1-7 【ガチ険悪】三年最強美少女の丹波パイセン VS 辛口レビュー美少女池谷

 男時舛、正面から丹波パイセンと打ち合うべし。


 戦闘準備。スマホ取り出し。手鏡アプリ起動、顔確認ルーティーン開始。鼻よし、目よし、眉よし、唇よし、鼻の中もよし、髪はいつもの感じだけど丹波さん相手なので問題なし。でも少しだけ前髪調整よし。イジイジイジイジ、よし。


 会話シミュレーション三秒。まず全部盗み聞きしてましたっていう体で会話に入る。

 おそらく丹波さんは「なんでアタシのこと避けるんだよー、アタシとも喋れよー」的な絡みをしてくる。

 対して時舛さんはゾロアスターバリアーを展開。

 「俺はゾロアスターのこと狙ってますし~、丹波さんのコト興味ないですし~」的な感じで、会話の要所でゾロアスターを挟み丹波さんの攻撃を躱す。


 最終的に丹波さんとの関係は今の距離感を保ち、すれ違ったら挨拶する程度の発展におさめる。

 なお連絡先の交換は絶対にしません。意地でもしません。時舛は割と清純派なので、ああゆう「尻尾振らせちゃるで~」とか言う肉食系女子とは恋愛しません。


 心は決まった。いざ出陣。

 と思ったら。


「お二人さん。ナゾナ・ゾロアスターが待ってるよ」


 キョトンとした。すぐ目の前に丹波さんがいて、俺を見ていた。ひょっとして盗み聞きしてたのバレてたのかな。

 これは作戦変更で――って。え? お二人さん? 俺の他に誰かいる?


「うわぁ!?」


 俺は慌てて振り返った。

 すぐ後ろに金髪ヤンキーがいた。池谷だった。俺とのスキャンダラズが噂されている後輩女子であった。


 池谷はずんと俺の前に出て丹波さんと対峙する。その目は明らかに怒っている。冷静なフリをして怒っている。

 ということは、絶対さっき噂話されてるの聞いてたよな。

 池谷、こうゆう時、ガチギレするタイプなんだよな。


「私、別に元カノとかじゃないんで、変な噂すんのやめてもらえません?」


 四月入学一週目。新入生の池谷葉月さん、二個上の先輩に対して容赦がない。

 あまりにも生意気な物言いなのでヒヤリとしたが、丹波さんは大人だった。


「ゴメンゴメン、悪かった。二人とも有名人だからつい」


 丹波さんは両手を目の前で合わせて申し訳なさそうなジェスチャーをする。

 もう十分な謝り方だと思うが、コレで終わらないのがうちの池谷である。池谷は年の差も良識も全てを置き去りにして、自分の正義を振り回す。


「は? 有名人じゃないんですけど。つか貴方みたいに憶測を吹きまわしてる人が騒ぎを大きくしてるんじゃないですか? 貴方風紀委員ですよね? 問題を吹聴していい立場じゃないですよね?」


 この池谷という子は本当にアホの子で、自分側に正義がある状況なら、気が済むまで相手を責めようとする。

 丹波さんも「うっ」と喉を詰まらせたまま困り顔。それでも責め続ける池谷。


「大体、時舛リア恋勢ってなんすか。そんなん言いふらして他人の迷惑考えないんですか。マジキモいんですけど」


 もう空気感がヤバいのでここらで俺がおさめる。


「まあまあまあ、後はコチラから話しておきますので、丹波さんはお気になさらず。俺も人の噂大好きマンですし、噂されるのも大好きマンですし」


 そう言いながら池谷を手で制する。もちろん池谷は俺を睨んでくる。

 俺は首を横に振るジェスチャーで丹波さんに「今は無理」と伝える。

 丹波さんはひたすら申し訳なさそうに「ゴメン」の表情を返してくる。俺は「うんうんうん」と頷くジェスチャーをして、こっちの事情を察してくれた丹波さんは、池谷を刺激しないようにそろーりそろーりと俺達に背を向けて廊下を去っていく。


