1-10 これが正しいナンパの仕方だ!

 洲屋高校へは自宅から徒歩十分ほどの位置にある。いつもは自転車で行くけれど、今日みたいに頑張って髪をセットした日は徒歩で行く。自転車に乗ると風でセットが崩れてしまうからな。


 自宅を出て大通りに抜けると、すぐに登校中の洲屋校生の姿が見えてくる。洲屋高校の男女比は二対八。登校風景に見えるのはほとんどが女子だった。


 やがて校門の前までやってくる。すごく視線は感じるけれど、未だに話しかけてくる知り合いはない。

 校門を抜けて昇降口の前へ。まだ話しかけられない。

 何だか少し寂しい。早くこういう感じのやり取りがしたい。


『おはよう時舛君。わあ、髪どうしたの?』

『おはよう○○さん。ちょっとイメージ変えようと思って、今日はアイロンかけてきたんだ』

『すごく似合ってる。カッコいい』

『○〇さんも。今日のメイクとても可愛くて似合ってるよ』

『え? 本当に? えへへ』

『でへへ』


 ……まあ、実際「おはよう」から会話を始める高校生なぞ存在しないんだけど。

 本当の高校生というのは、もっとこう。


「うーっわ。チャッラ、むっちゃチャラいのおるわ。絶対話しかけんとこ。絶対、話しかけんとこ」


 そうそう、こんな感じで出合い頭からぶっこんでくる。ラの発音を巻き舌にするほどぶちこんでくる。

 というわけで俺は振り返った。


「うぃっすー」


 予想通り、後藤がいた。

 後藤というのは小学生からずっと知り合いの女の子で、現状俺が一番気軽に話せる女子。緩いくせ毛のボブカットがトレードマークでございます。


 後藤は部活用のテニスバッグを背負って後ろに新入生みたいな集団をひきつれてる。みんな制服姿だし、察するにテニス部の朝練終わりかな。


「見るな見るな。振りまくな。悪影響を振りまくな」


 で、早速俺の見た目をイジってくるので、もちろん絡みにゆく。友達の後藤を介しての新入生ナンパである。


「なんでなんでなんで? どこが悪影響? 新入生のみんな、俺のどこが悪影響か教えてくれ」

「お前、二言目で新入生を巻き込むのはドヤリチンのやり方やぞ」

「ふっはははは。こら、ただの同級生にドヤリチン言うな。まだ片鱗も見せてないやろ」

「アホ、全部見え透いてるわ。お前の顔に新入生ナンパしたいって書いてるぞ」

「それはいいやん! そりゃ新学期なんやから新入生ナンパしたいよ! え? ねえねえマジでアカン? このグループはドヤリチン先輩は絡んだらあかんグループ?」

「いや、ええけどもね。こっちちょうど朝練終わったし。皆ゴメンな。ちょっとだけコイツに付き合ってくれ」 


 うぇーい。さっすが後藤さん。ナンパ男が輪に入れるようにしっかりテンションを作って会話の手引きをしてくれます。

 とはいえ、このままでは可愛い新入生達が会話についてこれず置いてきぼり気味。

 俺はしっかりと女の子をナンパするため――もといみんなで楽しくお喋りするため――まずは手頃な話題で場の空気を温めにゆく。

 後藤よ、相の手頼んだ。


「で、後藤。彼女達はテニス部の一年生? 遂に後輩入った?」

「そやで。テニス部、六人入った」

「もう朝練やってんの?」

「うん。今日は初日やから早めに終わったよ」

「やーば。え、これ入部何日目? まだ高校入って二週目やのに朝練とかヤバない?」

「私もヤバいと思う。朝練は自由参加って言ってんのに、でもこの子らは来ちゃうのよ」

「凄いな。皆、なんでそんな真面目なん」


 感心したようなフリをしてテニス部の一年生達の様子を伺う。

 観察観察。みな運動部の朝練終わりなのでメイクはしていない。

 だが制服を使った容姿の作り方はこなれている。第二ボタンまで外したカッターシャツに、膝上まで詰めたスカート丈、くるぶしソックスで見せてくる健脚。そして近づけばふぁんふぁん香ってくる柑橘系の制汗剤の匂い。


