1-11 滑らない話『後藤背面飛び伝説』

「じゃあさ、後輩達よ。後藤先輩の有名な背面飛びの話は知ってる? この人が凄いのはテニスとかバドミントンだけちゃうで?」


 一年生達は顔を見合わせて「知らなーい」って首を振る。俺を見る目は興味津々、まさか後藤先輩は陸上も経験者なのかと。一方で後藤は「あの話か」と言って頭をおさえる。が、その口元はニヤと笑っている。

 注目度は十分。俺はさも滑らない話を披露する芸人の如く話始める。


「あのな。実は俺とこの後藤先輩って、小学校が同じやってん。中学は別になるんやけどな。で小学校の時、俺ら結構仲よかったから、俺は後藤のこと『なっちゃん』って呼んでたの。ね、なっちゃん」

「まあね。今そう呼ばれると、こそばがゆいけどね」


 おほほーと柔らかい表情を作って後藤と笑いあう。新入生たちも「へー」と羨ましいような反応。雰囲気づくりオッケー。本筋に入ります。


「でも俺、二度とこの人を『なっちゃん』って呼ばんと決めた衝撃的な出来事があって」

「おい、どういうことやねん。ええよ、今でもなっちゃんって呼べよ」


 さあ後藤との掛け合いで注目を最大限引き付けたら、エピソードトーク開始です。校舎前の立ち話ではそんなに長く聞かせられないので、ポンポンとテンポよくいきましょー。


「これは俺らが小学校六年の時の話やけど、俺らの地区の小学校には年に一回、学校合同でやる陸上競技会みたいなのがあったのよ。俺となっちゃんの運命の出会いは、その陸上競技会の走り高跳び代表メンバーに選ばれたことやったのね」


 もう十分空気は温まっているので導入に時間をかける必要はない。必要最低限の言葉数で物語を進める。


「で、小学校でその競技会に向けて練習が始まったら、走り高跳びチームのなっちゃんは、まー凄くて。なっちゃんは毎日下校時間ギリギリまで練習してたし、昼休みもやってたし、そのうち朝練もやり始めたんよ。当時からこの人は三部練やってたの」

「バドミントンのナイターも行ってたから四部練や」

「な? これヤバいやろ? なっちゃん元気過ぎるやろ? でさ、なっちゃんがすげえ頑張るもんやから、他の走り高跳びメンバーもなっちゃんに引っ張られて、始めは一部練やったのが、朝も昼もやるようになって、結局皆三部練になったのよ。俺ら走り高跳びメンバーはチームなっちゃんとなって、なっちゃん中心に毎日ガチで背面飛びの練習をしてたわけ」


 オーディエンスの反応を見る。狙い通り後藤に尊敬の目が集まっている。

 さあ起承転結で言うなら承まで終わりました。次で転です。抑揚と感情をたっぷりのっけて物語を動かします。


「それで、いよいよ競技会の前の最後の練習日になって、メンバーみんな体育館に集まって、最後やから気合いれて練習しようかって準備体操してる時ですよ。いつも練習見てくれてる先生が、ぽつぽつぽつって、すっげえ悲しい顔しながら俺らの前に現れて」


 実は滑らない話をする時に『転』の部分を話すのは、意外と楽だったりする。導入や説明部分と違って、整理された言葉を並べる必要はなく、当時の様子や心境をそのまま言葉に込めればいいだけだから。

 

「先生は準備体操してる俺らに向かって――」


 こんな感じに、声を静めて、記憶にある先生の悲し気な雰囲気を再現する。


「――ゴメンみんな。今まで背面飛びの練習してたけど、小学生の陸上大会で背面飛びは禁止やったわ。だから今から、はさみ飛びの練習してくれ。って言ったの」


 一年生達が「ああ」と声を漏らす。後藤も神妙に頷く。

 そうである、誰もが盲点であっただろう。小学生の陸上では背面飛びは禁止されているのである。理由も大体想像がつくであろう。まだ身体の出来ていない小学生が、ケガのリスクが高い背面での着地を覚えてはいけないのだ。