 しかし、このまま俺が丹波さんを味方する形で事を終わらせると池谷が怒るので、最後にバランス調整の一言を入れる。


「あと丹波さん。俺は絶対に先輩とは付き合わないって決めてるんですよ。理由は卒業すると進路の問題で別れちゃうから。以上」


 丹波さんは一度振り返ったが何も言わず、目に見えてシュンとして廊下を去っていった。

 女と女のバランスゲーム。これで池谷と丹波さんの間の天秤は保たれた。

 後は池谷のおさまりきらないイライラを俺が浴びるだけ


「はっ。自分が年下に手出して卒業で逃げるのはオッケーなんすね。自分ルールやば。男さん特有の自分ルール怖いわー、何でも許されると思ってるわー」


 ……こんなん言われたら俺も瞬間的にイライラ指数が跳ね上がる。

 だが決して表には出さずおさえる。

 今日の池谷は相当機嫌が悪い。こういう時は何を言っても無駄なので、俺も丹波さんみたいにシュンとするしかない。


 池谷はふんと鼻を鳴らして俺に背を向ける。何の言葉もなく一人で階段を下っていく。

 もちろんアレを追いかける意味も今はない。

 池谷の足音が完全に消え去ったのを確認してから、俺はようやくゾロアスターのいる暖簾のもとへと向かった。


「やや、この声この匂い。もしやお主の正体は、洲屋の浮世に現れる、希代未聞の色男。抱いた女は数知れず、くぐった修羅場も数知れず、女ある所に時舛あり、でお馴染みの洲屋忍者トキマス殿でござるか」


 相変わらずのテンションで安心する。やっぱりゾロアスターは面白い。


「そういう貴殿の変わらぬ調子。美男のオイラが知る所、貴殿は暖簾の謎づくり。丹波さんとも知り合いで、意外と顔の広い奴、ナゾナ・ゾロアスターにて違いなし。して、何故貴殿がオイラを洲屋忍者と知っているのか、昼休みにも話したことだが、その委細更に詳しくお聞かせ願いたい」

「いや何細かいことはさておいて、袖振り合うも他生の縁と言うしー、たった今修羅場を潜り抜けたばかりとは言え、どうかなここは一つ、冷えた空気を取り戻すために再開の挨拶をしておくのも悪くはない選択肢だと思うのだがー。せーの」