 部活も恋愛も楽しみたいってタイプの子だろう。みんな表情が明るくて可愛い。突如現れたイケメン先輩に目をキラキラとさせている。

 では後藤と一緒に新入生イジリを始めます。ゲストは皆テニス部の女の子なので、話題はもちろんテニスについて。


「みんなテニス経験者なん?」

「そうやで、初心者おらん。だから今年のテニス部はめっちゃ強い」

「そうなん。ほなこれ歴代最強チーム?」

「そう、マジで洲屋高校史上最強。今年から団体戦勝てる」

「マジか。そんなに後藤が言うんやったら皆テニスうまいんやろなぁ」


 こうやってしっかり話題のフリを作ってから。


「皆、中学時代の大会成績どんな感じなん? 中体連とかどこまでいったん?」


 ゲスト達に質問を投げます。

 コレは運動部相手なら簡単に盛り上がれる話題。質問された側は自分の大会成績を答えるだけでよく、ナンパ側はどんな成績を聞こうとも「すげー」と大きめにリアクションをとるだけでよい。

 ナンパ側はとにかく場のテンションを上げて、一通りのヨイショが終わったら、「いやでも、俺もテニス上手いで?」と切り返して、未経験男子VS本気運動部女子の構図に持っていくのが鉄板の流れ。


 さてここの女の子達はどうであろうか。


「……」


 うん、反応が芳しくない。みんな俺から目を逸らす。一年生達の代わりに後藤が返してくる。


「時舛、中体連の成績とかガチなこと聞いたらアカン。あくまで一般人に比べて強いって意味やから」


 そっちパターンかーい後藤さーん。全然最強チームじゃないやーん。

 てなわけで路線変更である。本気運動部路線はやめて、緩めの運動部を相手にする感じでやっていく。


「ははははっ、ゴメンゴメン。そやんな。いきなり成績聞くもんちゃうよな」

「そやぞ。気を使って喋れよ。この子らまだ洲屋高校きて七日も経ってないんやぞ」

「解った。じゃあ、とりあえず部内の出場枠を勝ち取って、地区予選に出場できた人は?」

「時舛大丈夫。それは全員出てる。問題はそっからや」

「おっけおっけ。じゃあそっから地区予選を勝ち上がって、県大会にでれた人は?」


 一年生達はキョロキョロと顔を見合わせる。いないかと思ったら、その内の一人がおずおずと手をあげる。


「お。すげー、後藤、この子は何ちゃんって言うん?」

「それ成田ちゃん」

「成田ちゃんね。成田ちゃんは地区予選は何位やったん?」


 成田さんは恥ずかしそうにしながらも答えてくれる。


「地区八位でした」

「お、ベストエイトいいねえ。何位まで県大会でれんの」

「八位までです。ギリギリ突破です」


 うんギリギリだな。地区予選でギリギリということは県大会初戦で散ってることは容易に想像がつくな。しかし、ここで成田さんをイジるのはまだ早いので、今はそのギリギリ突破を持ち上げる方向へ。


「ギリギリ突破で全然いいやん。地区予選は突破さえできればいいもんやし。むしろギリギリで突破できる人の方がジャイキリ起こせるよな」


 と成田さんをフォローしてみるものの、後藤が笑いながらつっこんでくる。


「いや時舛。テニスはサッカーと違って本戦でジャイキリとか起こらんのよ。テニスは実力差がそのまま点数差に出る競技なんよ」

「後藤、悲しいこと言うな。そうかもしれんけどまだ解らんやろ。成田ちゃん県大会でジャイキリしてるかもしれんやろ」

 

