1-3 天才泉パイセンによる講義『なぞなぞクラブと風紀委員会の関係について』

 しかし、旧校舎を歩けど歩けど、目当ての部室は見つからず。


「あ、あれ? 部室なくね?」


 ついぞ最上階の四階まですべての教室を制覇してしまった。なぞなぞクラブの看板はどこにもなかった。旧校舎で見てない場所と言えば、あとは屋上だけだが、屋上は一般生徒立ち入り禁止。屋上へ続く階段に足をかけるのも禁止。なので本当に旧校舎はこれで全部見て回ったことになる。


 ……いやまさか、風紀委員会から追われているあの仮面のこと、校則違反を承知で、屋上手前の階段の踊り場を活動場所にしているとか。

 ありえるし、もうそれ以外の選択肢が考えられないので、行ってみるしかない。屋上へ続く階段があるのは旧校舎の一番端っこである。


 で、その階段の前までやってきた。

 うーむ、ここを上ると校則違反で風紀委員会に捕まる可能性があるので、できれば上りたくないのだが。


 ……旧校舎の最上階というだけあって辺りの人通りは少ない。さっと確認してさっと戻るだけなら。

 俺は屋上へ続く禁断の階段へ足をかけようとした。


「そこを上ると校則違反ですよ」


 ぎょ・ぎょ・ぎょ、である。

 俺は慌てて振り返った。するとそこに、一人の女生徒がいた。

 黒いストレートヘアーと赤ぶち眼鏡。どこかで見たことのある顔だと思ったら、ピンときた。学校事情に疎い俺でも、さすがにこの人のことは知っている。


 三年の泉さんだ。全校集会の成績優秀者表彰でいつも名前を呼ばれていて、学校一頭がいいと言われている三年生の先輩。たしか風紀委員でもあるんだっけ? 詳しくは知らないけど、真面目で優秀な人ってイメージ。


 その泉さんは俺を見つめると、人を値踏みするように頭のてっぺんから下へと視線を動かしてゆく。そして手元のマントで目を止める。


「ん? そのマント……。ああ、ひょっとして彼女を探しているのですか」

「え、解るんですか?」

「解りますよ。自称ナゾナ・ゾロアスターでしょう?」

「そうです。その自称ナゾナ・ゾロアスターがやってるなぞなぞクラブの部室を探しているんです。知りませんか?」

「すみません。私も場所までは」

「そうですか」


 がっくりである。知っていそうだったのに。

 しかし、肩を落とす俺に対して、泉さんは廊下側を指して言った。


「ああでも、自称ナゾナ・ゾロアスターに用事がある方は、皆さんそこを左に曲がられていますよ」


 いや知ってたんかーい。じゃあ初めから教えてくれやーい。


 ……と心の中でツッコミを入れたが、なんか泉さんの言い方が妙にひっかかる。

 なに? 皆さんそこを左に曲がられていますよって、どういうこと? 普通になぞなぞクラブは左にあるって言えばいいじゃん。


「なんですか。その、パチンコ屋の店員さんに換金所がどこか聞いたみたいな反応は」


 なんとはなしに聞いてみた。

 パチンコ屋さんにとっての換金所は法律的には明かしてはならない秘密の存在なので、お客さんに換金所の場所を尋ねられた時、店員さんは『みなさんお店を出て左に曲がられますよ』という言い方で回りくどく伝える――とネットで見たことがある。


 そんなちょっと捻った返しをしたからであろうか。

 泉さんは驚いたように目を見開いている。ギラギラと瞳を輝かせている。そして、とてつもなく重厚な低音敬語ボイスを落としてくる。


「素晴らしい。時舛君、それは素晴らしい喩えです。確かに私は今、なぞなぞクラブの所在地を、パチンコ屋の換金所のように扱いました。そう、私は風紀委員という立場上、なぞなぞクラブの場所を教えてはならないんです。だから私は、あくまでその存在を認知していないかのような言い回しで、貴方になぞなぞクラブの場所を伝えたんです。素晴らしい。確かに私は今、パチンコ屋の店員のように見えたかもしれません」


 ……な、何がそんなに響いたんだろうか。泉さんは半端ない眼力を発揮したまま爛々と語っている。敬語なのに爛々としているのだから少し不気味である。


「しかし、厳密には違うのです。我々風紀委員会となぞなぞクラブは、パチンコ屋と換金所の関係ではありません」


 重低音の敬語がずんと一歩こちらに迫ってくる。

 怖いので一歩後ろに下がって聞く。


「というのも、我々は別になぞなぞクラブと共謀して利益を得ているわけではありません。本当は違法なのに三店方式を作って法の抜け穴をかいくぐっているわけでもありません。むしろ我々の立場から見たなぞなぞクラブとは、経済的な損得に拘わらず、また法の条文になんと書いてあるかに拘わらず、端的に廃止すべき対象なんです。したがって、さきほどの貴方と私のやりとりは、パチンコ屋の店員に換金所の場所を聞くというよりも、大学教授に過去問の在りかを聞くと言った方が正しい。この意味が、貴方に解りますか?」


