1-6 ナゾナ・ゾロアスターの正体が気になる!
……別に、俺は暇というわけじゃない。放課後にすることがないってわけじゃない。
ただ俺は、本当にあのナゾナ・ゾロアスターを名乗る女生徒がどういう素顔をしているのか気になるのである。
だって、俺のことを本気で『洲屋忍者』だと知っている人は少ないし。この洲屋忍者設定はそうそう言いふらしてないし。よく考えたら『俺が美男だから洲屋忍者だと知っている』なんておかしいし。
それにあんなに面白い仮面キャラは珍しいし。短歌や七五調に理解があるってのもポイント高いし。なぞなぞクラブには他にどんな部員がいるのか知らないし。ゾロアスターがまともな人付き合いできているのかどうかも心配だし。
そう自分に言い訳しつつ、昼休みに会ったばかりなのにまたやってきました。
放課後、旧校舎四階の階段前。ここを左折するとなぞなぞクラブの暖簾がある。
立ち止まって深呼吸一つ。別に緊張する必要もないのだが、最近妙にゾロアスターのことを考えている自分がいて気恥ずかしいってだけ。
でえい恥ずかしさは振り払え。自分の欲望に忠実になるのだ。俺は泣く子も黙る天下の時舛なのだから。
よしいこう。そう決心して暖簾へと一歩踏み出したが、すぐに止まった。
暖簾の方から女生徒の声が聞こえてきた。
「え? 加藤さんじゃなくて? 絶対加藤さんじゃん。加藤だって、はい解った。これは加藤一択」
暖簾の前に一人、先客がいたのである。俺は慌てて壁に隠れる。
――なになに何の話? ひょっとしてゾロアスターの正体は加藤っていう苗字なの? そんな奴二年にいたっけな。
と少しテンション上がったが。
「否否。よく考えるべし。ヒントは『物事に厳しい人』を言い換えると『甘くない人』だと言ったであろう」
ゾロアスターの返しで会話の意味を理解する。
これアレだ、なぞなぞ解いてるわ。昼休みに俺が解いた掲示板に貼ってあった今日の一問だな。佐藤さん加藤さん武藤さん、この中で一番物事に厳しいのはだーれ。ってやつ。
つまりゾロアスターは今なぞなぞ営業中である。ギャルっぽい口調の来訪者は頑なに『加藤さん』を主張しておられるがどうだろう。
廊下の陰で聞き耳を立て、二人の会話に集中する。
「じゃあやっぱり加藤さんじゃーん」
「な、なぜそういう結論になるのか。その委細、詳しくお聞かせ願いたい」
「加藤さんは、『勝とう』さんだから、負けは許さない人。つまり甘くない人。物事に厳しい人」
「あーそういう解釈であったか。メモメモ、それは次回のなぞなぞのネタに使わせてもらうとして、今回は残念ながら外れである」
「『外れである』じゃねえ。正解じゃ。よって貴様を風紀委員会に連れ帰る」
「ぎゃ! ちょっと! 暖簾の中に手を入れるのは反則でありますぞ!」
「ならば私が納得する正解を言ってみろこの変態仮面」
「ちょま、ちょま、言いますから言いますから! 待って!」
なーんか仲良さげ。ゾロアスターもキャラ崩れてるし。察するに二人は先輩と後輩の関係なのかな。っていうか俺もこの先輩の声なんか知ってるし。
……多分、俺の苦手なあの人だよな。
「はいはい、言いますよ答えを。答えは武藤さんです」
「えなんで?」
「問題文の佐藤さんは、お菓子とかに使う『砂糖』と読み替えられるでしょう? で、加藤さんは砂糖が入ってるって意味の『加糖』。武藤さんは、全く砂糖が入ってないって意味の『無糖』なんです。そしてこの中で物事に厳しい、つまり『甘くない』のは無糖だから、答えは武藤さんなんです」
「……おま、頭よすぎんか」
そろーりと壁から顔を出して、ギャルっぽい先輩の後ろ姿を確認する。赤みがかった茶髪。繊細に作った髪束のカール。歩くだけでモテ感溢れ出すロングヘアー。
つまり丹波さんであった。洲屋高校一のカリスマJK。三年の有名人。交友関係が広い人なので、一応俺とも知り合い。でも、友達の友達くらいの距離で、お互い顔と名前を知ってはいるけど他人な関係。
あーどうしようかな。挨拶すべきかな。ここで隠れてるのは盗み聞きみたいで悪いし、でも相手はあの丹波さんだし。迷い中。
俺が頭を悩ませている間になぞなぞ営業は終わったようで、暖簾では世間話が始まる。
丹波さんは先輩感満載のお喋り女子モード、対するゾロアスターもキャラを忘れて素の後輩モード。
「で、最近はここ誰か来てんの?」
「ええと。草野先輩とか小滝君とか来てますけど」
「いや風紀委員以外で」
「あー。そういえば、最近時舛来てますよ」
「え? マジ? トキマスちんが? なんで?」
「えと、クラブ勧誘会の時に出会いまして、その時にちょっかい出したら釣れました。最近毎日喋ってます」
「付き合いが謎すぎる」
丹波さん、俺もそう思います。俺とゾロアスターの付き合いは謎です。
「じゃあなんかトキマス情報プリーズ」
「ないですよ。丹波さんの方が詳しいでしょう」
