1-20 学校には存在しない舞台の笑い3

「さあさあ! まもなく十六時ゼロゼロ分を迎えます! スーパーなぞなぞイリュージョンショーがまもなく開演します! どうぞお入りください! 席は今半分ほど埋まったところであります! 廊下で見ているお客様、よければお入りください!」


 これで廊下の団体がぞろぞろと入ってくる。空席がまたたく間に埋まっていく。黒板側からの立ち見も現れる。

 客の移動が落ち着くとゾロアスターは再び舞台の中央で改まる。客席全てを睨んで、力強い調子で訴えかける。


「そして、ここで一つ皆様にお願いがございます。わたくしは、さきほど大道芸人としてお客様に面倒な絡み方はしないと約束しましたが、それを一度だけ、一度だけ、破らせてください」


 何事か何事か。客席はざわざわと騒ぎ出す。ゾロアスターはそのざわつきを貫くように声を張り上げる。


「ええ解ります。私には、そちら側に座っている気持ちが痛いほどよく解ります。もしかしたら、私に指名されるかもしれない、立ってショーの手伝いをしろと言われるかもしれない。そういう面倒な絡み方をされると嫌だなぁと、皆さまは思っているはずであります! しかしここは、このナゾナ・ゾロアスターを信頼して、一度だけ、ただ一度だけ、そういう面倒な絡み方をさせてください!」


 ゾロアスターは客の扱いは相当慎重になるタイプだ。普通の大道芸人でも客を使うのにここまで前置きする人は珍しい。客を簡単にステージを上げない。それが彼女の拘りなのだろう。

 ゾロアスターは舞台の中央で深々と頭を下げる。


「今日この舞台で、このナゾナ・ゾロアスターに、ちょっとばかし面倒な絡み方をされてもいいという方は、どうか拍手をお願いします」


 ここまで真摯になられたら反対する人は誰もいないだろう。教室全体が大きな拍手で包まれる。賛同の拍手の中で、ゾロアスターが顔を上げる。すると今度は態度を一転し、ケロッとした調子で言い放つ。


「ありがとうございます! ではですね、お客様の中から一人、人質を、ううん、協力者を募集したいと思いまーす!」


 ざわついた。面白いことが始まるざわつきだった。アイツ今人質って言ったぞ。アイツ今人質って言ったぞ。

 半笑いの客達に、ゾロアスターは更に畳みかける。


「大丈夫です! 人質とは言いましてもイリュージョンが成功すれば危害は加わりません! 三回に一回は成功するイリュージョンでございます! 三回目では必ず成功するイリュージョンでございます」


 面白くなってきた。誰もが友達と目を見合わせて肩を押しあう。察しのいい高校生達には、これからもう一度イリュージョンという名の失敗芸が始まることが解っている。友達があの仮面の横で失敗していたら、そんなに面白いものはない。


「どなたか! どなたか人質をやってくださる方はいませんか!」


 さあ、挙手は現れるかな。挙手がなかったら、成田さんが行くパターンになる。本人も行きたそうにうずうずしているし。ゾロアスターが再びおもちゃのマイクを成田さんの前に持っていけば、成田さんは同意してくれるだろう。今はもうそれが許される空気になっている。


 しかし、その流れにはならなかった。廊下の方から、一際大きなざわつきが聞こえてくる。

 見れば廊下見物のグループから手が挙がっていた。いや無理矢理手を挙げさせられていた。


「ちょまって私はあかんって、これは成田さんの流れやん、あかんってー」


 聞き覚えのある声だと思ったら、同じクラスの守本だった。守本って陽キャグループのボスのやつ。守本が友達の福原や島村から背中を押されている構図。

 全員がその光景に注目する。ゾロアスターもそっちを見る。

 黒い舞踏の仮面と守本の目が合う。


「――」


 一瞬だけ奇妙な間があった。

 ゾロアスターはすぐに迎えに行った。


「ありがとうございます。今回の尊い犠牲者が決まってしまいました。自ら名乗り出てくださった貴方、どうぞこちらへお越しください」


 守本はしぶしぶ教室の中央まで訪れる。ステージに用意していた椅子に座らせて、ゾロアスターはショーを進行する。


「では、今回のイリュージョンを説明します。まずここにスケッチブックがございます。例によって、ここからなぞなぞを一問出題します。皆様にはなぞなぞを解いてもらいます」