 オーディエンスの気付きに同調するように、俺は言葉を続ける。


「せやねん。小学生は背面飛び禁止やねん。背中で着地すんのは危険やから。陸上界全体でそう決まってるらしい。でも俺らはずっと背面飛びの練習をしてて、しかもなんで俺らが背面飛びの練習してたかって、それはなっちゃんの影響もあんねん。この人は運動神経抜群やから、授業で習ってない背面飛びを独学で編み出してんのよ。なっちゃんはなっちゃんで『この飛び方の方がやりやすいで!』ってめっちゃ宣伝するし。そんなん言われたら、チームなっちゃんは皆なっちゃんの真似するし。チーム全員背面飛び状態やったのよ」


 さあ場には物悲しい雰囲気が漂っております。俺も寂しい声を意識しております。

 次はオチの前の最後の前フリです。お聞きください。大会前日に背面飛び禁止を言い渡されたなっちゃんの、儚い思いを。


「だからね、なっちゃんは自分が皆に背面飛びを教えたっていう責任感もあって、皆の前で泣き始めて『なんで背面飛びはダメなんですか!』って先生に詰め寄るのよ。先生は先生で責任感じてるから『ゴメンな。小学生には危険やからアカンらしいねん。伝え忘れた俺を許してくれ』って宥めるんやけど、なっちゃんは収まらへん。なんでなんですかって、全然危険じゃないですよって、もう涙ながらに訴えてんの」


 前フリ終了。ここからはオチに向かって走る。聴衆の注目はピーク。話者である俺は冷静に、絶対に必要な言葉を飛ばさないように。


「で、これは先生だけじゃおさまらんと思って、他の走り高跳びメンバーも先生と一緒になっちゃんを説得して。それでようやくなっちゃんの気持ちが落ち着いた時に、なっちゃんは涙をぬぐって――『解りました。大会の日ははさみ飛びをします。だから最後に一回だけ、今ここで背面飛びをやらせてください』って言うのね。対する先生も『ああ解った。最後の一回見たるわ』って感じで、皆でなっちゃんの最後の背面飛びを見ることになったの」


 ここで声も切り替える。

 寂しい声はやめて、沈んでいたオーディエンスを引っ張るように強い声で行く。


「で、なっちゃんが、皆の前で、いや皆を代表して! 今まで背面飛びを練習してたチームなっちゃんの無念を背負って! さあ飛ぶぞ! さながら陸上選手のフォームで、ターンターンターンで助走して――!」


 次でオチ。焦らない。絶対噛まない。リズム命で、ジェスチャー最大で。


「――飛んで、着地ずれて、背中バーン打ってそのまま救急車運ばれた」


 ぶははっと全員噴き出した。ゲタゲタと笑い声が響いた。くっだらねえ、ただただ後藤がケガしたっていうだけのオチだけど、リズム感と勢いで全員笑わせた。

 笑い声の終わりに結びの言葉を入れる。


「これが後藤夏樹背面飛び伝説。どんなに運動神経よくても、やっぱり小学生に背面飛びは危険やったという話です」


 おあとがよろしいようで。ひゅー、ポン。どこからかエンジェルが飛んできて滑らない判子をいただきました。ありがとーございます。


 この話は後藤を知っている人の前ならどこでも受けるネタ。後藤を知らない人の前でするなら、多少後藤の人となりや、俺との関係を説明したりする必要があるので、話を組み立てる難易度が上がる。まあ後藤を知らない人の場でこの話をすることはない。身内限定の鉄板ネタって奴である。


 さてうまいこと話を落とせたので、後藤との掛け合いでアフタートークを展開します。何故か後藤とは阿吽の呼吸で漫才を合わせられる。

 