「え知りたい? 時舛情報知りたい?」
「別に知りたくないですけど、丹波さんの喋りたい感が押さえきれてないです」
「えとね、なんかねなんかね。トキマス、一年生の中に元カノいるらしいよ」
「え今年の新入生ですか?」
「うん。でちょい訳ありで、さっそく問題発生してて」
「どんな?」
「それがね、その子のラインがね、ラインがね、今はもう付き合ってはないらしいんだけど」
言いながら段々と丹波さんの声が小さくなっていく。おそらく暖簾の前で秘密のスマホ画像を見せている。ゾロアスターの反応がそのスキャンダル具合を物語る。
「ひゃー。これは絶対忘れられなくて追いかけてきてるパターンじゃないですか。広まったらヤバイすよ、ただでさえ堤との問題あるのに、時舛更に修羅場ですよ」
きゃははーと暖簾の前で女子特有の笑い声が響く。
……まあ、この噂の正体は池谷よなぁ。池谷しかありえないよなぁ。なあ池谷よ。俺の一番の後輩よ。お前なんかラインでやらかしてんのか。またメンヘラを発動して虚言を吐いているのか。
「てか丹波さん。これって池谷さんですよね? ほら今は金髪の」
「知ってんの?」
「ええ。昨日、時舛本人から私のこと実は池谷さんなんじゃないかって疑われましたし」
「疑われたって、ゾロアスターの正体?」
「そうです。私、未だに彼から正体知られてないみたいで。いつもゾロアスターって呼ばれてるんですよ」
「あはははっ! 仮面の方を好きになられたパターンね! 漫画みたいなシチュエーション!」
二人とも笑っております。ゾロアスターの正体って皆知ってるくらい有名なのかな。
くっ、池谷のやらかした事件も気になるが、俺に取ってはゾロアスターの正体も同じくらいのスキャンダルだぜ。早く正体が知りたい。
「でさー、トキマスの元カノ事情はおいといて、アタシ、今年はガチでトキマスリア恋勢に参戦しようかなって思っててー」
ここまで盗み聞きしている時舛さん、耳ピクである。
「ま、マジすか。時舛狙うんですか」
「うん。せっかく一個下にあんなイケメンおんのに手出さんのは、やっぱ違うなと思って」
「彼の恋愛環境は魔境だと聞きますよ」
「大したことない大したことない。アタシだって魔境だから一緒一緒」
時舛さん、人差し指をこめかみにあてて真剣に悩み始めます。
「参考までに聞きますが、ああゆう何か、女の扱いに慣れたイケメンに対しては、女としてどうやって迫るんですか?」
「それさっき泉にも全く同じこと聞かれたわ」
「げろーん。あの人と一緒か」
「なんで嫌がるんだよい。大好きだろ」
「まあまあ。で、丹波さんはなんて答えたんですか?」
「え? だから今やってるみたいに、本人が現れそうな場所で噂を流して外堀を埋める作戦」
「マジで言ってるとしたら怖過ぎです」
「ははーん。冗談冗談。まあ別に迫るって言うか、普通に友達になって喋ってるだけで、案外簡単に落とせると思うんだよなー」
「そうなんですか? 彼、女友達めちゃ多いですよ?」
「うーん、アタシの分析では、トキマスちんは女慣れしてるってより、恋愛慣れしてるだけなんよ。ほらあの子マメだし世話焼きだし。女の子に振り回されるのが苦じゃないんだと思う。むしろ面倒くさい恋愛するのが好きだから、いつも周りに合わせちゃうって感じ?」
「そうなんですか、全く解りませんけど」
「うん。でも、流されっぽい自分に悩んでるのも事実だと思うから、二人きりでお話聞いてあげてー、過去の女の特徴を意味深に語ってあげてー、私は今までと違う大人の女だぞ感だしてれば多分落とせる」
「出た。伝家の宝刀の美術館方式」
「ははーんそのとーり。世のほとんどの男は元カノ美術館で自尊心をくすぶられるが大好き。ま実践しちゃるから見てろって。この丹波アズミにかかれば余裕のハンティングよ。ゴールデンウィークまでには向こうから尻尾振らせちゃるでー」
「尻尾ですか。チンコじゃなくてですか」
「それもありうる」
でひゃひゃひゃと廊下を木霊する女子の笑い声。
……ゾロアスター、お前もそんな下ネタを言うタイプなのか。ま嫌な下ネタではないので、聞いてて悪い気はしないけど。それにうちの高校は女子天下の学校だから女子でも割とみんな下ネタ言うし。
逆にゾロアスターがちゃんと人付き合い出来ると解ったので、俺は少し安心している。先輩と噂話で盛り上がれるくらいの人間交際はできるっぽい。
しかし、そうくると問題は丹波さんである。
ここまで丹波さんの策略を聞いてしまっては、男としてもう聞き逃げは出来ん。ああゆう経験豊富で交友関係が広くて、男を分析しながら攻めてくるタイプは俺の天敵であるが、ここまで聞いちゃったらもうやるしかねえよな。
男時舛、正面から丹波パイセンと打ち合うべし。
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