 ここは同じ。途中から見た人に向けた説明だろう。

 ゾロアスターは窓際に置いてあった、もう一つの机を動かして反転させる。その机の上には、何やら大きなモニターとゲーム機みたいなものが置いてあるが。


「そしてコチラには、よっこいしょ」


 ゾロアスターはその机を、客から見えやすいようステージの中央に設置して、モニターの電源を入れた。モニターには何だかポップなゲーム画面が表示された。


「こちらは日本で一番有名なパズルゲーム『ぷよぷよ』が既に起動しています。ぷよぷよは、皆さまご存じ、同じ色のぷよを四つ繋げると消えるゲームです。ぷよの積み方によっては、ぷよが二連鎖、三連鎖と消えることもあります」


 なんだなんだ、何をする気なんだコイツは。

 このパフォーマンスは見たことないぞ。マジで俺もこのゲーム機を使ったショーは初めて見る。

 俺達が動揺している間に、ゾロアスターは言い放つ。


「今回は、皆様がなぞなぞを解いている間に、私はこのぷよぷよで、十連鎖消しをやります」


 客からは「おおお」とざわついた反応が返る。俺も素で驚いている。十連鎖ってそんな早くできんの。


「更にそれだけではありません。ぷよぷよ歴六年の私には、十連鎖なんて一瞬でできてしまいます。こんなことではイリュージョンにはなりません」


 えええ。そうなんだ。十連鎖ってそれだけでも十分イリュージョンだと思うけど、それが一瞬で出来るって、ゾロアスター相当の猛者じゃね。


「そこで今回は、なんと、このぷよぷよを操作するコントローラーの半分を、協力者の方に握ってもらいます」


 会場がどよめく。俺も驚く。マジか。これは本当に見たことないイリュージョンだ。


「つまり、協力者様には、私と一緒にコントローラーを握って、AボタンとBボタンを押す役割を担当してもらいます。これは落ちてくるぷよを回転させる操作です。そして私が十字キーを操作し、ぷよを移動させ積み上げてきます」


 守本が無理だーって顔で青ざめている。俺達も無理じゃねって思ってる。

 会場には本当に大丈夫かって空気が渦巻く。ゾロアスターがそれに答える。


「ご安心ください。私は今までに何回もこのイリュージョンを成功させています。成功の秘訣は、私の冷静な指示です。協力者様には私の方から、Aボタン、Bボタン、と冷静に指示を出しますので、その通りにボタンを押してもらうだけで大丈夫です。イリュージョンは必ず成功します」

「ほんまにー?」


 モニターの横に座る守本が疑問を返している。


「大丈夫です。協力者様は、とにかく焦らず、私の冷静な指示に従ってボタンを押してください。これでイリュージョンは百パーセント成功いたします」


 ゾロアスターはそう念を押して、いざイリュージョンの開始を宣言する。


「では行きます! なぞなぞ第一問! 『いつもすぐ傍にある布ってなーに?』 そして私はぷよぷよイリュージョンスタート!」


 ゾロアスターはスケッチブックを捲ると、大急ぎで守本の隣に座ってコントローラを半分握る。ゲーム画面が動き始めて、ぷよぷよスタート。


「さあ冷静に行きますよ。なぞなぞ解った方は答えてくださいねー。まずはAボタン、はいオッケでーす。次はBボタン。はい次もBボタン、冷静に冷静にー。はいBボタン。いいですよー」


