1-12 陽キャな俺のバカ騒ぎ
「あ時舛。そういえば、お前の後輩おるで。池谷ちゃん」
「えっ」
調子乗ってたら心臓止まった。マジで目泳いだ。
え? 池谷? どこ? どこにあの金髪メンヘラヤンキーいる? くそ、黒髪に変装して潜り込んでんのか。
「皆解った? この人、時舛先輩って言うんやけど、ウザかったら『池谷ちゃん』って言えばいいから。一言いうだけでこうなるから」
つまり後藤にカマをかけられたのであった。これは俺が怒ってキレ芸する流れ。
「後藤! お前こそホンマに悪いぞ! 言っていいこととアカンことがあるやろ!」
ゲタゲタに受ける。こうやって人の恋路をネタにすることほど面白いことはない。笑い声の中に一年生から追い打ちがかかる。コソッと遠慮気味の声で。
「あの池谷さんって、アタシ同じクラスなんですけど。金髪の」
後藤が喜んで反応した。
「え! お前の元カノ洲屋校きてんの!? 森校行ったんじゃないの!?」
「違う違う違う違う! 洲屋高校には来てない! その人は全く別人! 向こう側に迷惑かかるからその話題はダメ!」
またもやゲタゲタに笑う。ああ、イジリ芸の力って素晴らしいな。現代バラエティーが生んだ賜物だ。初対面でもこんなに他人を笑わせられる。俺のことを全く知らなくても、キャラさえ解ってもらえれば笑いになる。
さあさあ存分に笑ってくれたまえー。俺も池谷も目立つ方だし、どうせそのうち話題になるだろうから、今のうちに笑ってくれたまえー。俺の過去の恋愛遍歴なんて、俺がイジられて笑いになる分にはどうだっていいしー、俺の目の前で俺自身を笑ってくれる分には全然いいのだー。
そう心の中で雄大に構えていたが、笑いの中に何か妙な反応を感じ取る。純粋な笑いじゃなくて、何か探り合いながら笑っている雰囲気。
一年女子の輪に尋ねてみる。
「待って。その洲屋高校にいる池谷さんは、本人なんか言うてはる? 問題起こしちゃってる?」
成田さんが戸惑いながら教えてくれる。
「ラインのプロフ画像で匂わせてます」
え? ラインのプロフ? アイツおかしいのにしてたっけ?
――あそういえば。先週の金曜日に丹波さんも言ってたな。ラインの画像がどうのってゾロアスターに見せてた奴だ。
「時舛。お前、自分のスマホ確認してる時点で、その池谷ちゃんの連絡先知ってるって言うてるようなもんやぞ」
「うるせ。頭いいこと言うな」
後藤に何か言われているが気にしない。スマホで池谷のラインを確認する。
アイツのアイコンは、なんか絵にかいたような星空の下で本人が立ってる画像。アイツマジで星空とか好きだよな。センスが中学生すぎんか。
しかし、アイコン画像のセンスは疑うものの、画像そのものは異性関係を匂わせてくるものではない。
「え。これ、どこが匂わせなん?」
成田さんに自分のスマホを見せながら聞く。
「アイコンじゃなくて、背景の方ですよ」
「背景?」
言うと成田さんの腕が伸びて、アイコンのところをひょいとタップしてくれる。するとプロフィール専用の画面が現れて、その背景というのが――
「アイツやってんな」
――池谷七割、俺が三割ほど見切れてるツーショットだった。
池谷。お前はこういうことをするから、誰かと喧嘩になってメンタル崩壊するんだぞ。
つー、あったまいてー。こういうのはマジでやめとけ。洲屋高校は嫌な奴いっぱいいるんだから。俺も写真とかは他人には見せず大事に保管してあるからー。多分押し入れにある昔のスマホの中に入ってるからー。見せ始めると喧嘩になるんだってー。そこはもう口で自慢するだけで満足しとけよー。悩みの種が増えるー。増やしたくねー。
……ま。でも新学期始まってまだ一週間だし、さすがに喧嘩とかはしてないっしょ。そんなに深く考える必要はないかも。
そうさ! 池谷のことなんざ知らねえ! こっちは新学期だぜ! 学校楽しんでいこうぜ!