 な、何を言っているんだこの人は。

 大学教授に過去問の在りかを聞く? そんなやり取り発生した? 解らん。解らんぞ。俺はこんなインテリジェンスなやり取りできないぞ。

 とりあえず答える。


「お、俺はそんな、大学の先生に過去問の在りかを聞くなんて不躾なことはしませんよ。そういうのは友達か先輩から貰うものですから」

「なぜ先生に過去問の在りかを聞くことが不躾だと思うのです?」

「それはだって、過去問って生徒側は気軽に利用しますけど、先生にとってはあまりよくない、まあ一応違法なものなのかなって」

「でしょう? だから私は今、過去問なんてものは知らないが、それが欲しい方は先輩や友達から貰われていますよと答えたんです」

「え、ええ」


 んん? ええと、なんか納得したような、してないような。パチンコ屋との違いがわからないような。

 俺は疑問を素直に口にする。


「えと、つまり泉さんや風紀委員会にとってのなぞなぞクラブは、違法ってことなんですよね?」

「はい。そうです」

「じゃあ、やっぱり泉さんは違法なクラブの場所を教える必要はないじゃないですか。大学の先生だって過去問の在りかは簡単には教えてくれませんよ」


 泉さんはギラギラの瞳のまま答える。


「貴方が過去問を手に入れることができず、単位を落として追試だ補習だとごねるより、過去問を暗記し、形だけの八十点を取ってもらう方が大学教授の職務として楽なんですよ。それと同様に、今ここで私がなぞなぞクラブなんて違法だと叫んで、私と議論するよりも、ちゃっちゃと場所を教えた方が、お互いに楽でしょう?」


 ううん。そうか、そういうことなのか。多分、理解できた。

 つまり、泉さんにとってのなぞなぞクラブとは、違法で存在を認めてはならないが、パチンコ屋と換金所みたいな協力関係にあるわけではないので、殊更に隠す必要もなく、むしろ隠すと面倒な議論が始まるので、聞かれたら素直に答える程度のことらしい。


 なるほどやっぱり解んないや。こーゆーインテリ系のやり取りは俺の担当じゃねーぜ。

 しかし、俺は風紀委員会と敵対する校則違反闇アルバイターズの一人として、ちょっとだけつっかかることにした。


「天下の風紀委員会が投げやりですね。いつも悪魔じみて校則違反を摘発するのに。なぞなぞクラブが校則違反ならそれも摘発すべきでは?」


 重く輝く瞳が俺の全身を嘗め回す。そして泉さんはぬかりなく答えてくる。


「既にやっています。あのクラブを強制的に活動停止させることができないのは、単に校則上の根拠がないだけです。故に、なぞなぞクラブが摘発される時、我々は本当に洲屋の天下を取ることになるでしょう。なにせ過去問を流出させた不届者を裁くためだけに、法律の解釈そのものを変えてしまうのですから。悪魔の治世の始まりです」


 強い。強いしブレない。何を言っているのかはよく解らないけど、こういう人に政治家になってほしい。


 ま、さすが洲屋高校一の才女ということだ。この皮肉でインテリジェンスな重低音敬語ボイスは、全校集会などで度々聞くことができ、密かなファンも多いとか。俺もちょっと好きになったし、今度、友達と話した時は話題にしてみよう。


「では私はこれで、時舛君。いずれまた」


 泉さんは当然のように俺の下の名を言って背中を向けた。そのまま階段を下っていく。


「ありがとうございました。泉さん」


 その背中にお礼を言う。初対面のはずの泉さんが俺の名前を知っているのは、この学校ではおかしなことではない。洲屋高校は元女子校の影響があって、男子生徒の数が極端に少ないのだ。数少ない男子だから、名前が覚えられやすいってだけ。


 ……まあ少ない男子の中でも、俺は目立つ方ではあると思うけど。


 さあ、切り替えてなぞなぞクラブの部室を探すとしよう。

 泉さんによれば、なぞなぞクラブの部室へ行くには、この階段前の廊下を左折するだけでいいらしい。けど、そこは廊下の突き当りで何もないはず。


「……え、ここ?」


 と、思っていたら、あった。廊下を左折するだけで本当にあった。

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