 ぷよぷよは二個ずつ落ちてくるぷよを操作して、ぷよを積み上げていくパズルゲーム。同じ色のぷよが四つ揃うと、そのぷよは消えて、消えた部分の空白には、上に積まれていたぷよが落ちてくる。落ちてきたぷよが同じ色で四つそろうと、更に連続で消える。これがぷよの連鎖の仕組み。

 このショーでは守本がぷよを回転させる役割、ゾロアスターがぷよを移動させて積み上げる役割を担っている。


 素人にはせいぜい三連鎖が限界で、それを十連鎖も、しかも観客の中から即興で募集した協力者に指示を出しながらだなんて、到底可能な芸当だとは思えない。


「はいBボタン。次もBボタン。おっけー。冷静。冷静に行きますよー」


 しかし、ゾロアスターは確かに冷静だった。

 ぷよを置くのが早い。指示を受けた守本がぷよを回転させると、すぐに最高速でぷよを落下させて積み上げる。パズルゲームだから、連鎖させるための定石があることは想像できるが、何色のぷよが落ちてくるかは毎回ランダムのはず。どうしてあんなに早くぷよを置くことができるんだ。アレは本当に連鎖になっているのか。


 みんなゲーム画面に釘付けになった。なぞなぞを考えている人などいなかった。

 俺もなぞなぞを忘れて画面に注目する。

 すると、ゾロアスターが、失敗芸をヤり始める。


「冷静に、冷静にー。はい次Aボタン、はい。次はBボタン――って、ああああ!? 置き方間違えた!? ヤバいヤバいヤバい! 次Aボタン! 次はB! 違う違う違う! BBBBBBB! ストップ! はいAAAAA! 次BBB! ああああ!? また間違えた!」


 ドッカーンの大爆笑だった。まさかのネタに走ってきた。

 守本がすごくオロオロして、我を失ったゾロアスターが無茶な指示を出しまくる構図だった。画面内で回転しまくるぷよぷよの挙動も相まって、笑わずにはいられなかった。

 いきなりこんなん反則。女子高生と謎の仮面が一緒にコントローラー握ってる絵面だけでも面白いのに、こんなんやられたら爆笑する。大体、イリュージョンとか言いつつ、成功も失敗も、お前の匙加減一つで決まんじゃねえか。

 会場が爆笑に包まれる中、ぷよぷよはぷよを積み過ぎてゲームオーバーになる。


「「「あああ~」」」


 観客からは残念な声が上がる。

 ゾロアスターもわざとらしく、がっくりと肩を落とす。その動作でまた面白い。予定調和の失敗芸をやっている癖に、さも本当に残念がっている演技をするのが憎らしい。

 客席からはなぞなぞの答えがあがった。


「布巾」

「あっ」


 ピンとゾロアスターは顔を上げる。ガックリした演技をやめて、しゃあしゃあとなぞなぞの解説を始める。


「正解でございます。いつも傍にある布、つまり自分の付近にある布、答えはそのまま布巾でございます。正解者の方、お見事」


 次はイリュージョンの報告。モニターはゲームオーバー画面。


「そして、いわゆるイリュージョンの方は失敗でございます。ぷよぷよは無慈悲なゲームオーバーでございます」


 そして二回目のネタフリをやり始める。


「でも、安心してください。今のはデモンストレーションです。皆様にぷよぷよとは、どのようなゲームなのか解っていただくために、あえて失敗したフリをしていたんです。ですので、次からが本番です」


