ですが、なぞなぞクラブの部員募集ショーとしては六十点です」
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