「コイツこの背面飛びの話ずっとすんのよ。リアルに今聞いたの十回目くらい」

「はっはっは。それはガチ。俺、後藤が知らん子連れてたら絶対この話するもん。めっちゃ受けるから」

「まあ確かに面白いよ。ただ、私はもう聞きすぎて、逆にお前の話の出来を評価する側になってるわ」

「ふふっ、今日の俺の出来はどうやった?」

「満点やわ。朝のナンパでようやるな、お前」

「ありがとう。俺、この背面飛びの話大好きやねん。もう皆に布教したい。皆の滑らないリストに登録して自由に使って欲しい」

「やめろ。人の背面飛びをフリー素材にすな」


 ここで唐突に一年女子の成田さんに話を振る。


「あ、もちろん成田ちゃんもこの背面飛びエピソード使っていいよ。これ、後藤の知り合いなら誰でも使っていい話やから」


 成田さんは困惑気味に、でも少し嬉しそうに「は、はい解りました」と答える。

 そこに後藤がさす。


「その代わり、この話使って滑ったらしばき倒すで」


 そして成田さんが全力のリアクションをする。


「えええ!? じゃあ使わないです! 私滑らない話なんて絶対出来ないですから!」


 ハハハと笑い声が上がり、一つの件にオチがつく。

 あーおもしろ。成田さんホントいい子。リアクションいいから振れば絶対に落ちる。こういう子はバラエティーにはかかせない存在だぜ。


 さて話が一区切りついたところで、一応一年生達の時間を気にしておくか。


「ってか、みんな、俺めっちゃ引き留めてるけど、時間大丈夫かな。俺悪いことしてない?」

「大丈夫。朝練もう終わってるし。みんな、もう解散やから、いきたい人はいきやー」


 後藤は先輩らしく解散を宣言する。しかし、テニス部の新人達は動く気配がない。うん、こういう学校バラエティーを解っている子達は大好きである。


「あれぇ!? ひょっとして皆、俺のこと大好き!?」

「すぐ調子に乗るわ」

「ねえねえねえねえ、ところでこの俺の髪どう!? よくない? よくない!?」


 テンションMAXでやってると成田ちゃんが答えてくれる。


「カッコいいと思います! 時舛先輩めっちゃカッコいいです!」

「あはぁ! 嬉しい! 成田ちゃんはいい子やし、ここの一年生みんな可愛い! ホンマに悪い男の人に捕まったらあかんで!」


 後藤もクールながらツッコんでくれる。


「一番悪い男はお前や」


 そして俺は調子乗りまくりでボケる。


「ところで皆聞いていい!? 俺は新学期キャンペーンやからオシャレしてるけど、みんなのその顔は既にキャンペーン中なのか、それとも明日から頑張るのかどっち!? そこだけ教えて!?」

「お前それを聞くのはホンマに悪いぞ! こっちは朝練終わりの顔って解ってるやろ! キャンペーンなぞしてねえ!」


 ドカドカと笑いが巻き起こる。これは後藤のツッコミが上手いおかげである。

 ツッコミ構文『お前それは悪いぞ』における『悪い』とは。それは――あの忌まわしき男、松本人志が流行らせた言葉の一つであり――今や高校生もよく使う日常フレーズの一種である。意味的にこれは非常に繊細でニュアンス的なものを含んでおり、単に正義か悪かを断定するための『悪い』ではなく、失礼になる一歩手前でお道化るようなボケに対して、暗にお前は失礼だぞと伝えるための『悪い』である。


 つまり、イケメンでバッチリスタイリングを決めている俺が、新入生の女子に対して、お前はメイクしているのか、それともノーメイクなのか、それを不躾に尋ねる行為が失礼一歩手前で『悪い』のである。なんとなくこの『悪さ』が皆に共有される感覚が、高校生にとって『面白い』のである。


 うーむ、やっぱり後藤のワードセンスは冴えている。朝から本当に面白いなぁ、まだまだ話せるよなぁ。成田さんも話したそうにしているし。


「あ時舛。そういえば、お前の後輩おるで。池谷ちゃん」

「えっ」


 調子乗ってたら心臓止まった。マジで目泳いだ。

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