 守本に対しても丁寧にことわりを入れる。


「協力者様も、申し訳ございません。次は、わたくし、本気を出しますのでご安心ください。もうあのような醜態は晒しません」


 丁寧な前フリをしているけど、コイツ絶対もう一回失敗芸をかましてくる。だってこのイリュージョンは三回目で成功するから、次も絶対失敗させる。


「では二回目行きます! 問題『宅配便の人がよく持っているボールってどんなボール?』 イリュージョンスタート!」


 そして二回目が始まる。

 ゾロアスターはスケッチブックをめくり、コントローラーを握ってぷよぷよを開始する。ゲーム画面が動き出して――。


「さあ今回はホントに冷静に行きますよっと。まずはBボタン、おっけーです。次はAボタン。はい、次は、Bボタン。簡単ですね。六年もぷよぷよをやってるとね、もう解ってくるんですよね。ぷよぷよというものの本質が。皆さんはなぞなぞ考えてくださいねー。解かったら言ってくださいねー。今回のなぞなぞは少し難しいですよー」


 ゾロアスターは冷静なフリをしている。文字通り冷静な振りである。

 あいつまたやるんじゃないか、やるんじゃないかと、客席で期待が高まってくる。

 ゾロアスターは冷静に喋っているふりをして――ヤり始める。


「――ってああああ!? 置き方間違えた!? 次BBBB! はい次Aボタン! AAAAA! BBBB! 押しすぎ! 次A! 早く! あああ! またミスった! BBBBBBBB!?」


 ダメだ、面白い。これは天丼だ。解っていても強制的に笑わされる。ゾロアスターの大袈裟な演技でコントローラーが二人の手の間で暴れている。それに付き合ってオロオロする守本の絵面が面白すぎる。

 こんな失敗芸する奴は他にいねえ。面白すぎる。守本も笑い始めて、まともにぷよぷよが出来ていない。


 会場は大爆笑のまま、ぷよぷよはゲームオーバーとなった。ゾロアスターはわざとらしくガッカリとする。

 そして、なぞなぞの答えが上がってくるフェイズ。今回は誰も答えそうになかったので俺が答えておいた。答えは段ボール。ゾロアスターはケロッと立ち直ってなぞなぞの解説をする。その後、イリュージョンの失敗を報告する。


 三回目はさすがに真剣にやりますと前振りをした。それもネタフリかなと若干期待されたけど、ゾロアスターは宣言通り、きっちりと十連鎖を成功させてきた。

 普通にすげえと思った。会場は大拍手と大喝采が巻き起こった。俺も素直に拍手していた。


 守本が客席に帰されると、その後、ゾロアスターはあと二種類ほど別のイリュージョンを行った。一つは滋賀県の市区町村を全部言うネタ。これは地元ネタで、滋賀県にあるそれぞれ市区町村イジリをしながら、最終的に琵琶湖の北側に何市があるか思い出せず失敗して笑いを取る。

 もう一つはバルーンでプードルを作るイリュージョン。こちらは割と王道の大道芸で、失敗する時はぷしゅーと空気を抜かして笑いにしていた。


 種目は違えど、流れは全部同じ。イリュージョンの説明をする。なぞなぞを出す。失敗芸を二回やる。三回目で難しいなぞなぞを出してイリュージョンを成功させる。


 流れが客に理解されているから、ゾロアスターの一挙一動にリアクションが返るようになる。失敗芸はもちろん受けるし、失敗して肩を落としているだけでも笑いになる。飄々となぞなぞの答えを解説しているだけで笑われる。しかも面白いだけでなくて、三回目はきっちり成功させてくるからすごい。なぞなぞもいいアクセントになっていて、単調になりがちな単独ショーにメリハリをつける。


 教室はいつしか超満員になっていた。イリュージョン成功の度に大盛況が轟いて、校舎中から人を集めた。

 時間の管理も完璧で、最後のイリュージョンが終わったのが十六時二十七分。残りの三分だけは真面目な口調になって、なぞなぞクラブの部員募集の説明をした。そして観客の前で丁寧に一礼し、ナゾナ・ゾロアスターによる、なぞなぞイリュージョンショーは幕を閉じた。


 ……控えめに見ても、それは完璧なショーだった。普通の高校生には出来ない、予めキャラクターが割り振られたバラエティーとは違う、自ら客との関係性やキャラクターを創り出す必要のある、孤独な舞台の笑いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る