 ねえ成田ちゃん?という目で見ると、成田ちゃんは元気に返してくれる。


「いや私、県大会はふつーに一回戦でラブゲームされて負けてます!」


 その回答の勢いで笑う。笑いながらも俺はあくまでゲストの成田ちゃんをフォローする。


「成田ちゃんっ! 大丈夫や! 君は洲屋高校で強くなる!」


 しかし、容赦なく成田ちゃんをイジりだす先輩女子後藤。


「むはははははっ! テニスにジャイキリはない! 成田ちゃんはラブゲームで妥当!」

「おい酷いぞ後藤! 後輩に向かってなんてことを言う!」


 俺が後輩をフォローする前で、意外な声を上げる成田ちゃん。


「いいんです! 私これから後藤先輩の言うこと何でも聞くんです!」

「って、ええ!? な、成田ちゃん!? もうそんな関係なん!? 後藤、後輩手懐けんの早いなぁ!」


 普通に皆笑う。成田ちゃんノリ良すぎ、後藤のこと好き過ぎ。

 こんな面白い子がいるんならテニス談議なんて周りくどいことせず、直接一年生イジりにかかった方が早いわ。


「後藤、いつの間にこんないい後輩を手に入れた。成田ちゃんめっちゃええ子やん」

「先週の金曜日な。成田ちゃんだけじゃなくて、一年全員ボッコボコにして解らせたから」

「え、怖い怖い怖い。解らせたって何。全員試合して完封した?」

「違う。私から一ゲーム取るまで帰れまてんやって、ガチで夜十時までやって全員私の家泊まらせた」

「ははははははっ! お前それ面白過ぎるやろ! てか泊ったん!? この人数でお前んち!?」

「ガチ。ちょうど親おらんかったから泊まらせた。一つのシャワーで六人回したぞ。寮母さんの気分で洗濯したわ」

「あははははは! お前そら後輩できるわ! もはや合宿開いてるやん!」

「マジで合宿でしたよー」「後藤さん半端ないっす」「私初めて先輩の家泊まりました」


 一年生達は口々に後藤への尊敬を口にする。いいなぁ、部活やってる連中ってすぐ絆できるよなぁ。いきなり先輩の家泊めてもらってめちゃめちゃ面白かっただろうな。

 ええい、こんなん後藤ディスしないとやってらんねえや。


「待て後輩達。後藤先輩を尊敬するのはまだ早いぞ」


 強い声で注目を引いてから話題転換。


「知ってる? 後藤は小学校からテニス習ってたんやで? 皆中学校で始めてんのに、一人だけ小学校から始めててせこいと思わん?」


 部活で強い奴ディスの定番ネタ。こいつ小学校から習ってる。


「違うぞ時舛。私小学校の頃はバドミントンやから」

「え? せやっけ? あ堤と同じとこか」


 しかしあっけなくディス失敗。逆にこれは後藤リスペクトに繋がる流れ。後藤はさもカリスマ先輩っぽく自分の運動歴を語ってく。


「私小学生の頃はバドミントンやってて、最後の大会で県三位なったのね。でも、六年間ずっと同じ相方とダブルスやってたから、お互いにお互いのプレイが嫌いになり過ぎて、もうコイツと一緒にバドミントンなぞやってられんってなって、中学で相方はバスケ部、私はテニス部に入った。だから中学のテニス部は下駄なしで近畿大会出てる」


 あーそういえばそんな感じだった。コイツ運動神経いいんだよなぁ。中学校から始めた部活で県大会勝ちぬいちゃうんだよ。


 一年生達は目を輝かせて後藤を見ている。実は俺と後藤は小学生から知り合いなので、お互いの運動歴くらい知っている。しかし、今は一年生達をゲストにしている手前、俺も知らなかったという体をとり、皆の気になるであろう所を掘り下げることにする。


「バドミントンでもテニスでも近畿大会でてんの?」

「うん」

「すごいな。もう部内に敵おらんやろ」

「まあね。てか三年生ほぼおらんから私が部長みたいなもん。部活でラントレだけして外部クラブ参加してる時の方が多い」

「ヤバ。洲屋高校で二部練してんの後藤くらいちゃう」

「朝練含めて三部練」

「はははは! プロ選手かお前は!」

「何回練習したっていいやん!」

「ひょっとしてやけど、後藤って後輩達にめっちゃ尊敬されてる?」

「ひょっとしてじゃねえよ。大体雰囲気解るやろ」

「えー、何やねんソレ。こんなん後藤ディスらなやってられんってー」

「ディスらんでいい。私今年は後輩いっぱい作るって決めたから」


 いたって真面目な顔で真面目なことを言う後藤だが、こと俺と後藤の間で真面目だった瞬間など一度もない。こんなん俺に対するネタフリにしか聞こえない。故にここからが本当の後藤ディストークである。


「じゃあさ、後輩達よ。後藤先輩の有名な背面飛びの話は知ってる? この人が凄いのはテニスとかバドミントンだけちゃうで?」


 さあ、エピソードトーク開始である。

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