「俺こんな女知らないウィッシュ! 池谷さんのことなんて知らないウィッシュ!」
「全てを投げ出したぞこの男」
「うぃー! 後藤ちゃん! そっち楽しんでるぅ!? 飲んでるぅ!?」
「始まったわ。もう止まらんわコレ」
「皆ぁ! 写真撮ろうぜ! 実は俺さぁ、一時間もかけて髪セットして、誰にも話しかけれないから寂しかったんだよねェ! だから写真撮ろうぜ! なんなら勝手に撮ってもいいからさぁ!」
とか言いつつ、馬鹿で陽キャな自分を演じ、キャッキャと寄ってくる一年女子共に媚びを売る。
すると瞬く間に人だかりができて写真撮影タイム開始。騒ぎを聞きつけた先生達もやってきて、もちろん先生とも写真撮って、もはやてんてこまいのお祭り状態。
はははー。やり方がチャラすぎんか俺。
まいいいよなー。春だしー。春ってこういうものだしー。それに俺イケメンだから問題ないしー。
写真撮影パシャパシャー。可愛い子も、ブサイクな子も、おっさんの先生も、皆平等に写真パシャパシャー。
これがイケメン特権って奴だぜー。
やがて時間が経って始業の時間が近づくと、そろそろバカ騒ぎの集団も捌けて、テニス部の一年生達ともおさらばした。
昇降口の前に残っているのは俺と後藤だけになった。
「後藤、写真撮ろうぜ」
「なんで私も」
「えあかん? 俺の顔の写り確認するだけ。すぐ消すし」
「お前嫌な奴やなー。いいけど」
で、昇降口の中にある下駄箱の端によって、俺の持つスマホのインカメに二人でフレームイン。
声のトーンを落として、内緒の会話をする。
「ガチのところ、池谷ってどんな感じ? アイツなんかやらかしたん?」
「え? ガチの話?」
「うん、俺なんとかせなヤバイ?」
「あー、なんか一応、成田さんとかは味方でおるみたいやけど」
「え? 成田さんと池谷ってどういう交流?」
「小学校空手で一緒やったらしいよ。ボコボコにされてたって言ってた」
「あー。そういう繋がりか」
確かに池谷は小学生から空手を習ってる。てかアイツは実家が空手道場だ。俺達中高生界隈は意外と狭いもので、習い事の友達は割と簡単に学校で出会う。
池谷にもそういう出会いがあって少し安心したが、問題が問題なので心配である。俺は冗談抜きで噂となっている池谷問題について話そうとした。
がしかし。
「あと。なんかさ、池谷ちゃん、コムドットって言われてるらしいよ」
後藤がそんなことを言うので、俺は噴き出した。出てくるワードが予想外過ぎた。
コムドットって俺達Z世代に超人気のユーチューバー。洲屋高校にもファンはめちゃ多い。なんでそれが池谷?
「なんで? なんで池谷がコムドット?」
後藤も声を潜めながら、でも面白さを隠し切れずに、息を弾ませながら話す。
「なんかさ、時舛の盗撮みたいな写真よく出回ってるやん?」
「うん。盗撮っていうか、撮ってくれっていう時の俺やろ? 今みたいな奴」
「そうやと思う。で、先週、入学式の次の次の日くらいに、一年の女子がスマホでお前の写真を見てるところを、池谷ちゃんが発見したらしいんよ」
「うん。んで?」
「盗撮はよくないってガチギレししたらしい」
「はははは! それでコムドットね! 確かに何かそれで炎上してたな! リーダーが盗撮されてホンマにキレながら注意してた奴やろ!」
「そうそれ! で池谷ちゃんがキレてるとこに、教室の誰かがコムドットって言ったらしいのよ!」
「言ったやつもヤバいぞそれ」
「やろ? その煽り出てくる時点で池谷ちゃんのクラス魔境なんよ」
「うん、まあ洲屋高校やもんな。どっかに魔境は絶対あるよ」
「で池谷ちゃんがその煽りに反応して、多分、本人もキレて気が動転してるからさ、何故か解らんけど、『いやコムドットより私の彼氏の方がカッコいいし』みたいなことを言ったわけ! それ以降、ラインのプロフィール画像の背景があの写真になったってわけよ!」
「ははははは! 待って! 俺はコムドットの引き合いにされてんの!? そんなん俺の力で勝てるわけねえやん!」
「お前大変やなぁ。知らんところでコムドットと戦わされてるもんなぁ」
「ホンマやで。せめてフィッシャーズにしてくれよ。鬼ごっことかで戦うし。コムドットはまず同じ土俵に立てんわ」
で、一笑いしたら、写真も撮り終わったけど、そのまま流れで雑談。すっかり池谷の身を憂うことなど忘れて、むしろ池谷イジリが始まる。
「池谷ちゃんはコムドット好きなん?」
「いやアイツはガチのコムドットアンチ。てか全体的にユーチューバーアンチ。東海ですらおもんないって言う」
「マジで。池谷ちゃんめっちゃ辛口やん。東海で面白くないって言ったら、シバターとかしか見るもんないよ」
「アイツはシバターも見ん。顔が汚いって言ってた」
「実況とか見る派?」
「ゲーム実況もアイツはアンチ。てか、アイツは俺の好きなキヨ様をアンチしてるからな。許せん」
「そうなん。もうアカンやん池谷ちゃん。好きなもんないやん」
「待て後藤。でもな、池谷が面白いのはここからや」
「なに?」
「池谷はな、ユーチューバーだけやない。北野武ですらアンチやねん」
「はははははははっ! それはどういうこと! 北野武のアンチするなら何のアンチでもいけるやん!」
「そやねん! アイツはほんまに何でもアンチ! ジブリ見てもアンチ! ジャニーズ見てもアンチ! KーPOP見てもアンチ! 大河ドラマ見てもアンチ! M―1見てもアンチ!」
「じゃあ池谷ちゃんは何を見て面白いって思うの!?」
「ないのよそれが! アイツが面白いっていうものこの世にないの! 池谷はアンチすることだけが生き甲斐なの!」
「待て時舛。それはアンチちゃうぞ」
「えなに?」
「ウンチや」
「それな」
「「はははははは!?」」
二人で爆笑しあう。あー面白い。やっぱり後藤との会話が一番面白い。
ゾロアスターとのオタクチックなやり取りも好きだけど、学校の人間関係の中ではやっぱり後藤なんだよなぁ。
「やばいやばい時間や。行かな」
「ほんまやわ。コレはいくらでも話せる」
二人で走りながら教室へと向かう。途中、去年の頃の癖で一年教室の方に行こうとしてまた一笑い。
そして別れる間際、二年フロアに入る直前。
ここだけは時舛さん、ガチトーン。
「後藤さん。あの、池谷の件ふくめて、堤様のご様子は」
「そっちは知らん」
俺はヒヤッとしながら、ギリギリセーフで朝のホームルームに間に合うのであった。
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