「「これはしたり~」」


 とお約束を決めて、暖簾からひょっこらでてくる仮面と顔を会わせる。

 ゾロアスターはいそいそと暖簾の中に座り直すと、同情するように言ってくる。


「時舛。君も大変なんだな」


 俺はなんでもないように答える。


「大したことない。丹波さんもあの程度で動じる人ではないと知っている」

「そうなのか。あの人は意外と脆い所はあるぞ」


 ――自分の脆さを自覚しているのは大人の女性の証さ。

 そう返せるほど、俺はまだゾロアスターと深い仲じゃない。

 無難な話題を選び直す。


「ゾロアスターは丹波さんとはどんな関係?」


 暖簾からの返答には少しだけ間があった。


「なんでもない。ただの客だよ」


 あまり聞いて欲しくなさそうな、素っ気ない声。

 ミステリアスなキャラを崩したくないからだろうか、丹波さんに関するそれ以上の返しはなかった。

 対する俺も、池谷とのスキャンダルを知られた後では手頃な話題がない。


 じゃ、変な空気のまま続くのも嫌だし、思いきったこと聞いとこっかな。


「ところでゾロアスターは彼氏いんの?」


 ドカーン。爆弾投下。ガタタッと暖簾の中の椅子が揺れます。


「そ、それはキャラの設定の話かな? 時舛殿」

「いや本人」


 めっちゃ動揺してる。暖簾の下の脚が何回も組み変わっている。


「言っておくが私は顔に自信がないから、仮面で顔を隠しているんだぞ。そこのとこ解って聞いているのか」

「解ってる。それも込みでゾロアスターの素顔を想像してる」

「ならその妄想のモンタージュは今すぐ破棄したまえ。私は君の眼鏡に叶う顔じゃないし、一般に恋人がいると思われる顔でもない」


 恋人がいるかどうかという質問一つで、やたらと顔にこだわるのは恋愛経験が薄い証拠であろうに。 男も女も、意外と顔じゃないぞ。


「顔がどうであれ、お前を好きになる男は絶対に存在すると思う」

「ど、どうしてそんなことが言えるのかな」

「雰囲気が可愛い。放っておけない系」

「……丹波さんにも言われたことあるぞソレ」


 さすが丹波さん。男女の機微をよく解っていらっしゃる。


「でゾロアスターさん。彼氏は?」

「い、いるわけがないだろう」

「そうか。特別仲のいい男子は?」

「いない。てゆうか最近話してる異性は君くらいだが」


 ふーん。いいこと聞いた。これからもゾロアスターとのお喋りが捗る。

 ラインも交換しようかな。

 いやいいか。なんかゾロアスターとは、この暖簾を挟んで話す感じが趣があっていい感じだし。


 さて、ゾロアスターの恋愛事情も聞けた所で、今日はここいらでおいとまするとしよう。本当に俺はただの冷やかしだし、長居するのは悪い。


「ほいじゃゾロアスター、また来週も遊びに来るわ」

「う、うむ」


 暖簾に背を向けて歩き出す。

 すると、何かがこつんと後頭部にあたった。振り返ると紙飛行機が廊下に滑り落ちて着地する。

 拾い上げて開くと、そこに書いてあったのは。

 


 ・花屋の店長のカオリさん

 ・生け花職人のカエデさん

 ・造花アーティストのカナコさん

 この中で恋人がいないのはだれ?


 

 一問のなぞなぞであった。暖簾の隙間からひょっこりと仮面が俺を覗いていた。


「制限時間十秒! はい開いた瞬間からよーいどん!」

「ちょっと待てお前、ゾロアスター! 卑怯だぞ!」

「十、九、八」

「待て待て待て絶対解る。三択は絶対に解る、待てよ、待っていろよ」

「三、二、一」

「だーーー! 解らなーい! ひらめかなーい!」

「ぷぎゃー! 時間切れー! ぷぷ、紋代時舛の癖に問題解けないでやんのー!」

「おい、やってはならないイジり方をしたなゾロアスター! 俺の名前イジリは百年速いぞ!」

「はっはっは、いいから早く答えを言わんかね。紋代時舛君」

「もう解けとるわ! 造花アーティストのカナコさん! 理由は造花は枯れないから、つまり『彼ない』から!」

「もう遅いでーす。閉店しまーす。ガラガラ、ピシャ」

「暖簾がピシャ言うな! 廊下にかかって揺れてる暖簾がピシャ言うな!」

「うちオートロックだからなー。すぐ閉まっちゃうんだよなー」

「暖簾が自動で鍵回るかぁ! 俺の息で布が揺れてるぞ!」

「はっはっは。時舛君は面白いなぁ」


 ……ふふっ。やばいな、真面目に俺、ゾロアスターのこと結構好きかも。


 その見た目。雪の頬に紅塗らず。跳ねずに落ちる髪。肩口で揺れる毛先。

 素顔は見せない舞踏の仮面。きらきら光る漆黒のマント。旧校舎の四階の端っこにある、暖簾部屋の謎づくり。


 まるで雪原に一人で咲く花のようだと思った。


 きっとクラスではいつも隅っこにいて目立たない存在なんだろう。クラスの誰よりも空気を読むのがうまく、他人と自分を比較しては自信をなくすような子なんだろう。

 だから、誰も来ないところでひっそりと咲いている。旧校舎の四階の端っこの、誰も寄り付かないこの場所で、迷い込んだ旅人だけに本当の姿を見せている。


 それがナゾナ・ゾロアスター。なぞなぞ好き少女、仮面被っちゃいました。


 勝手にその素顔を想像する。

 きっとその雪白い頬の上には、静けさと奇想の目が乗っているに違いない。仮面の下の素顔はまさしく雪の花のように美しく儚く、そして親しみやすい顔をしているに違いない。


 帰り道の校舎。窓の反射に写る自分を見る。

 新学期だというのに、何の装飾もしていない自分を、少し恨めしく思った。


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